「リサが起きねぇから、どうするかってなってよ。こいつらに『お前らはどうしたい?』って聞いたら――」
「他の島も見たい! お花が綺麗なトコとか! 遊園地とかあるんだって!」
「食べたことないものいっぱいあるんだって! 食べたい!」
「――そう言うもんでよ。それに、うちの船医がこいつらを看るって聞かねぇし」
「たりめぇだ。俺ァ一度始めたことを途中で投げ出すのは好かん!」
新たに聞こえた声のする方を向けば、白衣を身に纏った初老の男がサンダルをペタペタと鳴らしながらこちらにやって来た。
伸びてきた手がリサの額に触れる。
「まぁ、熱は下がったな。気分はどうだ?」
「えぇと……混乱、してます」
「んなこた聞いてねぇよ。吐き気は」
「ないです」
「頭痛」
「さっきまでは……今はないです」
「――ま、そんなもんだろうな。身体のことは聞いたか?」
「……?」
首を傾げれば、やべ、と呟いたサッチに船医の蹴りが入る。
「まずはそっからだろうが、クソ坊主」
「いや、だってよ、流れに任せてたら」
「ガキが口答えしてんじゃねぇ。流れなんざ逆らってなんぼだろうが」
「いや、俺もうガキじゃねぇよ!? オッサンよ!?」
何十年前の話してんの!?
サッチが叫ぶ。
ハッ、いつまで経っても進歩しねぇ奴はガキだ
船医が嘲笑う。
その様子を見てキキョウとアイリスが笑う。リサは益々困惑し、気まずさを覚えて頭を掻いた。
「あー、えっとだな。悪ィ、じゃあ取り敢えずそっちから話すか」
スツールに腰を下ろし、サッチは真剣な顔でリサを見つめた。ガラリと変わった雰囲気に僅かに息を呑んだリサは、不安を覚えながらジッとサッチを見つめ返した。
「マルコの血が入ったのは覚えてるか?」
無言で一度頷く。
覚えている。マルコの血が混ざった液体を注入され、激痛に襲われたのだ。
いつの間にか意識を失っていたのだろう。昔の夢を見ていた気がする。そう告げれば、サッチは僅かに眉を下げて口を開いた。
「結論から言うとな、アイツらの研究は失敗した」
「、じゃあ」
「傷を負ってもすぐに再生する。けど、」
「その分、お前の寿命は縮むだろうよ」
サッチの声を遮り、こちらに背を向けたままの船医が言った。息を呑んでサッチを見れば、眉を下げたサッチが気まずそうに視線を逸らす。
「そう、ですか」
「不死鳥の能力を完全にコピーすることは出来なかったってわけだ。どんな傷も再生するが、どんなもんにだって限界がある。心臓や頭を撃ち抜かれても再生するが、その分お前の身体に負荷がかかっちまう。二週間目を覚まさなかったのはそれだな」
羊皮紙をペラリペラリと捲りながら船医が述べた。
「ついでに高熱、不整脈。血圧は上がったり下がったりで滅茶苦茶だ。まぁ、身体は何度か死んだから当然と言えば当然だが、よく頭撃ち抜かれて脳が生きてたもんだ。ラッキーだったな」
どうやら想像以上に酷かったらしい。ハッとして弟妹を振り返れば、予め聞いていたのか俯く二人の頭が見えた。そっと頭を撫でてやれば、震えた手が縋るようにリサへと伸びてくる。
「お前の能力のことは、そいつらから聞いた」
「………」
「幻覚を操るらしいな。町の奴らが実際にいたように見えたのも全て幻覚か」
「……すみません」
「別に責めてるわけじゃねぇよ。大した能力だ、実際にそこに無いものをあると思い込ませるんだからな。その分、脳に相当の負荷がかかるらしいけどな。あの島を出航してから二日間、珍しく頭痛を訴える奴らが多くて参ったぜ」
ギュッとシーツを握りしめると、慰めるように大きな手が頭に乗せられた。
「悪くねぇよ。お前は悪くねぇ」
「、でも」
「家族を護っただけだ」
「………」
「勿論、お前らが自分を責める必要もねぇからな」
俯くキキョウとアイリスの頭をぐしゃぐしゃと撫で、サッチは笑う。全部終わったんだ、と。
「笑え。とにかく笑え。お前らが笑わねぇと、リサも笑えねぇだろ?」
「……うん」
「だいじょぶ、」
いー。口を目一杯横に広げ、二人は無理やり笑う。
違ェ、こうだ。こう。
こう?
こうだっつの!
こうか!
変な顔で笑う三人にリサも笑みを零す。
酷ェ顔だ。船医も笑う。
笑顔が広がり、サッチが満足気に胸を張ったその時、戸が開いて誰かが入って来た。
「……何やってんだい」
「お、マルコ! お前もやれって! こうだ! こう!」
目を見開き、頬を吊り上げ奇妙に笑うサッチにキキョウとアイリスが続く。嫌そうに顔を歪めて三人を見たマルコは、気色悪ィと一言で切り捨ててリサへと視線を移した。
「漸くお目覚めかい」
「……あの人は、」
「ジュノの事か」
すぐに察したマルコが鼻を鳴らす。
「無事だ――今のところはな」
溜息を零したのはサッチか船医か。責めるような視線はサッチのものだろう。マルコはツンとそっぽを向いた。
例の島を出航して二週間。これだけ経っても何の異常もなければ、おそらく何もないのだろう。出航する際にジュノを診察した船医にもそう言われている。
けれど、だからと言って家族を危険な目に遭わせたリサを簡単に赦せるはずもないのだ。たとえどんな事情があろうとも、マルコからすれば「だからどうした」の一言である。
面倒ごとに巻き込んでくれやがって。そう言ってやりたくてここにいるのだ。
別に、リサの容態が気になって毎日医務室を訪れていたわけではない。不死鳥の能力を持つマルコの血を取り入れたことで無駄に再生速度が上がり、それに慢心した男が何度もリサを殺してみせた事で二週間も目を覚まさず生死の境を彷徨ったことなど、マルコにとって痛くも痒くもない出来事である。
「散々迷惑かけたんだ、この船にいるってんなら身を粉にして働きやがれ」
「え……?」
キョトンと目を丸くしたリサにマルコが盛大に顔を顰める。
「まさか何もせずにここに置いてもらえるとでも思ってんのか? 働かざるもの食うべからずだ。女だろうがガキだろうが関係ねぇ。動けるようになったらすぐにでも――」
「あの……この船に、って………?」
困惑の色を浮かべて見てくるリサに訝しんだマルコがサッチを見る。サッチは明後日の方向を向きながら口笛を吹いていた。
そこでマルコは漸く気付く。リサが目を覚ましてからどれほど経ったか知らないが、サッチが肝心なことを何も話していないのだということを。
「………サッチ」
地を這うような声で名を呼べば、ビクリと肩を揺らしたサッチが慌ててマルコから距離を取った。
「お、俺の所為じゃねぇぞ! 話そうとしたらドクターがやって来て、まずはリサの身体のことからだろって言うから!」
じとりとサッチを睨み、マルコは盛大に舌を打ってリサへと視線を戻した。表情が険しくなってしまうのは仕方がない。
「どういう……?」
「別にテメェらの為じゃねぇ。妙な身体になっちまったお前を野放しにする方が面倒だと判断しただけだ。ついでにお節介な船医がガキ共を看るって聞かねぇからだ」
畳み掛けるようにつらつらと述べていくマルコに、ついて行けないリサはただただ目を点にするばかりだ。その様子と、傍らで必死に笑いを堪えるサッチと船医が更にマルコを苛立たせる。
「おかしな真似しやがったら、すぐさま海に放り出してやるから肝に銘じとけよい!!」
テメェもとっとと厨房に戻りやがれ!!
ぎゃんっ!!
サッチの尻を蹴り飛ばし、フンと鼻を鳴らしながらマルコが医務室を去っていく。ポカンとその背を見送ったリサに、含み笑いをしたアイリスがそっと耳打ちした。
「あのね、毎日来てたんだよあの人」
心配してたんなら、そう言えば良いのにね。
何が面白いのか、クスクス笑う妹に姉はただただ首を傾げるばかりだ。
「あ、ジュノも来てたよ。起きたらまた来るってさ」
僕たちも謝ったけど、お姉ちゃんも直接謝りたいでしょ?との弟の言葉に頷けば、あとで連れて来るねと弟も笑う。
「ま、とにかくだ」
ヒリヒリと痛む尻を押さえながらサッチも笑った。
「今日から俺らは家族だ!!」