04


「見つかった!? ジュノが一緒にいた女がか!?」

降りしきる雨の中、手のひらの上の子電伝虫に向かって声を荒げれば、得意げな顔をした子電伝虫が大きく頷いた。

『あぁ、間違いねぇ。本人も認めてる』
「すぐに船に連れて来いよい! 俺もすぐに戻る」
『いや、それがよ……色々あって、宿屋にいるんだ』

打って変わって難しい顔になった子電伝虫にマルコは盛大に顔を顰めた。

「……お前、まさか」
『ち、違う! そうじゃねぇんだよ! その女の妹が一緒で、そいつが病気で倒れちまったんだ。雨降ってるし、悪化するといけねェから止むまで何処にも行かないって……』

徐々に尻すぼみになっていく声に舌を打ったマルコは、雨で張り付いた髪を掻き上げて手の中の子電伝虫を睨み付けた。子電伝虫にはちっとも罪はないが、睨み付けてしまうのも無理はない。漸く見つけた手掛かりをみすみす逃がす訳にはいかない。まさか逃げる事など有り得ないだろうが、念には念を入れねばなるまい。再度舌打ちを零してマルコは口を開いた。

「今から行く。何処の宿屋だ?」
『あー、と……なぁサッチ、ここ町の何処ら辺だ?』
『お前まさか闇雲に走り回ってたのかよ……ったく、それ貸せ。――あー、もしもし? マルコ?』
「何でテメェが一緒にいんだよい」
『たまたま鉢合わせちまってな。俺らがいんのは大通りから一つ脇に逸れた通りの宿屋だ。俺らが初日に飲んでた酒場の近くにある三階建ての。分かるか?』
「あぁ、すぐ行くよい」

おー、じゃあな。サッチの声でそう告げた子電伝虫は瞼を下ろして黙り込んだ。それをポケットに突っ込み、マルコは再び両腕を青い翼へと変える。自分が今いる場所からはそう遠くない。部屋の番号を聞き忘れたが、フロントで聞けば良いだろう。一刻も早く行かなければ。
何が何でも吐かせてやる。険しい顔で土砂降りの雨の中を飛ぶマルコの頭には、女が家族の失踪に関わっていないかもしれないという考えは無かった。


黙り込んだ子電伝虫をテーブルに起き、サッチはベッドに眠る少女とその傍らの椅子に座る女の元へ向かった。その手には先程脱衣所から持って来たタオルがある。

「ほら、タオル。拭かねぇと風邪引いちまうぞ」
「………どうも」

無愛想な返事と共にタオルを受け取った女は、自分ではなくベッドで眠る少女の髪を一房掴むとタオルを押し当てた。サッチの機転により大して濡れることなく宿屋に入る事が出来たが、女はずぶ濡れの自分よりも少女の事が気になるらしい。自らを拭くことなく一心不乱に少女の髪を少しでも乾かそうとする姿に、サッチもエースも知らず表情を和らげた。

「そいつ、妹なのか?」

エースの問いに女は無言で頷く。その間も手は休まることなく少女の髪を拭き続けていた。

「心配する気持ちも分かるけどよ、お前が風邪引いてもそいつが心配するだろ」

そう言いながらサッチは首に掛けていたタオルを女へと放った。バサリと頭に掛けられたタオルに女は眉間に皺を寄せながらサッチを振り返る。

「俺が使った後で悪ィが、拭いとけよ。風邪引くから」
「……どうも」

渋々とタオルで自身の顔と髪を拭き始める女に、サッチとエースは顔を見合わせて互いに肩を竦める。一通り拭き終えてタオルを椅子の背凭れにかけた女に、エースは好機だと近付いて顔を覗き込んだ。

「何か?」
「お前、ジュノと一緒にいた奴だよな?」
「ジュノ? 誰ですか?」
「俺らが上陸した最初の夜! 酒場で! 俺らの仲間と一緒にいた女だろ?」
「……すぐ近くの酒場ですか?」

僅かに首を傾げながら尋ねた女に、エースは大きく頷いた。

「白ひげ海賊団の方、ですよね? あの夜にあの酒場にいたのは皆そうなんですか?」
「あぁ、そんでお前もいたよな? ジュノって、こんな髪型で、こーんな顔した奴!」

身振り手振りで行方不明になった兄弟の姿を説明するエースに、サッチは背後で溜息をついた。説明下手にも程がある。けれど、それで伝わったのか女はあっさり頷いてみせた。エースの顔が輝く。

「だろ!? そうだよな? 化粧してたけど、似てると思ったんだ!」
「一つ良いですか?」
「ん? 何だ?」
「どうして私の妹を?」

僅かに剣を帯びた女の眼差しに、エースは慌てて両手と首を振った。

「よそ見しててぶつかっちまったんだよ! 顔が似てるから話聞こうとしたら突然倒れちまって……そこにサッチが来て、雨も降って来たから雨宿りしようって」
「……そうですか……すみませんでした、早とちりしてしまって」
「気にすんな! それより、」

頭を下げた女に笑って手を振ったエースは、突如真剣な顔で身を乗り出した。

「アイツの事、何か知らねェか?」
「私が一緒にいた方ですか?」
「あぁ。戻って来ねェんだ……最初は寝坊して帰って来ないだけかと思ったんだけどよ、この島に変な噂あんだろ? だから心配で……」

馬鹿エース。心の中でそう呟いたサッチは額に手を当てた。そんなに直球ぶつけてどうする。女が嘘をつく事は考えないのか。警戒させてしまうだけになるだろうが。喉まで出かかった言葉を何とか飲み込み、エースと向かい合う女をジッと見つめる。こうなれば、ほんの少しの動揺も見抜けるように注意するしかない。マルコももうすぐに来るはずだ。手荒な真似をしたりはしないだろうが、行方不明になっているのはマルコの隊のクルーだ。万が一という事が無いとも限らない。出来るだけ穏やかに事を進めたい。ジュノを無事に取り戻す為にも。そこまで考えてサッチは苦笑を浮かべた。自分も十分、この女を疑っているではないか。

「確かに……その噂は私も聞いた事があります。けど、知ってることは何も――」

女の言葉は途中で途切れた。勢いよく部屋の戸が開かれたからだ。全員の視線が扉へと向かう。そこに立っていたのは、雨で張り付いた髪を乱雑に掻き上げたマルコだった。




「遅いなぁ……」

雨が窓を打ち付けるのをぼんやり眺めながら、少年はぽつりと零した。テーブルの上に置かれた三人分の料理は既に冷め切っていて、未だ手の付けられた様子はない。一刻ほど前、調味料が切れたと言って買いに出かけた妹も、数刻遅れで妹を追って家を出た姉も帰って来ない。

「………何か、あったのかな……」

少年の呟きに答える者はいない。





勢いよく扉を開けて部屋に入って来たマルコは、部屋の奥のベッド脇に座る女を見つけ一目散に駆け寄った。エースとサッチが止める間もなく女の胸倉を掴み上げると苦しげな呻き声が女の口から漏れる。

「ジュノは何処だ!!」
「ちょっ、マルコ!」
「落ち着けって! いきなり突っかかってどうすんだよ!」

慌ててエースがマルコの背後から押さえ込み、サッチがマルコの手から女を解放する。咳き込んだ女の背を摩ってやりながら顔を覗き込めば、相当苦しかったのだろう、僅かに目を潤ませた女が苦しげな顔で必死に呼吸を整えようとしていた。

「悪ィ、大丈夫か?」

無言で頷いた女にホッと安堵の息を漏らし、サッチはエースによって宥められたマルコへと視線を上げる。表情と視線で「バカ野郎! 何やってんだ!」と叱責すれば、僅かに顔を苦くしたマルコが鼻を鳴らして顔を背けた。怒鳴り返してこない所をみるに、どうやら少しだけ落ち着きを取り戻したらしい。
漸く呼吸が整ったのか、顔を上げた女は僅かに眉を寄せてマルコを見上げた。それを真正面から受け止めて再び口を開こうとしたマルコの口をエースの手が両手で塞ぐ。引き剥がそうともがくマルコと必死に押し止めるエースを尻目に、サッチは女を椅子に座らせて視線を合わせた。

「ごめんな、苦しかったろ」
「……大丈夫、です」
「なぁ、聞かせてくれねぇか? あの夜、ジュノと一緒にいたんだろ?」

女はサッチから一度も目を逸らす事なく頷いた。余りにも呆気なく、女は認めた。エースの手を振り切ったマルコが一歩前に出て女を見下ろして口を開く。

「その後は」
「その後……?」
「お前らが行ったのは何処の宿屋だって聞いてる。いつ別れた? それとも――」
「宿屋には行ってません」
「何だって!?」

マルコの言葉を遮った女の口から出たのは否定の言葉だった。思わず声を上げたエースをサッチが視線で黙らせ、再び女へと視線を戻す。女の視線もマルコからサッチへと移った。

「話してくれないか?」

僅かに身を乗り出したサッチに、女は初めて動揺を露にした。マルコとエースにも分かったのか、二人の目が僅かに険を帯びる。

「……宿屋には、行ってない……その……外、だったから……」
「、その場所は?」

予想外の言葉に思わず言葉を詰めたサッチは尚も問いかける。女は雨が打ち付ける窓へと視線を移して立ち上がった。

「あそこに見える丘……」
「丘?」

女の指す方へと目を凝らすが、雨に濡れた窓の向こうは見えなかった。

「見えねぇな……あっちに丘があんのか?」
「町からは少し離れてるけど……そこから星が綺麗に見えるって話したら、そこに行こうって」
「行ったのか?」

エースの問いに女は再び頷く。

「その後は?」
「その後は……その………そこで、別れました」
「何時頃だ」

冷たいマルコの声に女は小さな声で覚えていないと呟く。時計を持っていなかったから時間は覚えていないが、眠りこけるジュノを残して一人丘を後にし、家に帰ったのは朝方だったと続けた。

「この子達が起きる前に帰りたくて……声をかけたけど、あの人は起きなかったから……」
「それで置いてったのか? 金は? もらわなかったのか?」
「酔っ払って払うの忘れるかもしれないから、って先に渡されました。だからその後の事は私も……」

困ったように眉を寄せて俯いた女を見つめ続けているサッチとマルコをチラリと見遣り、エースは難しい顔で腕を組んだ。女の供述におかしな所は見当たらなかった。嘘を言っているようにも見えない。けれど、ならばジュノはどうなったのだろうか。

「なぁ、その丘ってのは町中の奴らが行くのか?」
「夜に誰かと会ったことはないです。私は昼間は行かないから……あぁ、でも昼間にお弁当を持って出かける人達もいるみたいです。この間、町の子が丘までピクニックに行くんだって言ってたから」
「そっか……うーん、じゃあアイツは何処行ったんだ? まさか本当に神隠しってやつなのか?」

首を捻ったエースを嫌そうに見遣り、マルコは窓の外へと視線を向けた。局地的な豪雨は止みつつあるらしい。雨足が弱まった窓の外を見てから再び女へと視線を戻した。

「案内してもらう。お前がジュノと行ったって丘に」
「……これから、ですか?」
「問題でも?」

目を眇めたマルコに女は困ったような顔で頷いた。その視線がベッドに向けられたのを見てマルコも視線を動かした。ベッドで眠る少女のあどけない寝顔があった。

「まだ雨が止んでないし……家に弟も待ってるんです。私達が帰らないからきっと心配してるわ。早く帰らないと――」
「親がいるだろ。心配なら迎えにでも来てもらって――」
「死んだ」

マルコの言葉を遮った女の声は、さっきまでとは打って変わって冷たく乾いていた。

「もう死にました。私たち三人だけです」
「……そりゃ悪かった。じゃあ弟に迎えに来てもらって――」
「弟はまだ十歳です。もう暗くなってるし、雨も降ってるのに外に出るなんて――」
「十歳にもなって姉ちゃんに護られてんのかい? 随分と甘ったれたガキがいたもんだ」

一々マルコの言葉を遮って否定する女に苛々しながら吐き捨てるが、それは女の眉間の皺を増やしただけだった。

「病気なの。この子も、弟も。それでもここに呼べとでも?」

明らかな敵意を持って睨み付けてくる女に、マルコは苦虫を噛み潰したような顔で目を背けた。苛々していたとはいえ、失言だった。静かに深呼吸をしてから素直に謝罪の言葉を述べれば、未だ不満そうな顔をしているものの、女は怒りを収めた様子でベッドで眠る少女へと視線を戻した。そっと首筋に触れて安堵の息を漏らした所をみると、熱は出ていないらしい。雨も弱くなってきた。ならばすべき事は一つだ。

徐にシャツを脱いだマルコは、目を丸くするサッチとエースを無視して女へと放り投げた。同じように目を丸くした女がマルコを見上げる。

「お前の家に案内しろい。こいつらがお前の弟たちの面倒を見る。その間に俺を丘まで案内してもらう」

お前に拒否権はない。キッパリと言い放ったマルコの言葉からはその意思がありありと見てとれた。顔を見合わせたサッチとエースは、けれど何も言わずに女へと視線を向ける。異論はない。弟たちが心配なのであろうが、こちらとて家族が心配なのだから。

「………分かりました。けど、もし――」

女の視線がサッチとエースへと向かう。

「この子達に何かしたら、」
「しねぇよ。この誇りに誓う」

自身の背中に彫られたマークを指しながらエースは笑った。自身の船長の名に泥を塗るような事は決してしない。そんなエースの肩に手を置きながら、サッチも笑って頷いた。二人をじっと見つめた女は、その目に僅かばかり悲しげな色を混ぜてそっと瞼を閉じた。小さく頷いた女に安堵の息を漏らしたエースは、マルコのシャツで濡れないようにと少女を包んで抱き上げるサッチを見ながら「あ」と声を上げた。

「そういや、まだ名前聞いてなかったな。俺はポートガス・D・エースだ。お前は?」
「……リサ」

小さな声で答えた女は、「よろしくな」と手を差し伸べたエースに静かに頭を下げた。