「かの有名な白ひげ海賊団……そのクルーを連れて来た事は褒めてやろう。どうせならこんな下っ端ではなく隊長格を連れて来てもらいたかったが」
「不満なら自分でやれば良い」
「欲望のままに行動する愚か者共を捕らえるには女が最適だ。自分が女であった事を喜びたまえ、おかげで君の望みも叶っているのだから」
「……白ひげ海賊団は仲間を探してる。アイツらがこの島を出るまでは動けないわ」
「それは困る。私達の悲願が達成するのはもう間もなくなのだから――精々頑張りたまえ、君自身の為に」
一度たりとも振り返ることをせず、男は闇の中へと消えた。闇の先に存在する部屋では、女にとって何の価値もない研究とやらが続けられているのだろう。
「滑稽だわ」
男達がどんな研究をしているかなど、女にはどうでも良いことだ。何の価値も見出せないそれに、けれど女は自ら協力している。研究の実験体となる海賊達を誘き寄せては、男達に差し出しているのだ。全て、女の望みのためだけに。
「――――」
声にならなかった言葉は女の口内で静かに溶けて消えた。
踵を返し、研究所を後にする女を監視カメラが追う。モニター越しに女の背を見送った男は目を細めながら口端を上げた。
「彼女に任せ続けて大丈夫でしょうか?」
モニターを操作する研究所の所員が男に尋ねる。暗に女を切り捨てろと申し出たそれは、男の哄笑によって却下された。
「アレは私を裏切りはしない」
「ですが、」
「裏切りはせんよ。いや、出来ないと言った方が正しいか……どの道、我々が表立って実験体を調達するのは骨が折れる。いつでも切り捨てられるアレを使わない手はない。中々どうして、頑張ってくれているではないか。君もそう思わないかね?」
「……せめて彼女の両親が生きてさえいてくれれば、信じる事も出来たのですが」
残念でならない。溜息混じりに首を振った所員に、男は再び哄笑した。
「それは無理というものだ。何故なら、彼らはとっくに死んでいる。そうか、君は知らないのかね? 彼らが死んだ理由を?」
「実験中の事故だと聞き及んでいますが……」
「事故!! あぁ、そうだ。そうともさ。事故だ、あれは事故だ。実験中の事故に相違いない」
くつくつと、何が楽しいのか喉を鳴らして笑い続ける男に、所員は首を傾げてから再びモニターへと視線を戻した。女の姿は既に消えていた。
「くそっ! まだ手掛かり無しか……」
「アイツと一緒にいたって女はまだ見つからねぇのかよい!」
「女の顔は覚えてるんだ! 俺らは確かにあの女がジュノと席を立ったのを見た! なのに……っ、」
「その女が見つからねェんじゃ、どうしようもない。少し落ち着こう。頭を冷やして、また探しに行くんだ」
ビスタの言葉に、返事のかわりに溜息を吐き出したマルコ達は緩慢な動きで甲板に腰を下ろした。
寝過ごしていただけかと思われていた一番隊隊員が未だに船に戻らない。これまでそんな事は一度もなかった上に、囁かれる噂話。信じてなどいなかったが、完全に無視することなど出来ない。何かあってからでは遅いのだ。船番以外の船員達で二日酔いに苛まれていない者達――これでかなり数が減ったが――で島中を捜索し始めたが、半日経った今でも何の手掛かりも得られていない。
「エースはどうした?」
「あぁ、アイツはまだ町で探してる。アイツも顔見たらしくてな、船に戻ると言っても聞かなかった」
「そうか……もうすぐ日が暮れる。その女が現れるかもしれねェから、お前らはそれぞれ町中の酒場に向かえ。相手が能力者の可能性もある、決して一人で行動するなよい」
クルー達が頷いたのを確認し、マルコは大きく息を吐き出す。慰めるように肩を叩くビスタに僅かに微笑み返して空を仰ぎ見た。
「嫌な空だ」
灰色の雲が島中を覆い尽くしているのを見てぼやいた直後。ぽつり。頬に落ちた水滴に眉を寄せた。次第に強くなる雨音に舌打ちを零して立ち上がると、それに呼応してクルー達も立ち上がる。
「必ず見つけ出せ。ただし、殺すんじゃねぇぞい」
「「「おぉ!!」」」
雄叫びを上げたクルー達は、一斉に船を飛び降りて町へと走って行った。
「無事でいてくれると良いんだがな」
「色仕掛けに騙されて誘拐されたとあっちゃ、白ひげ海賊団の名折れだ。あの野郎が帰って来たらきっちり教育し直してやるよい」
「ははっ、ジュノもおっかない隊長を持ったもんだ」
「よく言う、自分だって同じ事するだろうが」
笑うビスタにマルコも表情を緩めた。焦燥感は消えないが、冷静さは十分に取り戻せた。あとは女を見つけ出すだけだ。
「船は任せたぞい」
「船番だからな。船は気にせず思う存分探して来い、連絡が入ったら子電伝虫で伝えよう」
「頼んだよい!」
両腕を青い翼へと変え、マルコは灰色の空に飛び立っていった。
時は数分ほど前に遡る。
マルコの集合命令を無視して一人町を駆け回っていたエースは、商店街の人ごみの中で一人の少女とぶつかった。
「あっ、ワリィ! 怪我ねぇか?」
「いえ……だいじょうぶ、」
突き飛ばしてしまった女に手を差し伸べると、少女は自らの手を伸ばしてエースの手を掴んだ。加減をしながら手を引いて立ち上がるのを手伝ってやれば、少女は服についた砂を叩き落としてエースに頭を下げる。
「こちらこそ、すみません、でした……」
「良いんだ、俺も急いでたから……悪かっ――ん? お前、」
「?」
眉間に皺を寄せたエースはグッと顔を寄せて少女の顔を覗き込む。僅かに身を反らせた少女は困惑の色を浮かべてエースを見つめ返した。
「うーん……いや、違う、か……?」
「あの……?」
首を捻りながらジロジロと少女を見つめ続けていると、少女が困ったように声を上げた。
「なぁ、お前さ、姉ちゃんとかいねぇか?」
「……います、けど……」
「いるのか!? 本当か!?」
エースは少女の肩をガッシリと掴んで詰め寄った。
「何処にいるんだ!? 俺、そいつに会いてェんだ! 家にいるのか――って、おい? お、おい! しっかりしろ!」
肩を揺さぶり問い詰めると突然崩れ落ちる少女。慌てて少女を抱きとめたエースは、そこで漸く少女の顔色が悪いことに気付いた。
「おい! しっかりしろって! おい!?」
「エース! 何やってんだ?」
「サッチ! 分かんねェけど、コイツ突然倒れちまって……!」
ぽつり。ぽつ、ぽつ。ぽつぽつぽつぽつ。空から降ってきた水滴に舌打ちを零したサッチは、エースの腕から少女を奪い取って抱き上げて歩きだした。
「お、おい! 何処いくんだよ!?」
「とにかく雨宿りだ! ただでさえ具合悪ィんだろ? 雨に打たれて悪化したらどうすんだ! この分じゃすぐに土砂降りだ!」
「そ、そうか! じゃあ早く何処か雨宿り出来る所に――」
「アイリス!!」
少女を抱えたサッチに並び、近くの宿屋へ向かおうとした時だった。悲鳴にも似た叫び声に思わず足を止めたエースはキョロキョロと辺りを見回す。サッチの言う通りすぐに土砂降りとなった町は既に人の姿は殆どなく、だからこそ傘も差さずにこちらに駆けてくる人物は簡単に見つけられた。
「あ! お前!!」
「アイリスを返して!」
「お前ウチの奴と一緒にいただろ!? アイツは何処に――」
「アイリスを返してよ!!」
エースの声を掻き消すほどの大声で叫んだ女は、エースを睨み付けるとサッチが向かった宿屋へと駆け出す。アイリスというのはさっきの少女の名前だろうか。エースも慌てて宿屋へと駆け出した。