「さぁ、答えを聞こうか。不死鳥、我々の研究に協力してくれるね?」
男は悠然と笑みを浮かべたままマルコに笑いかけた。
「何、大したことじゃない。ほんの少しばかり、君の血液を提供してくれればそれで良い」
「そんな事で悪魔の実の能力が手に入るとでも?」
「それは君が気にする事ではない」
ぴしゃりと言い放った男は、部下に命じて注射器を用意させた。
未だ袋に入ったままのそれをマルコに向けて放れば、右手でキャッチしたマルコが手の中の注射器と男とを交互に見る。
「………ジュノと交換だ」
「いいや、君の血が先だ」
「ふざけんじゃねぇ!」
「君には断ることは出来ないはずだが?」
ニヤリと口端を上げた男を睨み付けたマルコは、けれど次の瞬間、同じように口元を歪めて笑った。
「テメェの方こそ、出来ねぇんじゃねぇか?」
徐に挙げた手がリサの首の前でピタリと止まる。
「”それ”をどうすると?」
「コイツが死んだところで、俺は痛くも痒くもねぇよい」
「おい、マルコ――」
焦って声を上げたサッチを視線で黙らせ、マルコは再び男を見る。
無言の時間が続き、やがて男が声を上げてせせら笑った。
「言わなかったかな? 我々は”それ”の両親のような頭脳は持ち合わせてはいない、と」
「………?」
「その我々が、この研究の対象者を”それ”だけに絞ると思うかね? 本当に?」
「!」
僅かに目を見開いたマルコに満足気に目を細めた男は、更に口端を吊り上げて笑った。
「実験には失敗がつきものだ。だからこそ、実験体は大いに越したことはない。第二、第三の対象者を作らないと何故思ったのかね?」
「………ちっ」
小さく舌を打ち、マルコはその手にある注射器の封を破った。キャップを取り外すと躊躇うことなく自身の腕へと突き立てる。
真っ赤な液体が注射器に溜まっていくのを、男を含めた研究員たちは目を輝かせてジッと見つめていた。
「――で、これをどうすりゃ良いんだい?」
「キャップを嵌めてこちらに渡してもらおう――おい」
「はい」
指示を受けた研究員がマルコの元へと向かう。その手にある注射器を受け取って男の元へ戻ると、その場で血液を他の容器へと移した。研究員が、手にしていた試験官の透明な液体をそこへ流し込む。混ざり合った二つの液体は、やがて透き通った薄青い液体へと姿を変えた。研究員たちの間から期待に満ちた歓声が上がる。新しい注射器でそれを吸い上げた男は、満足気に注射器を撫でてマルコたちを振り返った。
「では次だ」
「ジュノを返せ!」
「返すとも。だがその前に、まだやるべき事がある。これでラストだ」
”それ”を、こちらに寄越せ
注射器を手にした男の目がリサを捉える。
ビクリと身体を震わせたリサは、震える指先を拳を強く握ることで耐えると大きく深呼吸をした。
「嫌よ。私は、嫌」
「君の意見を聞くつもりはない」
「ジュノを返せ」
「言っているだろう? 返すさ。彼一人がいなくなった所で我々は痛くも痒くもない。実験体などいくらでもいるのだから」
男は手の中の注射器を愛おしげに撫でた。
「だが、手札は有効に活用せねば。仲間を取り戻したいのならば”それ”をこちらに寄越してもらおう。難しいことではないだろう? 君たちからしてみればその女は敵も同然のはずだ」
「…………」
「”それ”を我々に渡す。それだけで仲間が取り戻せるんだ、安いものじゃないか」
答えないままマルコは隣に立つリサを見た。リサがマルコを見つめ返す。その目には僅かな恐怖と、諦めのような色が浮かんでいた。
「……俺は、お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇ」
「おい、マルコ……」
「ジュノが――家族が助かるんなら、俺は喜んでお前を差し出す」
恨みたいなら恨め。
顔を逸らしながら呟いたマルコの耳に、小さな小さな声が届いた。うっかり聞き逃しそうになるほどに小さなそれは、けれど一言一句漏らすことなくマルコの鼓膜を震わせる。瞬きを一つしたマルコは、何も言わないままリサの腕を掴むと男の方へと突き飛ばした。
「っ、」
男の前に倒れ込んだリサに、すぐさま白衣の男たちが駆け寄って押さえつける。リサは暴れることも悲鳴を上げることもしなかった。
「リサ! マルコ、お前――」
「間違えんじゃねぇ。俺らが助けたいのは誰だ? ジュノだろうが」
「、それは……でも!」
「どっちかしか助けられねぇってんなら、答えは一つしかねぇだろうが」
白衣の男たちに押さえ付けられて身動きの取れないリサに、屈み込んだ男が笑みを浮かべる。
「我々の仮説が正しければ、これで完成する」
「………人間は、人間以外のものにはなれない」
「なれるさ。悪魔の実など無くとも、科学があれば」
細長い針の先が首に触れた。小さな痛みにリサの顔が歪む。
「――そうすれば、人間は人間を超えた存在にだってなれる」
男の目に狂気の色を見つけた次の瞬間、体内に注入されていく何か。
全てが注ぎ込まれ、針が離れていく。リサの身体に異変はなかった。
「何も起こらねぇ……」
サッチが呟いた。
「失敗、したのか……?」
「どっちだろうと構わねぇよい。おい、とっととジュノを――」
マルコの声はそこで掻き消された。
思わず耳を塞いでしまうほどの大きな悲鳴を発しながら、リサが自分を抱きしめるようにして蹲っていた。