Heroine-01


どうしてこんな事になってしまったのか。何度思い返しても答えは見つからず、溜息を漏らす事しか出来なかった。

不意にトントンと肩を叩かれて身体を震わすと、私はキョロキョロと首を左右に振った。誰かが呼んでいるのは分かるけど、それが誰なのかは分からない。手首を取られて、掌に自分のものよりも太い指が滑る。

『ほ・し・い・も・の・は・あ・り・ま・す・か・?』

左右に首を振って答えると、手首を掴んでいた手が離れていった。気配も遠ざかったから、何処かへ行ってしまったのだろう。ほんの少しの寂しさと恐怖を覚えた。

「………見えないし……聞こえないし………」

実際、自分がどれ程の音量で喋っているのかすら分からない。独り言のつもりで口にしているが、もしかしたらとても大きな声で喋っているのかもしれない。スンスンと匂いを嗅ぐ仕草をして、もう一度溜息を零した。

「………匂いも分からないし……」

確か、魔法薬学の授業中だったはずだ。
6年生である私が習う魔法薬は5年生までとは比べ物にならない程に難しくなっていた。慎重に調合をしていたはずだ。間違えた覚えも無い。

「――あ、そうか……ぶつかって………」

体調を崩していたリリアが無理をして授業を受けていた事は知っていた。それとなく気を遣いながらも、医務室に行く事を拒んだ友人の望み通りに何も言わずにいた。そのリリアが突然倒れたのが原因だ。

『リリア!』

倒れ込んできたリリアを咄嗟に抱き止めたは良いけど、リリアの手にあったお玉が鍋に当たり、鍋がひっくり返ってしまった。その時、鍋の中身が私の鍋に入り、私の鍋まで倒れてしまったのだ。スネイプ先生の許可を受けて他の薬の調合をしていたのが裏目に出てしまった。全く別の薬品と薬品が混ざり合い、おかしな事になってしまったのだろう。

「………でも、こんな事になるなんて……」

おかげで、視覚、嗅覚、聴覚が麻痺するという有り得ない事態になってしまった。リリアはと言えば、私が身を挺して護ったおかげで薬をかぶる事はなく、医務室のベッドで眠っているそうだ。

突然肩を叩かれてビクリと身体を震わせた。いつの間にか誰かが来ていたらしい。掌に、さっきの人よりは細い指が何かを書き始めた。

『貴方の面倒は、他の人が看てくれます』

スラスラと書かれた文字を何とか読み取って首を捻った。ここは医務室のはずだ。なら、面倒を見てくれるのはマダム・ポンフリーではないのだろうか。

『ついて行きなさい』

手首を掴まれて、引っ張られた。何とか立ち上がると、マダム・ポンフリーと思しき人に手を引かれてベッドを離れた。少し歩くと、誰かの手に触れさせられた。さっきと同じ、マダム・ポンフリーより少し太い指の人間だった。

『貴方の面倒を看てくれます』

「あの、でも……」

言いかけた私の言葉は無視された。その手は私の手首を掴み、歩き始めてしまった。慌てて足を踏み出してついて行くしかなかった。





何も見えない状態で階段を下りるのがこんなに怖い事だと思わなかった。何しろ、見えないのだ。いつもなら通り慣れてる通路でさえも怖くて堪らない。自分の手首を掴んでいる腕にしがみ付いて、一段一段慎重に下りて行った。どれくらい階段を下りたのかは分からないし、今何処を歩いているのかも分からない状態に陥っている。先程から何となく気付いていたけれど、腕にしがみ付いてハッキリした。私の面倒を見てくれると言ったこの人は、男の人だ。

突然、手を引いていた男の人が立ち止まった。手首を掴んでいた手が離れて身体を震わすと、肩に手を置かれてから軽く背中を押された。どうやら、何処かの部屋にやって来たらしい。再び手首を引かれて少し歩くと、肩をトントンと叩かれた。ふくらはぎに柔らかい何かが当たっている。何となく、彼の言いたい事を理解してそろそろと腰を落とした。手を彷徨わせていると、革張りのソファらしきものに触れた。ホッとして腰を下ろすと、柔らかなソファが受け止めてくれた。

「あの……お世話になります………」

まだ言っていない事を思い出してそう呟いたけど返事は無かった。もしかしたら、彼が何かを言ったけれど聞こえていないだけかもしれない。

とにかく暇だった。必要以外は構う気は全く無いらしく、彼が部屋にいるのかすら分からなかった。その方が助かるのだけれど、寂しさを覚えない訳にはいかなかった。目の前にあるらしいテーブルにはカップが置いてあり、紅茶が入っていた。けれど、紅茶が苦手な私はそれをゴクゴクと飲む事も出来ず、かと言って面倒を看てくれている人に「紅茶は飲めないから別のものを出してくれ」なんて我侭を口にする気にもなれなかった。結局、苦手な紅茶をちびちびと舌先を潤す程度に飲む事しか出来なかった。

どれくらい時間が経っただろうか。ずっと恐れていた事が起きたのを感じた。面倒を看てくれているのが女の人だったらここまで恐れたりはしなかっただろう。けれど、実際面倒を看てくれてるのは男の人だ。言いづらい事、この上ない。

どうにかしなければ、と思うがどうしたら良いのか分からない。尿意が治まるなんて事は無く、段々と我慢が辛くなってモジモジと身体を揺らし始める始末だ。

突然、肩に手が触れた。驚いていると掌を指が滑った。

『き・な・さ・い』

バレてしまった事に気付いて顔が熱くなるのを感じた。小さな声で謝って立ち上がると、男に手を惹かれて化粧室へと向かった。手探りで便座を見つけて漸く用を足す事に成功した私は、大きな溜息を漏らした。

「………も、恥ずかしい……」

彼が大人である事は何となく分かる。学生とはいえ、一応女だ。恥ずかしいと思う気持ちはちゃんと持っている。

「………そう言えば……お風呂……どうしよう……」

まさか洗ってもらう訳にもいかない。けれど、一人で入れる自信なんて無い。慣れているバスルームならまだしも、ここは初めて来る部屋なのだ。何もかもが勝手が違う。もう一度溜息を零して手を洗い化粧室を後にすると、待っていてくれたのか彼がタオルを差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます……」

まさかそこまで親切にしてもらえるとは思わなかった。恥ずかしさとくすぐったさで赤くなりながらお礼を言うと、タオルを取り上げた彼に手を惹かれてソファへと戻って行った。再び腰を下ろすと、彼の指が掌を滑った。

『こ・う・ち・ゃ・は・き・ら・い・で・す・か・?』

見抜かれていたらしい。申し訳なくなりながら苦手なのだと伝えると、彼はオレンジジュースを出してくれた。





これは何かの羞恥プレイではないだろうか。夕食を食べさせてもらいながらそう思わずにはいられなかった。
自分で食べられると言っておきながら、食べ始めた直後にグラスを倒し、フォークを肉に刺そうとして皿の端を突き、ひっくり返してしまったり。スープを掬ったは良いが、口に運ぶ頃にはスプーンの中のスープは他の皿やらグラスやらに零れ切っていたり。結局、まともに食べられたのはパンだけだった。

「………ごめんなさい……」

惨めな気持ちになりながら謝罪の言葉を口にすると、気にするなとでも言うように軽く頭を叩かれた。大きな手だな、などと思いながら、口元に運ばれる料理を食べる為に口を開いた。それにしても、彼は嫌にならないのだろうか?親しくもない人間の世話をするなんて、私だったら耐えられないかもしれない。世話をしてもらってる私でさえそう思うのだから、彼もきっとそう思っているはずだ。

食事が終わり、昼間から気になって仕方無かった時間がやって来た。

『こ・れ・か・ら・ふ・ろ・に・は・い・っ・て・も・ら・い・ま・す』

手を引かれてバスルームに連れて行かれた。彼の指示で脱衣所で服を脱ぐと、バスタオルを身体に巻きつけて彼を呼んだ。

「あの……できました………」

外で待っていた彼が入って来て私の手を取った。いくら何でも恥ずかし過ぎる。彼の説明だと、タオルを巻いた状態で入れば頭を洗ってくれるそうだ。嫌がる事は何もしない、と言ってもらえたし、数時間で彼がどれだけ親切な人なのか理解したから異論は無かった。けれど、恥ずかしさが消える訳ではない。

頭を洗う手は優しく、とても気持ち良かった。シャンプーとコンディショナーが終わり、髪の水気を軽く切ってもらったところで彼が私の手を取った。

『か・ら・だ・は・じ・ぶ・ん・で・あ・ら・っ・て・く・だ・さ・い』

「は、はい……あの、ありがとうございました」

彼が出て行ったのを気配で感じ、ゆっくりとバスタオルを取った。教えてもらった場所からスポンジとボディソープを取り、おそるおそる身体を洗い始めた。

「……あの人と、同じ、なのかな……」

匂いなんて分からないけれど、あの人と同じ匂いがするかもしれないと思うと、少しだけ恥ずかしくなった。払拭する為に慌ててスポンジを勢い良く腕に押し付けてごしごし擦ると、泡が飛んで顔に付いてしまった。

「わっ!」

瞼の辺りに飛んだ泡が、重力にしたがって徐々に落ちてくる。とうとう目の上までやってくると、泡が目に沁みた。

「いたっ……」

急いでシャワーを探すが見つからない。その間も目はズキズキと痛みを訴え、身体を洗うどころではない。

「うぅ〜……」

何とか涙を流して痛みを逃がそうとするが、残った泡が目に入って余計に痛くなっただけだった。彼を呼べば良いのだが、それは裸を見られるという事を意味している。そんなの耐えられない。けれど、この痛みも耐えられない。シャワーが見つからない。辺りを弄っていると漸くシャワーのホースらしきものが手に触れ、そこから辿ってシャワーを見つけた。立ち上がってシャワーを取ろうとした瞬間、床の泡で足を滑らせて盛大に転んでしまった。

「きゃああぁぁっ!!」

身体中が痛い。何処か擦り剥いたのかヒリヒリする。目も痛い。結局シャワーは取れなかったし、踏んだり蹴ったりだと痛みに呻きながら涙が流れるのを感じた。

突然、何かが身体を覆った。タオルのようだった。驚いて顔を上げると、掌を指が滑った。

『だ・い・じ・ょ・う・ぶ・で・す・か・?』

「………ごめ、なさい……」

ホッとしたからなのか、痛みに耐えられなくなったからなのか、恥ずかしいからなのか、よく分からない涙が溢れて仕方無かった。ぎこちなく頭を撫でてくれた手がシャワーを取ってタオルの上から泡を流してくれた。擦り剥いた部分がヒリヒリして痛い。目も痛い。顔を顰めると、彼が再び掌に指を滑らせた。

『ふ・ろ・を・で・た・ら・て・あ・て・し・ま・す』

小さく頷いて鼻を啜った。泡を流し終えると突然彼に抱き上げられた。咄嗟にしがみ付いてから少しだけ恥ずかしさを覚えた。
部屋に戻ってソファに下ろされると、彼は魔法でタオルと髪を乾かしてくれた。

「あの……目に、泡が………」

擦りながら呟くと、彼の手が私の手を制した。タオルのようなものが押し当てられて涙を拭き取られた。顎を持ち上げられて思わずドキッとした。何かの液体が目の中に落とされ、驚いて擦ろうとすると再び手を取られた。

『こ・す・ら・な・い・で・く・だ・さ・い』

両手を塞がれたまま数分ほど経つと痛みが引いたのが分かった。擦り剥いたらしい腕と足にも薬を塗ってくれたおかげで、痛みが消えていた。

「あの……ありがとうございました……ごめんなさい、迷惑、かけてばかりで………」

頭を撫でてくれるぎこちない手が優しくて、鼻の奥がツンとするのを感じた。
用意してもらったパジャマに着替えて、彼に連れられて寝室へ向かった。別々のベッドだという事は分かったけれど、何となく、同じ部屋で寝ているのだという事が分かって落ち着かない気分だった。

それなのに、疲れていたからか私はすぐに微睡みの中に意識を手放した。





次の日も同じように一日が過ぎた。必要以外は関わって来ない彼は、それでも困ってるとすぐに助けてくれた。食事は食べさせてくれたし、トイレに行きたいと思ったと同時に彼がやって来て連れて行ってくれた。

「あ、あの……き、今日はちゃんと……頑張ります、から……あの………」

前日の失態の所為で信じてもらえないのは分かっていたけど、まさか、身体を洗われる破目になるとは思わなかった。恥ずかし過ぎる。無理だ。相手は男で、自分は女なのだ。既にタオルを取り払われていて全身が丸見えだという事はこの際棚上げだ。

『う・ご・か・な・い・で』

「で、でも……!」

両手首を掴まれ、背中にスポンジが押し当てられた。ビクリと身体を震わせてから、とうとう諦めて大人しくされるがままとなった。優しく肌を滑るスポンジがくすぐったい。背中、肩、首、腕を洗われ、スポンジが鎖骨の辺りを滑った。

「そそそそ、そこは自分で洗います!!」

慌てて叫びながら彼の手に自分の手を重ねると、彼はあっさりとスポンジから手を放した。背後に彼の気配を感じながら胸やお腹を洗い、足を洗った。恥ずかしさで全身が赤くなっているのが分かる。見えなくたって分かる。きっと自分は全身が真っ赤だ。

「ぁ、の……おわり、ました……」

シャワーが肩にかけられた。彼の手が泡を流すように背中を滑る。聞こえないはずなのに、心臓の音が聞こえる気がする。恥ずかしくて堪らない。背中と肩を流し終え、シャワーを渡された。小さな声でお礼を言って身体の泡を流し切ると、顔が一気に熱くなるのを感じた。泡が無くなり、彼に自分の全身が見えているという事に気付いたからだ。

「っ、」

恥ずかしさに涙が滲んだ。

『め・に・あ・わ・が・は・い・っ・た・の・で・す・か・?』

ふるふると首を振った。恥ずかしくて泣けてきたなんて情けなくて言えない。けれど、何となく分かったのか、彼の手が優しく頭を撫でてくれた。

「………ごめ、なさい……」

何に対しての謝罪か、自分でも良く分からなくなっていた。

終わりは突然だった。次の日、彼に連れられて医務室に戻って来た私は、そこでポンフリーらしき人物に「今日からここで過ごしてもらいます」と告げられた。

「………そりゃ、嫌、だよね……」

彼にとって面倒だという事は理解していた。子供とはいえ、恋人でも家族でもない人間の食事を世話したり、トイレに連れて行ったり、風呂で身体を洗ったり。彼にとっては拷問だ。分かっている。

「…………」

それでも、少しだけ胸が痛いと感じるのは何故なのだろうか。彼にとってはきっと義務のようなもので、自分から申し出た訳ではなかったはずだ。こうなる事は必然で、悲しいとか寂しいとか思うのは間違っている。

「………これで、いいんだもん……」

それなのに、涙がこみ上げるのはどうして?




「わっ……」

突然引っ張られて小さく声を上げた。ポンフリーはいつも突然引っ張る人だった。彼はいつも肩を叩いてくれて、何をするかを告げてから私の手を引いてくれた。

「………」

あれから2日。殆どをベッドの上で過ごしている。暇で暇で仕方無い。やる事もなくて、ただ、ベッドに寝転んで時間が過ぎるのを待っている。思い出すのは彼の優しさばかりで、自分の情けなさに涙がこみ上げた。
驚かせないようにと優しく肩に触れる手、強過ぎない力で手首を握る手、掌を滑る指――一つ一つ思い出して、変な感覚が押し寄せてくるのを感じた。

これは、一体何なんだろう?

いつの間にか寝ていたらしい。誰かに頭を撫でられている気がして目を覚ました。その手はとても懐かしくて、この2日間、ずっと消えなかった感触だった。咄嗟にその手を掴むと、手が動揺したのが分かった。

「あの……っ、あの……その……」

何を言ったら良いのか分からなかった。まさか、また面倒を看て欲しいなんて我侭を言える訳も無い。

「その……えと……」

何も言えずに、それでも手を放す事はしたくなくて、ただ、強く握る事しか出来なかった。馬鹿みたいだ。彼にとってはいい迷惑でしかなくて、それが分かってるからこそ胸がズキズキ痛んだ。
不意に、彼の手が私の手を取った。

『し・ょ・く・じ・を・と・っ・て・い・な・い・と・き・き・ま・し・た』

放してくれと言われなかった事にホッとした。

「あの……うまく、食べれなくて……いつも、一人なので……」

マダム・ポンフリーは忙しいから、私に食事を食べさせている余裕なんて無い。彼の部屋にいる時も、自分で食べていたと思っているんだろう。パンを少しだけしか食べない私に、ちゃんと食べなきゃ駄目ですよと言うだけだった。

「迷惑、かけてるから……言えなくて……」

『か・ら・だ・に・よ・く・あ・り・ま・せ・ん』

「分かっては、いるんですけど……食欲も、そんなになくて………」

この手が傍にいないと思ったら、食べる気も失せてしまう。まるで、顔も声も知らないこの人に恋をしてるみたいだ。そんなの、馬鹿みたいだ。

「………ごめんなさい、来てくれてありがとうございます……それから、その……すみませんでした。面倒を看てもらってる間……その……迷惑ばかりかけて……」

『わ・か・っ・て・て・う・け・た・の・は・わ・た・し・で・す』

「でも……まさか、あんなに出来ないなんて思わなかったでしょう? 私だって吃驚してるんです、自分一人で何も出来なくて、迷惑ばっかり……見たくもないもの見せられて、迷惑ですよね」

声に出して笑ってみたけど、乾いた笑いはちっとも楽しいものじゃなくて、虚しさを覚えた。

「………ごめんなさい……」

訳が分からなくて涙が溢れた。もしかしたら幻滅されたのかもしれない。スタイルが良い訳でもない私の身体を見て、嫌な気持ちにさせちゃったのかもしれない。

突然、彼の指が頬に触れた。涙を拭ってから、彼が私の掌に指を滑らせた。

『ど・う・し・て・な・い・て・る・の・で・す・か・?』

「っ、だっ、て……」

だって、何なんだろう?分からなかった。何が悲しいのか分からなかった。彼に嫌われた事も、迷惑をかけた事も、面倒を見てもらえない事も、全部が悲しくて辛かった。でも、どれも私の我侭だ。彼に伝えて良い事じゃない。結局、何も言えないでいる私の頭を、彼はただ撫でてくれた。

『き・ょ・う・か・ら・ま・た・わ・た・し・の・と・こ・ろ・に・き・て・く・だ・さ・い』

驚いて顔を上げた。何も見えないから、彼がどんな顔をしているのかは分からない。

「でも……私、迷惑、ばかり……」

『マ・ダ・ム・ポ・ン・フ・リ・−・に・は・い・っ・て・あ・り・ま・す』

彼の手が私の手を引いた。ベッドから離れて少し歩くと、彼が私を抱き寄せた。身体が硬直した。彼の身体に密着したまま、気付いたら私は彼の部屋にやって来ていた。どうやら、暖炉を使って部屋にやって来たらしい。彼が私から離れて、煤を払ってくれた。聞こえるはずがないのに、心臓が煩い。慌てて俯いた私の顔は、きっと真っ赤になってるはずだ。彼だってきっと気付いてる。何も言わないのは、彼が私を受け入れる気が無いからだ。

ズキンと胸が痛んだ気がした。