その後 04


刻んだ材料を鍋に入れてレシピ通りにかき混ぜる。一回、二回、三回――鍋の中のどろりとした液体はレシピと寸分の狂いもなくそこにある。まあまあだなと独り言ちてスネイプは火を消した。それと同時に溜息が零れ落ちてしまうのは、たった今すべき事が全て終わってしまったからだ。ポンフリーからの依頼の品はもう全て出来上がってしまった。未だ途中である研究の続きをしようにも、どうせ数時間も経たない内にリサに止められるだろう。彼女はスネイプとハリー・ポッターとの対話を望んでいるのだから、これはもう決定事項なのだ。
それでもこうして一人研究室へ逃げ込んでしまったのは、最早ただの意地だ。誰が好んで恥を晒さなければならないのか。リサと結ばれた時に既に嫌というほど晒しているのだ。これ以上は御免被りたいと願うのは当然のことであった。

それでも、あぁ。スネイプの口からまた重い息が漏れ出る。脳裏には歳の離れた愛しい恋人の嬉しそうな顔。友人の来訪を心から喜ぶ彼女の顔を曇らせたくないと思ってしまうスネイプに出来ることは、精々あと少しの間だけ意地を張ることだけである。
完璧に出来上がってしまった薬たちを恨めしげに睨んで、鍋の中で冷えていく薬を睨んで。そうして大きな溜息を落としたスネイプは愛しい恋人の願いを叶えるべく部屋を後にした。

「あ、先生!」

リビングへ足を踏み入れると年若い恋人がぱっと顔を明るくさせる。スネイプの葛藤も全て知っているだろう彼女は、この上なく嬉しそうに笑っている。スネイプがここへ来た理由がハリー・ポッターではなくリサだということを正確に理解しているからこそだ。
千切れんばかりに左右に振れる尻尾の幻を見ながらスネイプは極々小さな声で言った。

「…………余計な話は一切しないぞ」

恋人に弱い哀れな男の精一杯の抵抗であった。

自分の分を淹れるついでに全員分を淹れ直してやったスネイプは、ソファに座る彼らとは離れたダイニングテーブルに腰を落ち着けた。せめてもの抵抗だったというのに、そんなスネイプの正面には何故か大嫌いな顔がある。どうしてこうなった。ほら、行って来いとハリーの背中を押したリサの所為なのだが、振り返ったところで彼女がどんな顔をしているのかは想像に難くない。呼び寄せた本を開いて話を聞く気などないという態勢を取ると向かいに座るハリーが項垂れた。

「勝手に話しちゃって大丈夫だよ」

余計なことを言うな。思っても口には出さない。

「ちゃんと返事してくれるから」

君にだけだ――そんなこと言えるはずもないスネイプは更に口を閉ざすしかない。
リサの言葉に背中を押されたハリーが居住まいを正して咳払いを一つ。なんてことをしてくれたのかと思うが、文句など言えるはずもないスネイプの気持ちなど知らないハリーは意を決した様子で口を開てくださった。

「ぼく、僕は……その、ずっと貴方のことを誤解していました」

何が誤解なものか。大嫌いだという感情は紛れもなく本物だというのに。

「だって、自分を嫌っている人を好きになるなんて出来ないから……でも、貴方はそれでも僕のことをずっと守ってくれていた。一年の時からずっと――」

リリーの為だ。お前の為じゃない。

「ずっと言えなかったから……その、」

深く息を吸って、吐いて。ハリーの緊張が伝わってくる。どんな気持ちでこうしてスネイプに思いを告げているのかも分かっている。それくらいスネイプにだって分かる。だが、それでも。

「ありが――」
「いい加減にしろ」

皆まで言わせずスネイプは吐き捨てた。リビングが静まり返る中、スネイプは乱雑に本を閉じた。

「くだらん話を二度も聞くつもりはない」
「二度……?」

憎らしいほど優秀だった女生徒が呟く。「ハリー、ニ度目なの?」リサがハリーに問いかけた。

「まさか! 一度もそんなこと――」
「カンニングペーパーを使わなかったことだけは評価してやろう、ポッター。だが金輪際この話はしないように。我輩は君のくだらない感謝も謝罪も求めた覚えはない」

本を置いて立ち上がったスネイプはそのままキッチンへと足を進めた。暖簾の奥に姿を隠して吐き出した息は自分でも分かるほど疲れ切っている。

「先生……?」

ひょっこりと暖簾から顔を出すリサをちらりと見れば、視線を受けたリサが困ったように笑う。

「すみません、まさかニ度目とは思わなくて」
「だから会わんと言ったのだ」
「教えてくれれば良かったのに」

仕方がないのだ。だってそれを言うということはつまり、ハリーの言葉を一言一句全て聞いたと白状するようなものなのだから。渋面で唸るスネイプにくすりと笑ったリサが暖簾の中に入ってきて顔を覗き込んでくる。何が楽しいのか、この恋人はにこにこ笑いながらスネイプを見上げていた。

「ちゃんと聞いてあげてたんですね」
「勝手に聞こえてきただけだ。聞きたくて聞いたわけではない」
「でも、ちゃんと覚えててくれた」

はにかんだリサが「ありがとう」と感謝を紡ぐ。ハリーの言葉をちゃんと聞いてくれてありがとう、だなんて。顔を顰めたスネイプはすぐそこにある腕を捕らえると徐に一歩を踏み出した。仰け反るリサの見開かれた目を至近距離で見つめ返しながら、常ならば決して吐かないであろう台詞を囁くのはちょっとした意趣返しだ。

みるみる目許を染めるリサを見て溜飲を下げたスネイプは、直後に勢いよく抱き付いてきたリサの頭を顎に受けて悶絶することとなる。