「良かったのか?」
闇色に染まりゆく空を見上げながらビスタが問いかけた。
「何がだ」
「彼女を行かせてしまって……マルコが怒るんじゃないか?」
「怒るだろうな」
専用の椅子にゆったりと腰掛けた白ひげは、息子の言葉に口端を上げて肯定した。
怒るだろう。怒るに決まっている。
人一倍家族を大切にするマルコは輪をかけて排他主義だ。
怒らないはずがない。
何を考えているのか、笑みを絶やさない白ひげにビスタは溜息を零さずにはいられなかった。
「そろそろ合流した頃か……」
助けを求めていた彼女に、けれど手を差し伸べる者はいなかった。
攫われた家族はその生命すら危うい状況にある。
そしてそれを強要したのは他でもない彼女自身だ、手を差し伸べる者などいるはずがない。
けれど、白ひげは手を差し伸べた。
「話してみろ」
手を差し伸べた白ひげの存在が、彼女にとってどれほど大きな光となったのか。
それは船番として船に残っていた五番隊の人間だけが知っている。
「アイツ、助かるかな……」
近くにいた隊員が曇り空を見上げながら呟いた。
『アイツ』――それは攫われたジュノの事であり、サッチと共に研究所へと向かったリサの事でもあるのだとビスタは知っている。
ビスタも同じことを思っているからだ。
「大丈夫さ。何せ、白ひげ海賊団がついてる」
必ず助けるだろう。
彼が、彼らが。
ビスタの呟きに、白ひげはグラグラと独特の笑い声を響かせるのだった。
「研究所の入口はここじゃない」
サッチと共に丘に現れたリサの言葉に、マルコ達は盛大に顔を顰めた。
「ここじゃない?」
「現に階段があるじゃねぇか!」
「じゃあ何処にあるってんだよ!?」
「煩ェ!」
口々に上がる声を一喝することで黙らせたマルコは、サッチの背から下りたリサを睨めつけた。
「ここは侵入者用のダミーの入口だから、ここから入っても辿り着けない」
「お前の言葉を信じるとでも?」
「マルコ」
諌めるようにサッチがマルコの名を呼んだ。視線をサッチへと移せば、サッチはいつになく真剣な表情でマルコを見据えている。
「大丈夫だ」
「………」
「リサ、頼む。時間がねぇんだ」
サッチの言葉に一つ頷いたリサは、徐にマルコ達に背を向けると丘の中央にそびえる一本の大木へと歩きだした。
「研究所の入口は、そこにあると知ってる者しか見つけられない」
多くの視線を受けながら、リサは大木の幹にそっと手を伸ばした。
次の瞬間、まるで景色が歪んだかのようにブレだす。
「な、何だ……!?」
「ぐあ……っ、あ、たまが……」
「っ、テメェ……!」
ぐわん、ぐわんと目の前が歪み続け、真っ直ぐ立っているのかすら分からない。
目の前が霞んでいく。
何も考えられない。
頭が痛い。
「目を閉じて深呼吸をして」
静かな声が頭の奥に響いた。
「深呼吸をして、見たものを全て忘れて。この島は全てが歪」
「っ、何言ってんのか分かんねェよ!」
誰かが叫んだ。
「私の言うままに考えて。ここには木なんてない。ここにあるのは、ただのエレベーター」
「!?」
「これは、ただのエレベーター」
静かな声が全身を包み込むような感覚を覚えた。
「エレベーター……?」
一体何を言っているのか分からない。
「そう、エレベーター。貴方達が見ていた木は、ただの幻影――目を開けて」
言われるままにそっと目を開き、そして息を呑んだ。
「な、んだよこれ……」
目の前には、大きな扉があった。
誰もが驚き言葉を失っている中、リサは慣れた様子でエレベーターのボタンへと手を伸ばした。
ポン、と軽快な音が鳴り響き、ゆっくりと扉が開く。
「乗って」
ボタンを押したまま振り返ったリサに、一早く足を進めたのはサッチだった。
「行こうぜ、ジュノが待ってる」
「、」
警戒を解かないままマルコが進み出ると、他のクルー達も同じようにエレベーターの中へと足を踏み入れた。
「全員は無理よ、乗れないわ」
「全員で行く必要もねぇだろ。三番隊と四番隊はこの場で待機、一番隊は俺らと一緒に来い」
「残りの奴らは町へ戻れ。それからオヤジに報告だ」
エレベーターの扉がゆっくりと閉じていく。
「気を付けろよ!」
「絶対連れて帰って来いよ!」
「頼んだぜ!」
家族の声援にしっかりと頷き返し、マルコ達は地下にある研究所へと向かった。