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「わけ分かんねェこと言ってんじゃねぇ」

男の言葉をマルコは一蹴した。
けれど男はさして動揺するでもなく、ただただその口元に薄い笑みを浮かべている。

「なに、大したことじゃない。我々の実験に協力してくれさえすればそれで良い」
「協力するとでも思うか? 俺の仲間を攫ったテメェらに?」
「仲間想いの君なら、了承してくれると信じているよ」

男の視線がガラスの向こうへと向けられる。
いつの間にかガラスの向こうに横たわるジュノの傍らに数人の研究員が立っていた。
その手には何やら気味の悪い色の液体が入った注射器や、メスなどが握られている。あからさまな脅しにマルコは舌打ちを零した。

「汚ェ奴らだ」
「海賊である君がそれを言うかね?」

不敵な笑みを浮かべる男に、マルコの顔から表情が消えたのをサッチは見た。

「、待って! どういうこと? だってあの人達がしていた研究は――」
「その通り。我々の研究はそこにいる彼と同様の能力を持った人間を作ることだ――昔はね」
「!?」

目を見開くリサに男は笑みを更に濃くした。

「君は知らないかもしれないが、君がその手にかけたご両親はそれはそれは優秀な研究者だったのだよ。彼らはとても秀でた頭脳を持っていた。彼らなら実験体として海賊を集めることもなく研究を成功させていたかもしれん。何百年に一人という逸材だった。彼らは実に優秀だった」
「ハッ、つまりテメェらは無能だってことだろうが」
「何とでも言いたまえ。私たちでは彼らの足元にも及ばない、そんな事はとうの昔に理解している。彼らは自分たちの娘を使って実験を始めた――あぁ、そうだ。彼らは優秀だったが情というものは持ち合わせていなかった。自分たちの娘を研究体として差し出したのではない。研究体としてリサという人間を作ったのだよ」

ニタニタと嗤う男を睨み付けるリサの表情は険しい。その手が固く握り締められていることにマルコは気付いた。

「君は何の疑問も抱かずに彼らの言う通りに実験体として生きていた。あの時は上手くやったものだと感心したものだよ。血の繋がった娘を実験体にすることに抵抗が生まれるのではと危惧したこともあったが、それは杞憂だった。彼らは私の想像以上に異常な人間たちだった――それが自分たちの生命を脅かすことになると知っていたとしたら、彼らは一体どうしただろうね?」
「っ、話はもういい! 彼を解放して!!」
「リサ……?」

焦れているようにも見えるリサにサッチが呼びかけるが、リサはチラリとサッチを一瞥したのみですぐに男へと視線を戻してしまった。
何が愉しいのか、男はそんなリサを眺めて楽しげに口元を歪めている。

「どんなに優秀だとしても、実験には失敗がつきものだ。ぶっつけ本番で試し続けてリサの身体が保つはずがない」
「だから海賊たちを集めたんだろう? クソ野郎が!」

背後に立つ一番隊クルーの誰かが声を荒らげた。男は悠然と笑みを浮かべている。

「いいや、違うね。私が海賊たちを実験体として使うと決めたのは、彼らが死んだ後だ」
「じゃあ何だってんだ? 実験体なんてそう簡単に――」
「、まさか」

ぽつりと呟いたマルコの顔色が変わる。男の口元が益々吊り上がった。

「その通りだよ、不死鳥。彼らはまた作ったんだ、リサを使う実験の為に必要な実験体をね」
「マジかよ……」

サッチの呟きがリサの耳に届いた。

「君たちがキキョウ、アイリスと認識しているあの双子は、実験の為に産み落とされた第二、第三の実験体なのだよ」




モビー・ディック号の医務室には、いつになく重苦しい空気が漂っていた。

「なぁ、治るか? 治るよな?」

青白い顔で眠り続ける少年と少女にはそれぞれ点滴が繋げられ、二人を取り囲むようにしてナース達がそれぞれ血液採取や身体に異常が無いかなどを探していた。医療のことなどからっきし分からないエースはそんなナース達の邪魔にならないように距離を取り、けれど心配で医務室を出ていくことも出来ずにそこに留まっていた。
近くを通るナースに問いかけるが、返ってくるのは「静かにしていてください」だの「邪魔しないでください」と辛辣な言葉ばかり。

「エース隊長、食堂に行って来たらどうです?」

終いには出て行けとまで言われ、エースは目の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じながら唇を尖らせた。

「だってよォ……心配じゃねぇか」
「気が散ります」

無情な返答にガクリと項垂れるエース。
くつくつと笑い声が聞こえて顔を上げれば、先程から一心不乱に医学書と睨めっこをしていた船医が喉を鳴らしていた。

「笑うな!」
「エース隊長、煩いです」
「わ、悪ィ……」
「情けねぇなァ、隊長さんよ」
「うっせ。で、どーなんだよ? 助かるんだろ?」

軽口を叩く余裕があるということは、つまりそういうことだろう。
僅かばかり表情を明るくしたエースが船医の元へ近寄れば、分厚い医学書を静かに閉じた船医は疲れたように目頭を押さえて立ち上がった。

「いいか小僧、覚えとけ。『助かる』か『助からない』かじゃねぇ。『助ける』か『助けない』かだ」
「………よく分かんねぇよ。助けるに決まってんだろ?」

何言ってんだ。そう続けたエースをチラリと見た船医は、未だ青白い顔でベッドに横たわる二人に歩み寄ってそれぞれの首筋に手を当てた。脈拍を測っているのだろうと推測できたが、それ以上のことはエースには分からない。やがて船医は大きな溜息と共に二人から離れてエースの元へと戻ってくると、クセのあるエースの黒髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「うわっ、何だよ?」
「助かることが幸せとは限らねぇこともあるんだよ」
「………?」

首を傾げたエースに苦笑を浮かべた船医は再び椅子に腰を下ろして頭の後ろで手を組んだ。

「ま、全てはアイツら次第だな」

今の俺に出来ることは何もねぇよ。そう言い放った船医は「わけ分かんねェ!」と喚くエースを無視して目を閉じた。