研究所を後にして地上に戻って来たマルコたちを迎えたのは、入口の所に残った兄弟たちだった。
「やっと戻って来たか!」
「ジュノ! 無事だったんだな!」
「ったく、面倒かけやがって……! 無事で良かったぞコノヤロー!」
「いてっ、悪かったって! うわっ、ちょっ、誰だ今俺に足引っ掛けた奴は!!」
もみくちゃにされるジュノを眺めながら、マルコは溜息を一つ零した。そんなマルコの肩にポンと手を置き労いの言葉をかけたのはサッチだ。
「やっと終わったな」
「バカ言ってんじゃねぇよい。何処をどう見たら終わったって思えるんだい」
再び零れた溜息は先程のそれよりも重苦しい。
自身の腕をチラリと見下ろせば、未だ意識を取り戻さずピクリとも身じろぐことのないリサの姿があった。
終わりではない。ただ一段落ついただけで、問題なのはこれからに決まってる。サッチだって分かっているはずだ。
「面倒事はごめんだってのに」
「またまたァ。率先してリサ連れ出したのお前じゃん」
研究所はもう跡形もない。自分たちの脱出ルートを確保する為にかろうじて空間だけは残したが、あの場所で研究が行われることはもう二度と無いだろう。これまでの研究データや薬品は全てサッチの肩に掛けられた麻袋の中にあるし、全員が地上に出た時点で破壊したエレベーターはマルコたちの後ろで完全に停止している。もう起動することもない。
「しっかし、すっかり見違えちまったなぁ」
丘から見える町並みに変化は無いというのに、何処か違う。船に戻る為に町の中へ足を踏み入れれば、その理由はすぐに分かった。シンと静まり返ったそこには人の気配など微塵も感じられない。
「俺よく分かってねぇんだけどよ、結局リサは何の能力者だったんだ? エレベーターが木に見えてたのは能力か?」
もしそうだとしたら、幻覚を見せる能力だとでもいうのだろうか。
「厄介な実を食ったもんだ」
独りごち、マルコは腕の中のリサを抱え直してモビーディック号へと急いだ。
「なぁ、マルコ」
「俺に言ったって仕方ねぇだろうが」
サッチの言わんとする事を察して突っぱねれば、隣を歩くサッチが苦笑したのが気配で分かった。
「分かってるくせに」
「るせぇ」
分かってるに決まってる。マルコは苦い顔で舌を打った。
そもそも、リサをここに連れて行くように命じたのは誰だ?他でもない、船長である白ひげだ。
つまり、白ひげとリサとの間に何らかの取引が交わされたに違いない。そしてその内容はその場にいなかったマルコでさえ容易に想像できる。
「甘ェんだよい、オヤジは」
「人のこと言えねぇだろうよ、兄弟」
ニヤニヤと腹立たしい顔で笑うサッチにもう一度舌を打った。そして腕の中の女をもう一度見下ろす。
「俺は、まだ認めちゃいねぇ」
「けどオヤジの決定には従うんだろ?」
「当然だい」
自棄気味に発せられた声は何処か拗ねているようで。
ガキか。心の内でそんな事を考えてることも、喉を鳴らしながら隣を歩く兄弟にはバレているのだろう。
モビー・ディック号に戻れば、マルコ達の帰りを今か今かと待ち構えていたエースが満面に笑みを湛えて迎えてくれた。
「お帰り!! 怪我はねぇか!? ジュノ! 大丈夫か!?」
「おー! 心配かけちまったな!」
「全くだバカヤロー!」
拳を掲げて応えたジュノに甲板のあちこちからブーイングが上がる。けれどその顔には笑みが浮かんでいて、家族が無事に帰ってきた事を心から喜んでいることが窺い知れた。
「オヤジ、帰ったよい」
「あぁ、よく帰ってきたな」
「オヤジ! すまねぇ!! 迷惑かけちまった!」
「グララララ! こんなモン、迷惑のうちに入りゃしねぇよアホンダラ。無事で良かった」
「オヤジ……!!」
感極まった様子で白ひげを見つめるジュノに、白ひげからの愛の拳が振り落とされる。
「心配させた罰だ。ありがたく受け取りやがれ」
「い、ぢぢぢ………お゛ぉう……す、すまねぇ……」
頭を押さえ蹲る息子に一頻り笑った白ひげは、その視線をマルコの腕の中で眠るリサへと向けた。
「息はあるんだろうな」
「あぁ、生きてるよい」
「エース、キキョウたちの様子は? 大丈夫なのか?」
「取り敢えず安定してるみてぇだ。今は寝てる」
「そっか……」
ホッと安堵の息を漏らしたサッチは、自分が医務室に運ぶと告げてマルコの腕からリサを受け取り船室へと消えていった。
その背を見送ったマルコは、溜息を一つ零して父へと振り返る。全てを見透かしたようなその目に不満げに眉を寄せれば、グラグラと声を上げて笑った白ひげの大きな手がマルコの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「何てツラしてやがる」
「別に、いつもと変わらねぇよい」
「そうか」
グラグラグラ。楽しげに笑う白ひげはマルコの考えなど全てお見通しなのだろう。同時にマルコも父が何を考えているのか手に取るように分かる。
それでも、聞かなければならない。
「オヤジ、アイツらどうするんだい」
「お前はどうしたい」
「……俺は、オヤジの意見に従うよい」
「お前の好きなようにしろ」
上手くかわしたと思ったら、全てを丸投げにする白ひげの言葉。目を見開いたマルコは、すぐに不機嫌な顔へと変えた。
「俺には何の関係も……」
「無いなんて言わせねぇぞ。現に、あの女をこの船に連れて来たのはお前だろうが」
「、それは、」
「あのガキ共を連れて来たのも、たった今アイツを連れて来たのもお前だ」
マルコは渋面で白ひげから目を逸らした。
あの子ども達を連れて来たのは、リサに対する人質だ。それ以外の意味は無い。
リサを抱えて戻って来たのだって、意識を失って自分で歩けないからで。船に戻るぞ、となった時にたまたま一番近くにいたのが自分だっただけで。
今現在、医務室で子ども達が治療を受けているのはマルコの意思ではない。
今現在、医務室でリサが治療を受けているのも、マルコの意思ではない。断じて違う。
「俺は、ただオヤジがアイツを手助けすると決めたと思ったからで、」
「俺ァそんなこと一言も言ってねぇぞ」
言ったも同然ではないか!
苦い顔で白ひげを見たマルコは、楽しげにこちらを見下ろす白ひげと視線がかち合うと耐え切れずに顔を背けた。
「お前が決めろ」
「………」
ずるい。アンタはずるい。狡すぎる。
心の内で文句を連ねたマルコは、観念したように溜息を零して頭を掻いた。
「頼んだ覚えはねぇが、結果的にジュノを助けることが出来たのはあの女のおかげだ。この島に住むことは出来ねぇだろうから、取り敢えず次の島まではこの船で面倒を見る。その後のことは知らねぇよい」
「え? ずっとこの船で面倒見るんじゃねぇのか?」
キョトンとした顔で尋ねるエースを睨み付け、マルコは鼻を鳴らした。
「取り敢えず、次の島まで面倒を見る。その後のことは俺は知らねぇよい。オヤジたちが決めてくれ」
俺ァ部屋に戻る。
船室に向かって歩き出したマルコは、視界の片隅で笑いを堪えている兄弟の中にジュノを見つけて目を眇めた。
「ジュノ、テメェも来い」
「へ?」
「あんなガキに誑かされやがって。たっっっぷり説教してやるよい」
「げ!!」
一瞬で青褪めたジュノに、あちこちから笑い声が上がる。
「や、八つ当たりはよくねぇと思うぜ隊長!」
「るせぇ! 誰の所為だと思ってやがる!! とっとと来やがれ!」
悲鳴を上げるジュノの首根っこを掴んで部屋へと向かう。
数分後、マルコの部屋から聞こえたジュノの断末魔の叫びに船中から笑い声が上がった。