最初の任務をこなしたのは十五の時だった。
相手はグランドライン前半の航海を終え、新世界までやって来た屈強な海賊団の一員。
失敗すれば自分だけでなく弟妹の生命すら儚く消えてしまうことになる――重圧に押し潰されそうになりながら、必死に愛想を振りまいた。
結果は、成功だった。
任務は呆気なく成功した。
まだ幼さの残る子どもの誘いに男はあっさりと引っかかった。肩透かしを食らったほどだった。
こんなにも簡単でいいのか?
何か罠があるのでは?
――警戒は杞憂に終わった。
次も、その次も、その次も。
危うい時は何度もあった。あぁ、失敗した――そう思った時だってあった。
それでも、リサはこうして生きている。妹も、弟も。
あぁ、何て簡単なんだろう。
男とは、海賊とは、簡単な生き物なんだろう。
実験体を集めるのは容易だった。
薬を与えられ、妹も弟もその生命を繋げることが出来た。
嬉しかった。嬉しくて仕方なかった。
こんなにも簡単に実験帯は集まり、おかげで妹も弟も助かっている。生きている。
心の奥底に溜まっていく罪悪感を見ないふりをした。
夢に出てくるのは実験体として差し出した海賊達が見るも無残な姿になった姿だった。
夢の中で悲鳴を上げる海賊達の姿や声は、どんな時だってこびり付いていた。
寝ている時だって、起きている時だって。
弟妹と穏やかな時間を過ごす時だって、海賊を誘惑している時だって。
どんな時だって、どんな時だって。
いっそ狂ってしまえたらと何度願ったかも分からない。
不安定な精神を必死に繋ぎ止めていたのは、愛しい弟妹のため。
二人が生きていてくれたら、それで良い。
二人が幸せになってくれれば、それで良い。
ただただ、大切な彼らを想った。
「、すけて……」
だれか、だれか。
「たす、けて」
だれでもいい。
悪魔だっていい。
「たすけて……っ、」
何でもするから。
どんなことでもするから。
「たすけてよ……っ!」
あの子たちをたすけて。
「――話してみろ」
「見つかったか!?」
「まだだ! そっちは!?」
「だめだ……!」
「諦めんじゃねぇよい! 必ず見つけ出せ!!」
マルコは焦っていた。
船員総出で町中を探しているというのに、リサの言った地下へ続く道は何処にも見当たらないのだ。
一度船に戻って吐かせようか。そう思ったのは一瞬で、すぐにその考えを取り払った。
きっとリサは何も言わないだろう、弟妹を助けてほしいという願いを聞き入れない限りは。
けれど、それを受け入れられるほどマルコは優しくなどない。彼女の事情など知らないが、家族を勝手に攫っておいて助けろなど、受け入れられるはずがないのだ。
厚い雲が空を覆い隠している。
また一雨降るかもしれない。
マルコは舌打ちを零した。
探し始めてどれほど経っただろうか。薄暗かった空に闇色が混じり始めた頃、ポケットの中の子電伝虫が鳴り出した。
『隊長! 見つけました!!』
「何処だ!?」
『町外れの丘です! あの女がジュノと行ったっていう!』
「今すぐ行く! 他の奴らも集めとけよい!」
『了解!』
子電伝虫をポケットに押し込み、マルコはその両腕に青い炎を纏わせた。人の腕だったものが鳥のそれへと変わっていく。やがて全身を青い鳥へと変えると、マルコは両腕を大きく広げて闇色の空へと飛び上がった。
悪魔の研究をしているとリサは言った。
集められた海賊たちはその実験体だ、とも。
ジュノが連れ去られてから既に数日が経過している。
町中を走り回って気付いたが、他の海賊達の姿も見当たらない。
一人、二人ではない。島にいた白ひげ海賊団以外の海賊たち全員が消えているのだ。おそらくリサという存在に意識を向けている間に連れ去られたのだろう。
自分達の仲間に被害が無くて良かった。他の海賊など知ったことか。捕まる方が悪い。
勿論、それはジュノ自身にも言えることなのだが、だからと言って『見捨てる』という選択肢などあるはずがない。
家族を助けるのは当然のことだ。他の海賊たちなど知ったことではないが、家族だけでも助けなければ。
「っ、無事でいてくれ……!」
特別な役職に就いているわけではない。役割で言えば、代わりなどいくらでもいる存在だ。
けれど、家族だ。
あの偉大な父が息子と呼んだ、大切な兄弟だ。
女の色香に惑わされて攫われてしまうようなアホンダラだろうが、助けるに決まっている。
「マルコ隊長! ここです!!」
丘には既に多くの兄弟が集まっていた。地下へ続く階段を囲みながら、早く早くとマルコを手招きしている。
「オヤジには?」
「それが……」
「報せてねぇのか?」
言い淀む兄弟に眉根を寄せれば、隣に立つ他の兄弟と顔を見合わせた彼は戸惑うようにマルコへと視線を戻した。
「その……サッチ隊長が今こっちに向かってるから、着くまで待て、と」
「何? なんで――」
「あの女も一緒に来るそうです」
マルコの眉間の皺が一気に増えた。
「あ、あのっ……その、あの女に、手を貸してもらえと……」
「………オヤジがそう言ったのか?」
いつにない低い声に怯えの色を見せながら、目の前の兄弟が小さく頷く。
ふざけるなと怒鳴り付けてやりたい。
けれど、誰でもない白ひげの命令だ。無碍に出来るはずもない。
深呼吸を繰り返したマルコは静かに頷いた。
「分かった」
目の前の兄弟がホッと安堵の息を漏らしたのを尻目に、マルコはガシガシと頭を掻き毟った。
落ち着け。
何度も自分に言い聞かせ、サッチとリサが来るのを待った。