クリスマス・イブ、自身の誕生日でもある今日の昼過ぎ、私の気分は憂鬱だった。鏡の前に立ち、そこに映る自身の姿を確認して溜息をつく。
「ドレスローブが大きい・・・」
学生時代に太っていた訳ではない。普通だったはずだ。ただ、マグル界に来てから痩せてしまっただけだ。理由なんて様々だ。アルバイトで動き回っていたり、食生活が原因だったり、けれどここ最近の事で理由を挙げるなら、やはりスティーブだろう。しつこ過ぎる。
引き出しの奥底から杖を引っ張り出す。数ヶ月ぶりに握った杖は、とても懐かしくて涙が出そうになった。ドレスローブを縮めて身体のサイズに合わせると、私は窓の外を見下ろした。
「・・・・何でいるのよ・・」
スティーブがアパートの前にいるのだ。何が何でもついて来る気らしい。そもそも不可能なのだ。ホグワーツはマグルには見えないのだから。
溜息をついたその時、携帯が鳴った。ハーマイオニーからだった。そう言えば、一昨日の手紙で教えたのだった。
「もしもし」
『もしもし、ルーシー?久しぶり!私よ!』
「久しぶり、ハーマイオニー」
『何時頃ホグワーツに行く予定?私達、もうそろそろ出ようと思ってるの』
「それなんだけど・・・・あー・・もしかしたら行けない、かも・・」
『えぇっ!?』
ハーマイオニーの大きな声が電話越しに耳に響く。ハーマイオニーの後ろからロンの声が聞こえた。
『どうしたんだ?』
『ルーシーが来れないかもって言ってるのよ。――どうして!?』
「いや・・それが、家の前に人が立ってて・・・その、クリスマスに一緒に過ごそうってしつこくて・・・断り続けてたんだけど、私がパーティに行くって言っちゃったから・・・出て来るの待ってるの。まさか家を出ない訳にもいかないし、でも会ったら絶対ついて来るし・・・どうしたら良いか・・・・・」
『分かったわ!』
「は?」
『迎えに行くから待ってて!』
「で、でも・・ハーマイオニーが来ても無理について来ようとするだろうし・・・・」
『もう用意は出来てるの?』
「え?う、うん・・・一応出来てるけど・・・・」
『じゃあ、そのまま待ってて。五分で行くから』
そう言うなり、ハーマイオニーが電話を切ってしまった。ツーツーと無機質な機械音が届く。
「・・・どうするつもりだろ・・・」
呟いてもう一度鏡を見る。学生だった頃はしなかった化粧をしている自分の顔が見えた。化粧で誤魔化しているが、じっと見ると顔色があまり良くない。明らかにオーバーワークだ。
「・・・・・・はぁ・・・」
溜息をもう一度ついたその時、ベルが鳴った。まさか、痺れを切らしたスティーブがやって来たのだろうか。おそるおそる覗き窓を覗き込んだ私は絶句した。
「うそ・・・」
覗き窓の向こうには、数ヶ月前に完全に別れを告げた彼が立っていた。
再びベルが鳴る。それから、ノックの音がした。
「ルーシー!いる?私よ!」
ハーマイオニーの声だった。どうやら、先生一人ではないらしい。少しだけホッとして、それからシューズボックスの上に置いてあるスタンドミラーを見て髪形を直す。ゆっくりと扉を開くと、懐かしいハーマイオニーの顔が見えた。
「ルーシー!久しぶり!」
ドレスローブ姿のハーマイオニーが扉を大きく開けて飛びついてくる。抱きしめ返して、懐かしいハーマイオニーの匂いと温もりに顔を綻ばせた。
「久しぶり、ハーマイオニー」
「会いたかったわ!元気だった?大分痩せたわね」
「アルバイト忙しくてさ。元気だよ。ハーマイオニーは?もう一年学校にいるんでしょう?」
「そうなの!でも、家から通ってるのよ。研修って形で働きながら、数時間だけ学校で授業を受けてるの」
「そうなんだ・・・大変そうだね」
「ハーマイオニー、君一人でいつまでかかるんだい?」
後ろから呆れたような声がする。ハーマイオニーの頭の向こうにロンが見えた。渋々ハーマイオニーが離れると、今度はロンと抱き合った。また背が伸びたみたいだ。ロンは何処まで伸びるのだろう?
「久しぶり、ルーシー」
「久しぶり、元気だった?」
「見ての通りさ。ハリーはもうホグワーツに行ってるんだ。英雄だから忙しいみたいだ」
「そうなんだ・・・」
それから、私は先生を見た。真っ黒のドレスローブを着た先生と目が合う。
「・・・お久しぶりです、先生」
「あぁ」
素っ気無い返事。それが先生らしくて、ほんの少しだけホッとすると同時に、胸が痛んだ。
「用意は出来てる?」
「うん、ちょっと待ってて」
部屋に戻ってバッグを持つ。窓の鍵を確認して、火元が閉まっているのを確認して、鍵を持ってハイヒールを履いた。
「君、本当にマグルみたいだ」
ロンが言った。
「そういう暮らし方してるもの」
鍵を閉めて、階段を下りる。やはりスティーブがまだいた。
「ルーシー!うわぁ、君、凄く綺麗だ!」
「ありがと、スティーブ。前から言ってるけど、今日は――」
「どうしても?君と過ごす為に色々考えたんだよ。夜景の見えるホテルだって!」
ロンが思わず吹き出しそうになったのをハーマイオニーが肘で突く。けれど、ハーマイオニーのその顔も険しかった。
「前から言ってるでしょう。私は――」
「悪いが、彼女は君の恋人にはなれない」
私の言葉を遮って先生が言った。ビックリしている私の腕を引いて、先生が抱き寄せる。ふわりと香ったのは、昔嗅ぎ慣れた先生の匂いだった。懐かしい香りに眩暈がした。先生に抱きしめられた事を覚えている。先生の部屋の香りを覚えている。先生の寝室のベッドで、裸で、優しく髪を梳きながら愛を囁いてくれた先生を覚えている。全て全て、封印しなければならないのに。あれは全部、偽りだったのに。
匂いだけは、感触だけは、本物だったんだ。
「彼女は私の恋人だ」
ぽかんとしているスティーブを過ぎ去り、歩いて行く。私は先生に手を引かれたままだった。人通りの少ない路地までやってくると、ロンとハーマイオニーが寄り添って二人で姿くらましをした。
「私達も行――」
先生が言葉を切った。私の頬には涙が伝っていた。ウォータープルーフで良かった。
「・・・・何で、先生が来たんですか・・」
「・・・君が、男に言い寄られて困っているとグレンジャーに聞いた」
「他にも・・いる、じゃないですか・・・・恋人のフリするなら、誰だって・・・」
「私が申し出た。共に行くと」
どうして?何で?何で?何でよ・・・
涙が溢れて止まらない。俯いていると先生の指が伸びてきて、私の涙を拭った。
「・・・泣かせてばかりだな、私は」
苦笑している先生の方が辛そうで、余計に涙が溢れた。止めなきゃいけないのに。ハーマイオニー達が戻って来ちゃうかもしれない。先生が困るだけなのに。先生が苦しむだけなのに。
『彼女は私の恋人だ』
辛くて悲しくて苦しくて、けれど嬉しかった。抱きしめられた事が嬉しかった。もう終わりにしたかったのに。今日は絶対に先生と顔を合わせないって決めてたのに。関わらないって決めてたのに。
「・・・・・ごめんなさい」
ハンカチを取り出して涙をそっと拭う。化粧が崩れて無い事を祈るばかりだ。ハンカチをしまってコンパクトミラーを取り出して、顔を確認する。何とか無事のようだ。鼻が少しだけ赤くて目が潤んでいるが。
「待たせちゃってごめんなさい。行きましょう、先生」
笑顔を作って手を伸ばす。先生はじっと私を見つめた後、ゆっくりと伸ばした私の手を握ってくれた。けれどそれは握手をするような握り方で。
「きゃあっ!」
突然グイと引っ張られて、バランスを崩した私が先生の胸に倒れ込む。私を強く抱きしめると、先生は何も言わずにそのまま姿くらましをした。