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「あぁ、君はよくやってくれた。本当に助かったよ」

苦痛に顔を歪めながら浅く呼吸を繰り返すリサを見下ろし、男は目を細めた。

「おかげで我々は大いに助かった」
「……初めから、このつもりだったの……」
「まさか。我々としても、町の住人たちを犠牲にするつもりはなかった」

白々しい言葉にぎゅっと眉を寄せれば、男は困ったように微笑みリサへと手を伸ばした。
汗で額に張り付いた前髪を優しい手つきで掻き上げ、労わるように頭を撫でる。優しいその手つきに、けれどリサは安心を覚えることは出来なかった。それどころか、恐怖が全身を襲ったのだ。思わず振り払えば、それでも男は笑みを絶やさぬまま立ち上がる。

「じゃあ、私は地下に戻るとするよ。暫くは君の手を借りずに済みそうだ」

俯いたまま答えないリサに憤ることもなく、男はゆっくりとした足取りで歩きだし、数メートル先で止まった。

「そうそう、大事なことを忘れるところだった。君の弟と妹だがね、一度研究所の方へ連れて来てもらいたい」
「っ、何で!? 嫌よ……! あの子たちを巻き込まないって――!」
「待ってくれ、早とちりだよ。私はただ、彼らの検査をしたいんだ」
「検査……?」

怪訝に眉を潜めて男を見上げれば、男はいつもの人の好さそうな顔で笑っていた。

「彼らは実験体として扱われた過去がある。あの頃の実験で身体に異常をきたしてないかを調べたい。ただそれだけだよ」
「二人とも元気だ!」
「表面上はそうでも、内側がどうなっているかは分からない。それとも、君には分かるのかね?」
「っ、それは……」
「大丈夫、彼らを実験体にするつもりはない。安心してくれ」
「………私も、行く」
「勿論、そうしてくれて構わない。ではまた明日」

去って行く男の背を見つめながら、リサは襲い来る罪悪感と恐怖に身体を震わせることしか出来なかった。

町の人を犠牲にしてしまった。
自分たちの自由の為に。弟妹の身の安全の為に。
たった三人の為に、多くの生命を犠牲にしてしまった。

「いらっしゃい! 今日は何にする?」

いつもと変わらない笑顔で迎えてくれる八百屋の主人は、けれど人間ではない。

「やぁ、リサちゃん。アイリスちゃんとキキョウ君は元気かい?」
「、えぇ……ありがとう、元気よ」

肉屋の主人も、噴水の広場で遊ぶ子どもも、誰も彼もが。
今までと変わらぬ生活を送っている。けれど、それは彼らではない。

「………きもち、わるい」

襲い来る吐き気を堪え切れず、全力で家まで駆けた。

「げほっ、げほっ……う、ぇ……っ」
「おねえちゃん?」
「どうしたの? ぐあいわるいの?」
「、ごめ、なさい……」

だいじょうぶ?
いたいの?

心配そうに見上げてくるキキョウとアイリスに微笑みかけることすら出来なかった。
ただただ、罪悪感に押し潰されそうだった。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

「ごめん、ごめんね……」
「おねえちゃん……?」
「だいじょうぶ……?」
「うん、うん……だい、じょぶ………だいじょうぶ、だよ」

護るから。
絶対、護ってみせるから。
幾多もの犠牲を払って得たこの生活を、笑顔を。

「君の弟妹は病を抱えている」

――マモッテ、ミセル、カラ……




「状態は?」
「脈拍安定しています。異常は見当たりません」

部下の言葉に満足気に笑った男は、肉付きの良い手を数回打ち鳴らした。

「さぁ、一緒に見ようじゃないか。この研究の成功を」

数分に渡り悲鳴を上げ、のたうち回っていたリサは既に意識を失ってグッタリとしている。髪の向こうに覗く頬は青白く、全身が僅かに痙攣しているように見えた。
男は懐から銃を取り出すと、数人の部下によって吊るし上げられたリサの肩に銃口を押し当てた。

銃声が一発、轟いた。

「ぎっ、あ……」

意識を手放したままのリサの口から悲鳴のようなものが漏れるが、それは一瞬のことだった。

「傷が……」
「、消えた……」
「素晴らしい」

男は満足気に口端を吊り上げ、今度はリサの腹に銃口を向けた。
銃声が一発、二発、三発。
今度は悲鳴は上がらなかった。

「素晴らしい!」

血が噴き出る間もなく傷が癒えたのを見て、またもや男は満足気に笑った。
何度も、何度も。リサに向けられた銃口が火を噴く。回を追うごとに傷が癒える速度が上がっていると男は喜んだ。
何度も、何度も、何度も、何度も。男はリサを殺さんと引鉄を引く。
何度も、何度も、何度も、何度も。リサの身体は独りでに傷を癒していった。

「素晴らしい!!」

撃ち抜いた頭が瞬時に再生したのを見て、男は一際大きな声で吼えた。

「完成だ! これが人間を超えた存在だ!! あの愚か者共め! もう馬鹿になどさせるものか!!」

男は嗤った。ひたすらに嗤った。嗤い、嗤い、嗤い続けた。
そして、徐にマルコたちを振り返り、ニタリと嗤った。狂気に満ちたその顔に、マルコが目を眇める。

「おめでとう。君たちは歴史が変わる瞬間に居合わせた幸せ者だ」
「嬉しくも何ともねぇな。とっとと仲間を返しやがれ!」
「あぁ、そうだった……そうだったね――おい!」

男の命令を受け、部下たちがジュノの猿轡を外し手足の拘束を解く。自由になったジュノはゆっくりと身体を起こし、警戒しながら辺りをキョロキョロと見回した。その目がマルコ達を捉えるとホッと安堵の表情へと変わる。

「隊長……!」
「ジュノ!!」

駆け寄ってきたジュノはマルコの前にやって来ると即座に頭を下げた。

「すまねぇ……! すまねぇ、隊長……!!」
「説教は後でたっぷりしてやるよい。――無事で良かった」

外傷は見当たらない。至って元気な家族の姿に漸く表情を和らげたマルコは、その視線をジュノからリサへと移した。

「マルコ……」

背中にかかるサッチの声が訴える。
このまま帰るのか、と。このまま船に帰って、何もなかったように出航するのか、と。
視線の先のリサは未だ意識を取り戻さない。傍らの機器がピッ、ピッと規則的に音を鳴らしている。

”あの子たちを、助けて”

最後まで弟妹の身を案じていた彼女は、意識を取り戻して何を思うだろうか。
死を奪われたその身体で、何を願うだろうか。

答えはいとも簡単に分かった。

「はぁー………」

大きな溜息を一つ。ガシガシと頭を掻けば、それだけで悟ったのかサッチが笑ったのが分かった。

「ジュノ」
「おう!」
「お前、後で覚えてろい」
「い゛!? ……お、おう………」

脂汗をダラダラと流して視線を泳がせる弟の頭をスパンと叩き、マルコは目を細めて男を見据えた。
男は興奮した様子で再びリサに銃口を向け、迷う事なく引鉄を引いている。

「あぁ、素晴らしい……素晴らしい……!!」

その様はまるで、欲しかった玩具を手に入れた子どものようだ。マルコは蔑んだ目で男を睨んだ。

「俺らの用事は済んだ。あとは好きにしろい――そう言うつもりだったが、気が変わった」
「ん?」

マルコの言葉に男が振り返る。その一瞬の間に、マルコは男の傍らに立っていた。
つい先程まで離れていたはずのマルコが目の前にいる。男は目を見開き、動揺に身を揺らした。その隙を、白ひげ海賊団は見逃さない。

「胸クソ悪ィ研究は、今日ここで終いだ」

マルコのその言葉を合図に、いくつもの銃声と金属音、爆発音が上がる。
それらに掻き消された悲鳴は、一切の情を切り捨てて襲いかかるマルコ達の耳に届くことはなかった。