いたい
いたい
いたい
ズキズキと痛むのか、ジンジンと痛むのか、もう傷みの種類すら分からない。
熱を持っているようにも感じるし、冷えきって痛いようにも感じる。
分からない。何も分からない。
ただただ、いたかった。
「――、――」
いたい。いたいよ。
「――、――」
まっくらで、何もみえない。
「――! ――!」
何もきこえない。
「――!! ――!!」
わからない。
目の前は真っ暗だ。ううん、ただ目を閉じているだけなのかもしれない。
わからない。
声をだしてみた。ううん、出したような気がしただけなのかもしれない。
結局、何も聞こえなかった。
わたし、どうなったんだっけ?
何もおもいだせない。こわい。まっくら。こわい。いたい。いたい。いたい。
「――ちゃん、――て!」
なにか、きこえた。
途切れ途切れに、何かが聞こえる。ノイズのようなそれは、なぜか温かくて、悲しい。
「お――ん! ――!!」
あぁ、また遠ざかった。音が遠くなっていく。
目の前が更に真っ暗になった気がした。
ガクン。
突然、足元が消えた。消えたような気がした。
自分が立っているのか寝ているのかも分からないけど、身体が落ちたのが分かった。
落ちている。どこまで?わからない。何もみえない。何もきこえない。けれど、確かに感じる浮遊感。
こわい。なにがおきてるの。こわい。こわい。いたい。ぜんぶいたい。
たすけて、だれか。
だれもいない。たすけてくれる人なんて、だれもいない。
こわい。
いたい。
いやだ。
たすけて。
たす、け、て。
「お姉ちゃん! 起きて!!」
「!!」
瞬間的に全てが色付いた。
ピントの合わない視線の先には、誰かがいて何かを叫んでいる。
「おね――ん! ――!? ア――よ!」
「、――?」
なにか言っている。目の前がブレる。おとが、うまくきこえない。
きこえない。みえない。こわい。どうして。いやだ。こわい。
浮遊感は消えていた。落ちているようなあのヒュッとした感覚はもうない。
誰かの手が額に触れた。
「深呼吸しろ。吸って、吐いて」
静かに、優しく鼓膜を震わせた音は聞き取ることが出来た。安堵しながら言われるままに深呼吸をすれば、徐々に整っていく呼吸。一度目を閉じてもう一度開けば、漸くそこにいた人物を認識することが出来た。
「、イ、リス」
「お姉ちゃん……!」
覗き込んでいた顔は間違いなく妹のそれで、ぼろぼろと次々に溢れては頬を伝う涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「アイ、リス」
「おねえちゃ、良かっ……」
泣きじゃくるアイリスに手を伸ばそうとして動かないことに気付く。仕方なく視線を動かせば、額に手を乗せた人物の腕が見えた。それを伝って顔まで辿り着けば、安堵した表情のサッチが優しい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
「おはよ、気分はどうだ?」
「、ッチ、さん」
「おう、ちゃんとこのイケメンが誰だか分かるみてぇだな」
ニカッと笑うサッチに微笑み返そうとしたが、引き攣ったような感覚がするだけで思うように動かない。きっと笑えていないのだろう。瞬きを一つしてここは何処かと尋ねれば、モビー・ディック号の医務室だと教えてくれた。
「キ、キョ、は?」
「ここにいるよ」
両手に顔を埋めて泣きじゃくるアイリスの陰からひょいと顔を出した弟の顔色は悪くないように見える。どうやら今は調子が良いらしい。
「ごめ、んね」
聞きたいことは沢山あった。
何故自分がここにいるのか。研究所はどうなったのか。あの男たちは。彼らの家族は。
けれど、口から零れ出たのは謝罪の言葉だった。
それは目の前にいる弟妹に対するものなのか、騙して攫い危険な目に遭わせてしまった彼に対するものなのか、意識のないリサを助け船まで運んでくれたサッチ達に対するものなのか分からない。分からないが、ただただ謝罪の言葉だけがするりと口から零れ出た。
ごめん。
ごめんね。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
涙が目尻を伝った。
ひたすらに謝罪の言葉を連ねるリサに、アイリスは益々泣き、キキョウも目を潤ませ顔を歪める。
「落ち着けって、な?」
「ごめん、なさい……わたしの、せい」
「誰もリサを責めちゃいねぇよ。みんな無事だ」
だから泣き止めって。ほら、アイリスも。お、おい、キキョウ!お前まで泣くんじゃねぇぞ!?
慌てた様子で叫ぶサッチに、アイリスとキキョウが小さく笑う。
「ったくもう、ほら、とっととお顔拭きなさい!」
「サッチ、もらい泣きしそうだよ」
「黙らっしゃい! オッサンはこういうの弱いんだよ!」
あぁもう!早く拭けって言ってんでしょうが!
アイリスを引き寄せ、手に持った真っ白な布でぐっしゃぐっしゃと顔を拭う。時折聞こえるアイリスの悲鳴はそれでも楽しげで、そっと目を閉じたリサは自然と口端が上がるのを感じた。感覚が戻ってきたようだ。試しに拳を握ってみると、思った通りに拳を作ることが出来た。
「わたし、どれくらい寝てたの?」
「二週間だよ! 全然起きないから! だから……っ、」
死んじゃうかと思った。
徐々に小さくなっていくキキョウの声に、どうやら相当心配させてしまったのだと気付く。グッと身体に力を入れて起き上がろうとすれば、寝てなくて大丈夫か?と声をかけながらもサッチが起きるのを手伝ってくれた。
首を左右に傾ければ、コキコキと悲鳴が上がる。腕を挙げてみれば、所々筋が痛んだ。左腕には点滴が繋がれている。
「キキョウ、アイリス」
痛む腕を広げれば、くしゃりと顔を歪めた二人が同時に飛び込んでくる。
「あぁ、折角拭いたのに……」
アイリスの顔を拭いぐっしょり濡れた布を放りながらサッチが呆れたように笑った。
「おはよう、心配かけてごめんね」
「お、おきない、からっ、」
「うん、」
「し、しんじゃった、みたいに、ねてるしっ」
「うん、」
「ごあ、ごあがっだ、よ゛ぉ……!」
「うん、ごめんね……」
強く、強く抱きしめれば、同じように強くしがみ付いてくる。
泣きじゃくる二人の頭に自らも頭を寄せ、そっと目を閉じた。
「よかった、生きててくれて……」
「ご、ごっぢの、ぜりふ!」
「かってにしなないで!」
「うん、うん」
分かってる。だいじょうぶ、生きてるよ。
優しく頭を撫で続けると、徐々に落ち着きを取り戻していくキキョウとアイリス。サッチに拭いてもらった顔は再び涙と鼻水で濡れており、それを見たサッチが「まったくもう!」と再び二人の顔に白い布を押し付けた。
「ほい、リサもな」
「ム、」
押し付けられた布で涙を拭えば、同じようにグシグシと乱暴に顔を拭った弟妹の満面の笑みが迎えてくれた。
「サッチさん、」
「ん?」
「あの……私たち、どうなるの?」
救出したとはいえ、彼らの家族を騙して攫ったのはリサだ。最悪、殺されてしまうかもしれない。
不安が表に出てしまったのだろう。サッチは苦笑を浮かべながらリサの頭を撫でた。
「心配すんな」
「でも……」
「取り敢えずはな、次の島まで面倒見るってなったんだ」
「え……?」
ポカンと口を開けてサッチを見上げる。サッチが声を上げて笑った。
「あの島、住める状態じゃねぇしな」
「、あの……」
「で、その後のことはその時決めようってなったんだけどよ」
困ったことが一つ。そう言ってサッチは頭を掻いた。
「ずーっと寝たまんまだからよ、過ぎちまったんだわ」
「、は?」
「次の島。もう過ぎちまったの」
パチパチと瞬きを数回。言っている意味がよく分からない。
「綺麗な町だったんだよ!」
アイリスが興奮気味に言った。
「初めて食べるお菓子があって、すごく美味しかった!」
キキョウも笑う。
初めての島について楽しげに話す二人からサッチへと視線を戻せば、サッチは肩を竦めた。