Snape-01


悪夢としか言いようがない。



魔法薬とは実に奥の深い物で、僅かな原料の違い、混ざり合うタイミング
それら全てがたった一つのズレから全く予想だにしない新たな効能を見せることがある。

それは一種の芸術であり、自分もその魅力に取り付かれた一人ではある。



「…………あの…お世話になります……」



しかし、今のこの状態には最早溜息しか生まれてこなかった。








自分が受け持つ魔法薬学の授業。
素晴らしき薬学の芸術を理解出来る者など、誠に遺憾ながら一握り居るか居ないか。
そんな未熟な子供達にその魅力を分かり易く教えるのが自分の仕事だ。

毎回授業が来る度に頭を痛めることも多い。
しかし、今日の授業は自分としても少しだけ楽しみにしていた感があるのは否めなかった。
素晴らしき芸術を理解出来るほんの一握りの中の生徒が、このクラスに一人居たからだった。



「あの、スネイプ先生…私、薬学の本を読んでいて…
それで是非作ってみたい薬があるのですが、許可を頂けますか…?」



そう言ってきたのは、小柄な少女だった。
我がスリザリンの宿敵、グリフィンドール寮に属する、名を『ルーシー・カトレット』

忌々しい、自分にとっては曰くのある寮の生徒ではあるものの、その授業態度や知識は少なかず気に入っていて。
何よりも彼女のように向上心のある人間は嫌いではない。直ぐに許可を出して必要な薬草も渡した。
彼女はそれを受け取ると少しだけ興奮したように頬を染めて器具の準備をし始める。
何とはなしに数秒その後姿を見つめ、そして授業は開始された。



それがそもそもの間違いであったのだ、と
後で飽きるほどに自分は考えることになるのだが、まさに


それは皮肉にも言葉の通り「後の祭り」であった。




彼女が作っていた物は、今日の授業で作っていた薬とは全く材料も性質も異なる物。
自分ですらそれら二つが間違っても混ざることがあるのならば、どんな物が出来るかなど分かっていなかった。


魔法薬とは時として、その調合によっては素晴らしい効果を齎す物が出来上がる事がある。
しかし、今回はそれら全てが余すことなく悪い方向へと辿り着いてしまったようだった。



「リリア!」



不意に少女の大きな声が聞こえ、他の机を見て回っていた私は振り向いた。
そこには一人の女生徒を抱えて蹲る小さな背中があった。自分が別の薬の調合を許した彼女だ。

教室内は一瞬にして騒然となった。


意識なく倒れる女生徒は身体の大きな男子生徒に運ばせ、薬を被ったままの彼女は意識もハッキリしている事だし
特に外傷は無いようなので、念のため薬が他に移らないよう自分のマントを巻きつけてから医務室に向かわせる。
散らばってしまった薬に触れないように生徒をそれぞれの寮に帰すことも忘れない。







あぁ、今日は最悪の日だ。







その後、私は彼女の寮監とポンフリーと三人で色々と話し合った結果
下手に薬を投与すれば余計悪化させる可能性も拭いきれず、最悪副作用も出るかも知れないと言う事で
暫くはこのままの状態で様子を見る事に、取りあえず意見は落ち着いた。
いくら授業中に起きた不運な事故と言えど、当時の監督責任は紛う事無く自分にある。
その上、薬に詳しいポンフリーにすら手の出せない今回の事例ではどうしたって自分が責任を取らざるを得ない。
異なる薬同士が混ざり合った複雑な薬液を被った少女は、医務室に辿り着いた頃には
その視覚、嗅覚、聴覚を、その身から完全に奪われてしまっていた。



「本当に任せてしまっても大丈夫ですか?」 

「仕方がなかろう、君にも仕事がある」

「えぇ、ではくれぐれもお願いしますね、セブルス」



自分が生徒から嫌われているのは知っている。
それはいくら薬学に興味のある彼女だって例外ではないはず。
自分が世話をしているなど知ればきっといい気はしないだろう。
何より自分が、生徒とは言え誰かの世話をしていたなどと知られたくない気持ちもあり
結局ポンフリーには自分の事を決して彼女には口外せぬようにと何度も念を押す事となった。










「……っ…」

「……すまない」



医務室のベッドに座り、不安げに俯く少女の細い肩に軽く手を置けば
それだけでも酷く過剰な反応が返ってきて思わずこちらがビクリとするはめになった。
キョロキョロと辺りを見渡す動作をする彼女。咄嗟に声を掛けてはいたが
どの道、今は聞こえないのだと溜息を吐きそうになる自分を叱咤して
今度は膝の上に置かれていた細い手首を取り上げた。その手をひっくり返し
自分のものとは比べ物にならないほどに小さな手の平にゆっくりと指を滑らせる。



『ほ・し・い・も・の・は・あ・り・ま・す・か・?』



彼女は「何も無い」と言う意思表示に首を横に振ったので、そっとその手を離した。
たった数十秒触れていただけの指先は、確かにじんわりと少女の手の温もりをそこに移していた。










覚束ない足取りの少女を何とかホグワーツ内で与えられている自室にまで誘導したはいいが
自分もここまでの道のりで酷く疲れてしまっていた。


見えない視界を、聞こえない空間を、感じられない匂いを
まるでそれらに変わるものを探るように慎重に足を進めていた彼女は階段をいくらか下りた辺りで
不意に私の腕に縋るようにしがみ付いてきた。

腕を抱いた瞬間、少しだけその体が強張ったのに気付く。

もしかしてこの腕が誰の物か気付かれたのだろうか、いや、しかし……
色々考えている内にも私達二人は部屋の前に到着していた。
今度は腕を掴まれないように手首を拘束したまま少しだけ早足でソファへと彼女を促した。

漸くソファに落ち着いてくれた細い身体に少しだけ安堵の息を洩らす。
あと何日続くのかは分からないが、出来るだけ早くその日が来るのを知らず祈っている自分を意識する。


不意に、ソファに沈んだ彼女は小さく、世話係になった私にその口上を述べた。

いっそこちらが可哀相に思ってしまうほどに、彼女自身
今の状況に対して申し訳ないと思っているのが痛いほど見て取れるのも、自分を辟易させる。

この際開き直ってくれればこちらも少しは体面を保てる気がするのだが、どうしてそんなことにはならなさそうだ。
何だか自分の方が悪いことをしているような気分になってくる。
だからなのか――



「……気にするな」



彼女には決して聞こえないと知った上で、そう呟いた自分が居た。









彼女の面倒を引き受けたとは言え、自分にも本来の仕事と言う物がある。
それに、何から何まで世話を焼いていたら彼女自身も落ち着く瞬間が無いだろう。

そんなことを考えて、私は彼女の座るソファの前のテーブルに紅茶を出し
彼女にも分かるように教えてやってから、生徒達の提出した課題を採点するために
少し離れた場所に机と椅子を置いて幾重にも重なっていた羊皮紙を広げた。


普段は自分一人だけの空間に別の人間が居る状態は、それなりに違和感を与える。
私はペンを滑らせながらも時折、盗み見るように彼女の様子を窺っていた。

今現在の彼女はどうやったって気付く事は無いと言うのに。


暫くジッとしていた彼女だが、徐に紅茶の入ったカップを両手で包むように持ち上げると
恐る恐るそれに唇につけた。匂いも分からない状態だからそんな風に飲むのだろうか、と
少しだけ気になって観察していれば、しかしそうでは無いらしく。
舐めるようにちびちびとカップを傾ける度に彼女の少し幼さを残した眉間に僅かに皺が寄っていた。
瞬時に彼女は紅茶が苦手なのだろう、と当たりをつけながらも、少しだけ口元に笑みが浮かんでしまった。


嫌いならばそうと言えばいい物を――


それが私に対する遠慮からなのだろうが
半ば意地のように口にする彼女が何だか可笑しくて。


そんな彼女を時折眺めながら採点を進めていた折
不意にそれまで大人しくしていた彼女の様子が変わったのが分かった。

キョトキョトと挙動が聊か不審になる。今度は一体何だろうと頬杖をついて眺めていれば
モジモジとソファから垂れる二本の足が所在無さげに摺り寄せられるのを見て合点が行った。

これには少しだけ自分も動揺してしまうが、それは当事者である彼女の比ではないだろう。
ジッと彼女を見ていたために僅かばかりにインクの乾いたペンを置いて立ち上がる。
困惑からか瞳に涙までも浮かばせ始めた彼女の肩をそっと叩く。また、驚いたように肩が跳ねた。



「ごめんなさい……」



医務室と同じように手の平に文字を書いて促す私に着いて立ち上がりながら
彼女は小さくそう言って顔を俯かせた。

無言で彼女を化粧室まで誘導し、扉を閉めて溜息を吐き出す。
腕を掴んだり、肩を叩いたりと、彼女は自分の世話をしている人間が男だと言う事はもう分かっているだろう。
異性である人間には言い辛い事は割とあるだろうが、彼女はこれから先どれほど続くか分からないこの生活の中で
ずっと世話係である男に遠慮をし続けるのだろうか。それはそれでやり辛い気がした。

さっきの紅茶のことにも言える様に、些細な事すら言われないで居れば、今は良くてもいつか限界が来る。
先ほどは少し面白く見ていた自分だったが、細かな箇所の改善は少し考えるべきであると思い直した。

そんなことを延々と考えていると、先ほど扉を閉めた化粧室から彼女が出てくるところだった。
傍らのキャビネットから洗いたてのタオルを取って渡せば、小さなお礼の言葉が返ってきた。

取りあえず、部屋に戻ったら彼女にまずは紅茶以外の飲み物を出してやろうと考え
再びその小さな手を取ったのだった。










ここまでの行動でも覚悟はしていたが
五感の欠落した人間と言う者は考えていたよりも余程骨が折れるものだった。

何時までもパン以外の物をまともに食べられない様子に先に根負けしたのは私の方だった。
諦めたようにテーブルに置かれていたスプーンを手に取り、スープ皿に残っていたそれをすくって
どこか物寂しそうにパンを租借していた小さな唇に触れさせた。

彼女は不意に口元に触れたスプーンにビクリ、と身体を震わせる。
流石に、聴覚が効かなければ何かが自分に近づいていることも分からないし
視覚が無く、嗅覚すら頼りにならないではそれが食べ物であることも分からないだろう。

聞こえないとは分かっていつつも、飛び出してしまいそうになった溜息を堪えると一度スプーンを置き
肩を叩いてから安心させるように腕を撫で、そのまま下ろした手の平で今度は彼女の小さい手を取った。
そこに、一文字ずつアルファベットを綴る。



「え、ぇ…何……? …スープ? 
……えっと、食べさせてくれるん、ですか?」



YES――と綴ってから、またもう一度、今度はそっと頬を指の背で撫でた。
まるで小さな子供をあやす様な仕草。
そうすれば、先ほどまで一人でパンを噛みながらもどこか強張っていた頬が少しだけ緩んだように見えた。
困惑気味だった顔がそっと綻ぶように、小さく彼女が笑う。



「ごめんなさい、何かと思っちゃって……」



気にするな、と伝えるようにポンポンと軽く彼女の手を叩けば
不意にその小さな手の平が私の手をそっと掴んだのに、一瞬だけ息を飲んだ。
まるで気を許したかのように、柔らかく口元を引き上げた彼女が言う。



「ありがとうございます」

「………っ」



そんな、何でもない一言が、私の心のどこかに小さな火を灯す。


人との触れ合い等、極端な程に取っていなかったからだろう。
困惑と、動揺と、少しばかりの高揚感にも似た何か。


一体自分は、微笑む以外に何も出来ない赤子のような少女に何を考えているのだ――


そうは思えど、自分に屈託の無い笑顔を見せるその姿を眩しく思ってしまうのはどうしてだろうか。
ただの、自分にとっては大勢居る生徒の中の一人でしかあり得ないその存在を近くに
愛しさにも似た何かを感じてしまったのは、何故だろうか。



「馬鹿馬鹿しい……」



そんなもの勘違いに他ならない、と自分に言い聞かせ
この生活の中で恐らく一番であろう問題を解決させるために今一度強く瞳を瞑った。










衛生面から言っても一日の最後の入浴は欠かせないものである。
流石にこの時ばかりはポンフリーに任せようとよっぽど思ったものだったが
彼女も何かと忙しく、特に今日は抜けられない用事があるのだと断られてしまった。



「セブルスのこと、信用していますよ」



そう、どこか面白そうに言われた一言に何も感じなかったと言ったら嘘だ。
どことなく楽しむようなニュアンスを感じつつも、そこまで言われてしまったら引くに引けなかった。


嫌なことはさっさと終わらせるに限る、との考えから
困惑する少女を有無を言わせずバスルームに引っ張って行った。
取りあえずバスタオルを巻き終わったら呼ぶように伝え、私は扉の外にスタンバイする。

腕を組んでドアに寄りかかり、零れてしまうのはやはり盛大な溜息だ。
彼女の前では何となく吐き辛く、押さえてしまうそれは
しかし彼女の姿が見えなくなると半ば無意識に零れ落ちてしまう。

よく、溜息を吐くと幸せが逃げる、だのと言う
誰が言い出したか分からない根拠の無いジンクスが世の中にはあるが
そこで言うと自分は今日一日で一体どれほどの幸せを取り零したのだろうか。

そんな下らないことを考えて気持ちを落ち着けていたら、バスルームの中から彼女の自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
さて、行こう。と訳の分からない意気込みを心で呟いてから、まるで時間が経つ毎に自分に絡みつくように感じる
躊躇を振り払うように少しだけ乱暴に扉を開けたのだった。










小さい頭を存分にシャワーで濡らし、痛みを与えないように髪にのばしたシャンプーで頭皮を丁寧にマッサージしていく。
彼女の頭は自分が手を動かす度に身を委ねられた様にグラグラと前後に動いて。
僅かでも余計な力を入れてしまえば容易く首を折ってしまいそうで少し怖いような気がした。
コンディショナーは毛先だけに馴染ませ、絡まないように丁寧に指先で梳きながらシャワーで洗い流す。
濡れた髪の水分を適当にタオルで押さえていれば、タオルと髪に隠れた向こう側で
彼女が小さく息を吐くのが分かった。多分、無意識だろう。
はぅ、と小さな吐息を吐き出したところを見ると、どうやら心地良かったようだ。
何だか乳離れしたばかりの小さな猫の世話でもしているようで
特別動物が好きなわけではなかった私だが少しだけ和んでしまった。
しかしそんな思考を振り払うように僅かに首を振って彼女の膝の上に置かれていた手を取って文字を綴った。



『か・ら・だ・は・じ・ぶ・ん・で・あ・ら・っ・て・く・だ・さ・い』

「は、はい…あの、ありがとうございました」



恐縮したように頭を下げる彼女を背にバスルームから抜ける。

ペコリ、と頭を下げた彼女から不意に漂った香りが
いつも自分も使っている物であるにも関わらず何故か違う物のような気がして…。


恐らくバスルームに篭った熱のせいだろう。

何だか頭がボワッと麻痺したような気分だった。


折ってはいた物の、濡れてしまったシャツをついでに着替えるために部屋に戻り
そこで暖炉近くのソファに彼女の荷物が置かれているのに気付いた。

きっとバスルームに篭っていた時に誰かが持ってきてくれたのだろう。
悪いとは思ったが、そう言えば着替え用の衣類を持って行っていなかった彼女を思い出し
また同じ服を着るのだろうか、と考えた後、少し悩んで荷物を開けた。

中に入っていた少し落ち着いた色合いの大人びたパジャマを取り出し、脱衣所に持って向かう――と




「きゃああぁぁっ!!」




不意に甲高い悲鳴と共に、バスルーム内に何かが倒れる盛大な音が響いた。
気付いた時にはパジャマは近くのカゴに投げ入れられ、私は空間を遮る扉を躊躇無く開いていた。


無残に床に倒れる少女の白い身体が目に入った。
そこら辺に散乱しているのはシャンプーボトルやバスエッセンスの瓶だ。

一瞬思考が停止した自分を叱咤して、急いで身体を反転させ
そこに置いてあったバスタオルを引っ掴み、床に蹲ったままだった彼女の小さな身体を覆い隠す。
目を覆うように顔に当てていた手の平を取り、文字を綴った。



『だ・い・じ・ょ・う・ぶ・で・す・か・?』

「………ごめ、なさい…」



擦れたような小さい声。
何気なく視界に入った足や腕には鬱血や擦り剥いたような痛々しい痕が見て取れた。
単純に転んだ痛みからか、はたまた不甲斐ない今の状態にか。
不意に彼女の瞳からは涙が零れて止まらなくなった。


私は誰かを慰める術など知らない。


ただ、顔を覆って俯いて泣く頼りなげなその姿に、そっと小さな頭を撫でた。
シャツの袖がまた濡れたが気にしなかった。
先ほど自分が洗った髪はまだ湿っていて撫で辛く、髪を引っ張ってしまわないように気をつけながら。


覚えたての動作を反復するように何度も手を動かした。









シャワーで彼女の身体に残った泡を流しながら、擦り剥いた箇所の手当ての旨を伝える。

骨等に異常は無いだろうが、このまま歩かせるには若干の不安があったために
タオルを巻きつけた細い身体を抱き上げれば、驚いたのか彼女は私の胸にしがみ付いた。
最早袖どころではなくシャツの前面が盛大に濡れている状況に何だか可笑しくて笑えた。



部屋に戻り、ソファに下ろした彼女の身体に巻かれたタオルと髪、そしてついでに濡れたシャツを乾かしておく。



「あの…目に、泡が……」



先ほどの涙の真相なのだろうが何となく自分には言い訳染みた言葉に聞こえて
その目を擦ろうとする手を捕らえ、呼び寄せた柔らかいタオルをそっとそこに押し当てた。

何気なく掴んだ顎は酷く華奢で、幼いながらに美しい造形をしていると思う。
自分もよく本を読んだりと目を酷使する人間なので普段から目に良い魔法薬は常備していた。
ポケットから取り出し、なるべく驚かせないようにそっと白目の部分から流すように落としたものの
彼女が咄嗟に手を伸ばすものだから、自分はまたその手を捕らえる事となった。
数分間そのままの状態を保ち、彼女が落ち着いたのを見計らって今度は足や腕に残る傷の手当てを開始した。



「あの…ありがとうございました……ごめんなさい、迷惑、かけてばかりで……」



たどたどしく紡がれる懺悔の言葉に、そっと頭を撫でる。


君は何もしては居ないのだから、気にすることは無い――と。


ジッとこちらを見つめてくる彼女の瞳を見返した。今は何も映しはしない澄んだ瞳。
綺麗なその瞳に自分が映らないことが何だか残念に思えた。

そして、それと同時に
その瞳に自分が映らない事に安堵を覚えたのもまた事実だった。









おやすみの言葉を交わしてどれ位経っただろうか。

彼女の眠る方向から、漸く穏やかな寝息が自分の下に聞こえてきた。
ほんの僅かに明かりを灯したままのランプを頼りに、そっと身体を起こし
私は少しの間を空けて隣に並べられたベッドの上で小さく丸まるように眠る彼女の無防備な顔を見下ろした。


彼女もルームメイトではない、どころか、知らない異性と同じ部屋であることに少なからず居心地の悪さを覚え
年頃の少女にとって見れば聊か落ち着かない状況続きだったのだろう。
かと言って、もし眠っている間に彼女に薬の影響で何らかの新たな症状が出てきた場合
自分が傍に居なくてはどうしてやることも出来ないのでそこは仕方が無い。

しかし、普段は使わない神経も大いに使ったことだろう彼女は
もしかしたら不安から一晩中起きているかも知れない…とのこちらの危惧を拭い去り、実に穏やかな眠りについていた。
それに少しだけ安堵を感じた。少なくとも食事と睡眠を確りと取っていれば余程のことは無いからだ。
反対に、一向に眠気がやってこない自分の頭を少しだけかき乱す。



「はぁ……」



思わず零れ落ちるのは、やはり溜息だった。
初日の夜はこうして更けて行った。