08


乾いた音が静寂を破った。勢い余って甲板に倒れ込んだリサを冷めた目で見下ろし、マルコはダークブラウンの髪を掴んでぐいと引っ張り上げた。強引に上を向かされたリサは先程から変わらず、ただマルコを見つめるのみだ。

「とっとと吐けよい」
「…………」
「この島に着いてから船を下りた奴らだけがおかしな幻覚を見せられてたらしいな。俺たち全員を罠に嵌めたつもりだったんだろうが、生憎この島に上陸していなかったクルーもいたんだよい。おかげで全員すっかり目が覚めた。――さて、全て吐いてもらおうか」

答えないリサの頬を再び叩いてみせるが、痛みに顔を歪めたリサはそれでも何も言おうとはしない。何度頬を叩いても、髪を引っ張り上げても、リサは口を割る事はしなかった。

「――そうかい、それじゃあ精々黙り続けてみるこった」

立ち上がったマルコは徐にリサの左手を踏み付ける。リサの口から小さな呻きが漏れた。

「こっちはお前が吐くまで続けるだけだからよい」

徐に足を上げ、再び足を下ろす。ただの足踏みも勢いをつければ呆気なく指の骨を砕く。嫌な音が上がったと思った瞬間、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がった。変色した手と悲鳴に眉を寄せたエースとサッチは、それでも何も言わずに目の前で行われる拷問を見つめ続けた。

「やめて! お願いだからやめて!」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

少年と少女の悲鳴のような懇願が上がる。顔中を涙で濡らしながら必死にもがくが、サッチとエースは二人を捕らえる手を緩めようとはしない。

「やめてよ! お姉ちゃんが死んじゃう!」
「テメェらの姉ちゃんが全て吐けば良いだけのことだ」
「い、わない……っ!」
「そうかい。じゃあ、今度は右だ」

容赦ないマルコの足がリサの右腕を蹴り付ける。勢いよく倒れ込んだリサが再び悲鳴を上げる。余りの激痛に顔色は悪く、生理的に浮かんだ涙が頬を濡らす。少年と少女の泣き声が更に強くなった。

「やめてよっ!! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「もうやだ! 止めてよ! サッチ! あの人止めてよ! 止めてよぉ!!」
「………」

泣いて懇願する少年から目を逸らしたサッチは苦い顔でマルコ達へと視線を戻した。早く吐いてくれれば良いのに。さっさと吐いてしまえば良いのに。自分とて、こんな事はしたくない。たった一日だけとはいえ一緒に暮らしたのだ。自分の作ったご飯を美味しいと笑ってくれた子ども達を泣かせたい訳ではない。一緒に遊んだこの子達を傷付けたい訳ではない。けれど、どうする事も出来ない。どうしてやる事も出来ない。

「っ、早く言ってくれよ! 頼むからっ!!」

隣に立つエースが声を上げた。反射的にそちらを見れば、エースも同じ事を考えているのだろうという事がよく分かった。歪めた顔は今にも泣きそうだった。

「――だそうだが、吐く気になったか?」
「わ、たしはっ、いわない……っ!」

痛みに歯を食縛りながらも必死に拒絶の言葉を吐き捨てたリサに、マルコの目が細まる。再び鈍く嫌な音が上がった。
何度痛めつけても、骨を折っても、リサは何も言わない。舌打ちを零したマルコは短刀を取り出してリサの首筋に宛てがった。

「町の奴らは何処に消えた? 俺らの仲間は何処に消えた? この島に何が起こっている? とっとと吐けよい」
「……い、わない……っ!」

短刀が肉に突き刺さる。聞くに耐えない悲鳴が上がった。太腿に深々と突き刺さった短刀にリサがのたうち回る。少年たちの悲鳴と混ざり合って甲板には耳を塞ぎたくなるような悲鳴の合唱が広がり、耐え切れなくなったエースがリサとマルコから顔を背ける。けれど少年も少女も見る事が出来ずきつく目を瞑った。

時間の感覚が無くなっていた。拷問が始まってからどれほどの時が経過しただろうか。エースに捕らえられたままひたすらに泣き叫び続けていた少女が突然その場に崩れ落ちた。

「っ、おい!?」

エースが慌てて抱き起こすが、青褪めた顔で気を失い浅い呼吸を繰り返す少女はぐったりとして動かない。目の前で行われる拷問に気を失ってしまったのだろう――本来ならそう考えただろうエースは、けれど少女が病を持っている事を知っている。僅かに痙攣する身体にサッと顔を血の気を無くしたエースの耳に飛び込んだのはサッチの焦ったような声だった。そちらを見ればサッチに捕らえられていた少年も同じようにぐったりして動かない。

「ちっ、発作か……!?」

劈くような悲鳴が聞こえて二人はハッとそちらを見遣る。弟と妹が倒れたことに気付いたリサが頻りに何かを叫びながらこちらに這ってこようとしていた。嗄れた喉から発せられるのはおそらく二人の名前だろう。必死にこちらに向かってこようとするリサの目の前にマルコが立ち塞がる。その顔には一切の感情はなく、ただ淡々とリサを見下ろしていた。

「とっとと吐けよい」
「ど、いて……!!」
「お前の弟達がどうなろうが、俺には関係のねぇことだ。今お前がすべき事は、俺らの仲間が消えた場所を吐くことだけだ」

マルコの足が容赦なくリサを蹴り上げる。仰向けに甲板に倒れ込んだリサは、尚も必死に弟たちの元へと這い進んでいた。

「キ、キョ……ア、リス……!」
「――そうかい、じゃあ」

短く息を吐いたマルコがサッチ達の元へと向かう。手にある短刀を妹の首筋に宛がった瞬間、リサの口から奇声じみた叫び声が上がった。

「やめて!! やめて!!!」
「いくらお前を拷問したって吐かねェんだろい。なら、こいつらをやるしかねぇじゃねぇか」
「いや!! やめて!! やめてええぇぇっ!!!」

妹の首筋に細く赤い線が走る。リサの叫び声が更に高くなった。思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴にもマルコは動じない。

「死なせたくねぇんなら吐け。尤も、俺らの仲間が無事じゃなかったとしたら、こいつらもお前も死ぬことになるがな」
「やめて! びょうきなのよ!! はやくくすりをのませないと! はやく! やめて! いやだ!!」

悲鳴を上げながら必死に這い寄るリサに耐え切れなくなったのはエースで、キキョウ達を連れてくる際にこっそり家から持って来ていた薬を取り出すと腕の中のアイリスの口に押し込んだ。腰に提げた水を流し込んでやれば、咳き込みながら飲み込んだアイリスにエースはホッと安堵の息を漏らした。

「お前、持って来てたのか……」
「だってよ……出来ねぇだろ、放っとくなんて………」

バツが悪そうな顔で呟いたエースの頭をサッチがぐしゃぐしゃと撫でる。

「な、何すんだよ!」
「いんや? 考える事は同じだなーと思ってよ」
「え?」

キョトンと目を丸くするエースを余所にポケットからあるものを取り出す。それが何なのかを理解したエースは一瞬目を丸くしたがすぐに顔を綻ばせた。

「ははっ、本当だ」
「お前ら……」
「ワリ、マルコ」
「さすがに見てらんなくてよ」

険しい顔のマルコがサッチとエースを睨み付けると、二人は困ったように笑ってマルコに謝った。お人好しすぎるサッチとエースにマルコは怒る気力すら失ったのか、溜息を零して首を擦った。

「ったく……拷問になりゃしねぇ」
「そんだけやっといて何言ってんだっての。おいエース、これ飲ませといてくれや」
「ん? おぉ」

エースに薬を放り、未だぐったりしているキキョウを預けるとサッチは立ち上がりリサの元へ向かった。困惑の眼差しでこちらを見上げるリサの前に屈み込み、一人では起き上がることの出来ない身体を起こしてやる。

「俺らも家族が大事なんだよ」
「………」
「ここに連れて来ちまったのは俺達だけど、それでもアンタの家族を助けた恩人でもある。俺らの事も助けちゃくれねぇか」
「……かってなこと、言うのね」
「まぁ、それくらいは許してくれよ。そもそも先に仕掛けたのはそっちなんだし」
「…………」

苦い顔でサッチを見つめたリサは、視線を妹と弟へと移す。薬を与えられたからか二人は落ち着いた様子で眠っていた。

「おい、エース。そのガキ共こっちに寄越しな」
「ドクター?」
「診てやるっつってんだ。ついでに、さっきの薬も寄越しな」
「おう、んじゃこれな」

船医に薬を預け、エースはサッチとリサの元へやって来た。船医に診察される妹達をぼんやりと眺めていたリサは、やがて大きく息を吐き出すと痛む身体に顔を歪めながら静かに口を開いた。

「………けんきゅうじょ」
「は、研究所?」
「あなた達のなかまは、そこにいる」
「けど、この島にそんな建物なんて何処にも――」
「地下……」
「地下?」
「つまり、この島の何処かに地下に続く道があって、その先に研究所があるって事か?」
「そう」

リサが頷くとマルコ、サッチ、エースは顔を見合わせた。おそらく嘘は言っていないのだろう。そうは見えない。けれど、ならば一体この島は何だというのか。何処にでもある平和な島ではなかったのか。

「なぁ、一体何の研究してんだよ? 何で俺らの仲間を……」
「あくま」
「あ?」
「悪魔の研究を、してるの。集められた海賊たちは、その為の実験体として囚われている」
「な……っ、」

甲板中に激震が走る。あちこちでざわめき立つ中、誰かが突然リサ達の元へ駆け寄ってきた。

「おい! お前……っ、何であんな事しやがった!!」
「…………?」
「ドクター? どうしたんだよ」
「あんな事、って?」

サッチの腕からリサを奪い取り胸倉を掴む船医に、誰もが困惑を浮かべて首を傾げる。尚もドクターはリサに掴みかかり声を荒らげた。

「何であんなモンをアイツらに飲ませたんだ!!」
「なに、いって……くすりしか、」
「薬だァ!? ふざけんな!! お前がアイツらに飲ませてたのは毒だろうが!!!」
「な……っ、」
「マジかよ……っ!?」

誰もが目を瞠り、その視線をリサへと向ける。

「…………え?」

サッチ達の視線の先にいたリサはその目を大きく見開き、まるで痛みなど忘れてしまったかのような様子でぽかんと口を開けていた。