07


「なぁ、マスター。コイツ見なかったか?」

ジョッキを片手に行方不明になった家族の手配書を取り出せば、グラス磨きをしていた店主はチラリとそれを一瞥してからすぐに首を振った。

「何度も聞かれてるが、初日に見たっきりだ。そこの席でリサと飲んで、二人で何処かに行っちまったよ」
「その後は? 一度も来てねぇか?」
「ねぇな。客の顔は忘れねぇよ」

ぶっきらぼうに答えて再びグラスへと視線を戻した店主は、それ以上何も言わなかった。
島に着く前日に足を怪我してしまい船に居続ける羽目になっていたクルーは、着港五日目にして漸く上陸する事が出来た。家族が行方不明になってしまい、現在殆どのクルーが捜索に狩り出されている。かく言うクルー自身も捜索に狩り出されている一人なのだが、まぁ酒の一杯くらいは構うまい。店主に行方不明になった兄弟について尋ねながら喉を潤しているだけだ。そう自分に言い聞かせてカウンターに座っているクルーは、予想通りと言えば予想通りの店主の言葉に溜息を零して酒を飲み干した。用事は済んでしまった。酒は惜しいが家族と比べるまでもない。潔く外に出ると、途端に何か奇妙な感覚が身体を駆け巡った気がしてクルーは眉を寄せた。

「…………?」

この島は比較的温暖な気候が続く島で、夜でも殆ど寒さを感じる事はない。だと言うのに、何故か感じる寒気。無意識に腕を摩ったクルーは、船に戻ろうと港へ向かって歩き始めた。

「何だ……?」

港へ向かって歩き始めて一分もしない内に、クルーは足を止めた。何だろう、先程から妙な感覚に襲われている。この違和感は何だ。何かおかしな事が起こっているのだろうか。もしそうだとしたら、一体何が起こっている?

「おーい!」

背後から聞こえた声に振り向けば、同じ隊の兄弟がこちらに駆けてくる所だった。そして、そこで漸くクルーは気付いた。

「誰もいない……?」

酒場や宿屋が建ち並ぶこの通りは夜でもそれなりに賑わっていたはずだ。現に、今でも酒場からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。戸の隙間から明かりだって溢れている。だと言うのに、何故だろう。ついさっき、すぐ近くで客を呼び込んでいた女が消えていた。すぐそこで空瓶の箱を積み重ねていた従業員の姿が消えていた。おかしい。振り向く一瞬の間に消えてしまうなどという事があるのだろうか。
もしかしたら、素早く店の中に戻っているのかもしれない。そうだ、そうに決まっている。自分に言い聞かせたクルーは、けれど襲いくる焦燥感を払拭できずにいた。

「おい、どうしたんだ?」

いつの間にか目の前にやって来ていた兄弟の言葉を無視して、一番近い酒場へと向かう。

「おい? シカトかよ!」
「ちょっと黙ってろ!」

顰め面の兄弟を黙らせたクルーは、恐る恐る酒場の戸を開けた。

「………何が、起きてるんだ……?」

酒を酌み交わすのは別の海賊団の海賊達で、楽しげにジョッキをぶつけ合って笑っている。おかしな事など何もない。
けれど、それはクルーにとっては奇妙な光景でしかなかった。後ろからやって来た兄弟が隣に並んで酒場を見渡す。

「何だよ?」
「何、って……見ろよ、これ」
「うん? フツーに酒飲んでるだけだろ。アイツら何処のモンだ? まぁ良い、とっとと出ようぜ。絡まれたら面倒だろ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」

背を向けて酒場を出ようとする兄弟の腕を掴んで呼び止めれば、兄弟は訝しげな顔で振り返った。

「何だよ?」
「だ、だって、見ろよ! 変だろ? なぁ、おかしいだろ?」
「はぁ? 何がだよ」
「何がって……! お前、大丈夫か?」
「だーから、お前こそ大丈夫か? 何だよ、そんなに飲んだのか?」
「飲んでねぇよ! 一杯だけだ! お前がおかしいんだよ! 何で変に思わねぇんだよ!?」

わけが分からないという顔をする兄弟に舌を打ったクルーは、再び酒場の中にいる海賊へと視線を向けた。

「なぁ、二人で抜けようぜ。あ? 金? 勿論払うって」
「姉ちゃん別嬪だな! 俺とどうだ!?」
「バカ言え! おい、姉ちゃん! こんな奴より俺との方が――」

あちこちで口説き文句を口にする海賊達を指すが、兄弟は「別に普通だろ、あんなの」と肩を竦めるばかりで気付いていないらしい。冷たいものがクルーの背中を伝った。

「、何が……起きてる………?」

海賊たちも、兄弟も。何故おかしくなってしまったのだろう。いや、それとも自分だけがおかしくなってしまったのだろうか。
所々にある空席に向かって口説き続ける海賊達を呆然と見つめながら、クルーは頭を掻き毟った。




「随分と集まったじゃないか」

目の前に堆く積まれた海賊達に、男は満足気に口端を上げた。

「残念ながら、白ひげ海賊団のクルーは集められませんでした。やはり最初に攫った事で警戒させてしまったからでしょうか……」
「ふむ……残念なことに変わりはないが、まぁ……これだけの量を集める事が出来たのだから良しとしよう」
「あの女はどうするのですか? 疑われているのでしょう?」

所員の問いに男は舌打ちを零して腕を組んだ。

「アイツめ……もう少し教育してから使うべきだったか――まぁ、今更言っても仕方あるまい。必要な海賊達は集めた。町の者達はどうした?」
「全て指示通りに」
「よろしい。なれば後はあの三人を呼び戻せば万事解決だな」
「ですが、それが一番難しいのでは? あの女が寝返らないとも限りませんし……」
「寝返る? あの女がか?」

男は哄笑した。

「それは無い。あの女は私を裏切る事など出来るはずがないのだから」

未だ止まない男の笑い声が響き渡る。理由を尋ねたかった所員は、けれども聞いてはいけないような気がして口を噤みそっと頭を垂れた。