白で統一された室内に女はいた。
部屋の中央に配置された二つのベッドに眠る弟と妹は、まるで死んだように青白くピクリとも動かない。
「君の弟妹は病を抱えている」
「………どうして……だって、今までは一度だってそんな……」
「このままでは、数年も経たずに死に至るだろう」
「そんな……」
じわじわと滲んだ透明な液体が頬を伝う。震える唇は何かを呟くが、それが言葉として発せられることはなかった。俯き拳を握り締めた女は、やがて何かを決心した顔で男を振り返る。
「この子達を助けて」
「勿論、君が望むのなら」
男は人の好さそうな笑みを浮かべて頷き、ポケットから小さな薬包を取り出した。
「この薬を飲ませれば進行を遅らせることが出来る。それでも常人より短命であることに変わりはないが……それでも、何もしないよりはマシだろう? ――だがしかし、タダで差し上げることは出来ないな。私は足長おじさんではないのでね」
「………何を、すれば良いの?」
唇を引き結んだ女に、男はひたすら人の好さそうな笑みを浮かべ続けた。
「君の能力を使わせてもらおう。我々の研究に協力してもらう」
「そんな事……今更でしょう? 貴方達の研究は、私が――」
「あぁ、その通りだ。だが、少々問題が生じてね。君も知っているだろう? 君のご両親が亡くなってしまった事で我々の研究は少々行き詰まっている」
女が拳を握り締めたことに気付き、男は初めてその笑みに感情を混ぜた。ニタリと口元を歪める男からは先程の人の好さそうな雰囲気など一切感じられない。
「事故とは恐ろしいものだ。そうは思わないかね?」
「…………私は何をすれば良いの?」
「なに、そう難しい事ではないさ。実験体を集めてきてほしいのだよ」
「実験体、って……森で動物でも狩って来いって? それとも海で釣りでもしてくれば良いのかしら?」
「おいおい、まさか私が君にそんな事を頼むと思ったかね? そんな面倒な事を頼みはしないよ。知っているだろう? この町に続々とやって来る海のクズ達の存在を」
「………、まさか……海賊を……?」
目を見開く女に男は哄笑した。室内に響き渡る男の嗤い声に女は表情を強ばらせ、その視線を眠る弟妹へと移した。
「断るかね?」
「…………」
「どちらを選んでも構わんよ。全ては君次第だ」
「…………」
眉を寄せて唇を噛み締め、グッと拳を握り込む。やがて、大きく息を吐き出した女は、その顔から一切の感情を捨て去り男へと視線を戻した。男の口端が吊り上がる。
「やるわ」
胸倉を掴みこちらをきつく睨み付ける船医が何を言っているのか、リサには理解出来なかった。
「本当なのか……?」
「あぁ。少量をこまめに接種してた所為で依存症状まで出てやがる……発作が起きるのがその証拠だ。何が目的だ? アイツらをどうするつもりだ!」
困惑するエースの問いに答えた船医は、怒りを堪え切れずにリサを問い詰める。けれどリサは何も答えられなかった。船医の言っていることが理解出来ていないのだ。毒とは一体何のことなのか。何故自分が責められているのか。頭が理解することを拒んでいた。
「二人は、病気で」
「毒を盛っていたからだ!!」
「違う!! 違う! 違う違う違う……っ!!」
狂ったように叫び始めたリサに怯み、船医はその手を放した。ひたすらに叫び頭を掻き毟るリサに恐怖すら覚えた。けれど事実は変わらない。あの薬包は毒であり、それをあの二人に与えていたのはリサで間違いないのだ。
「――あれ……?」
ポツリと誰かの呟きが聞こえ、船医はそちらへと視線を向けた。リサ達を囲むようにして集まるクルー達の中から、また同じ声が聞こえてくる。この声は確か、エースの隊の隊員だったか。
「何だ?」
「いや……だってそいつ、さっきマルコ隊長に………腕、折られてたよな?」
「「「!!」」」
表情を強ばらせたサッチ達の視線が一気にリサへと集まる。確かに折られていたはずの右腕は、けれどリサの望むように動いている。頭を掻き毟るリサの左手指も、まるで折れていることが嘘であるかのように動いている。
「何だよ、こいつ……」
誰かの脅えたような声が耳に届き、眉間に皺を寄せてリサを見下ろしていたマルコは大きく息を吐き出してリサへと歩み寄った。髪の毛を鷲掴んで蹲るリサの右腕を掴んで確かめると、ついさっき自分が折ったはずの腕はすっかり元通りになっていた。
「……こっちもか」
短刀を突き刺したはずの太腿も、血の痕が残ってはいるが傷痕は消えていた。どうやら全ての傷が癒えているようだ。マルコの呟きに甲板中がざわめき立つが、リサは黙り込んだまま何も言わない。マルコがその手を解放すると、重力に従いダラリと甲板に落ちた。
「お前、何者だ?」
「………」
マルコの問いにリサは答えない。舌を打ったマルコの肩を誰かが掴む。振り返るとサッチが真剣な面持ちで自分を指した。俺に任せろ、という事だろうか。チラリとリサを見下ろしたマルコは再びサッチへと視線を戻し一つ頷いた。サッチも大きく頷き返し、リサの前にしゃがみ込んだ。
「なぁ、アレが毒だって知ってて飲ませてたのか?」
「…………」
「俺にはお前がアイツらに毒を盛るなんて信じらんねぇんだよ。たった一日しか一緒にいなかったけどよ、リサがキキョウとアイリスを大事に思ってるってことはよーく分かったぜ。それとも、全部嘘だったのか?」
「…………」
答えないリサに困ったように眉根を寄せたサッチは、短く息を吐くと再び口を開いた。
「質問を変えるぜ。こっちの質問にまだ答えてもらってなかったからな。悪魔の研究をしてるって言ってたよな、具体的にはどんな事してるんだ? 悪魔ってのは一体――」
「……たし」
「え?」
漸く声を発したリサの言葉は、しかし小さ過ぎて聞き取ることが出来なかった。顔を近付けて聞き返せば、リサはサッチだけが聞き取れるくらいの声でボソボソと何かを呟く。
サッチの目がみるみる見開かれていくのを、マルコ達は見た。
「………リサ、の……研究……?」
呟いたサッチの声が、甲板を吹き抜けた風の音に乗ってマルコ達の耳へと届けられる。けれどそれは、マルコ達の眉間の皺を濃くさせただけで、誰一人としてその言葉の意味を理解することは出来なかった。