その後 03


ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの四人がリサとスネイプの新居に姿現ししたのは約束の五分前だった。誰もばらけていないことを確認してから時刻を確認し、遅刻していないことを四人で確かめ合う。リサだけならまだしも、スネイプもいるのに遅刻したなんてどんな嫌味が飛んでくるのか分かったものではないからだ。

「友達の家に遊びに来ただけなのに、何だか罰則を受けに来た気分だ」

表情を強張らせるロンの言葉にハリーは深く頷いて賛同の意を示した。ハーマイオニーとジニーも苦笑を浮かべるだけで否定しないのだから、きっと同じような気持ちなのだろう。何せ、あのセブルス・スネイプだ。あのスネイプとリサが二年も共に生活した上に想いを通じ合わせて同棲しているなんて信じられない。リサの方が自分なんかよりよほど英雄だとハリーは思った。

「じゃあ……鳴らすわよ」

呼び鈴に手を伸ばすハーマイオニーの顔も緊張している。もしスネイプが出てきたら――考えただけで身震いしてしまうのは、ホグワーツでスネイプの教え子として過ごした六年間の所為だ。スネイプの教え子なら誰だってハリーたちの気持ちを分かってくれるはずだ。リサを除いて。

ハーマイオニーが呼び鈴を鳴らした。扉の向こうで軽快な音が上がったが、待てどもリサもスネイプも出て来ない。あれ。呟いたのはロンだった。顔を見合わせてもう一度。呼び鈴を鳴らすけれどやはり誰も出て来ない。

「……いないのかな?」
「私たち、もしかして時間を間違えた?」

ハリーの呟きにジニーの不安げな声が続いた。そんなはずないわと答えるハーマイオニーの表情も困っている。寝てるんじゃないのかというロンの意見は三人とも聞き流した。駄目押しでもう一度呼び鈴を鳴らしたが、やはり返事がない。「ふくろう便を送ろうか」「でもふくろうがいないわ」なんてやり取りをしていると、どこかから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「先生ってば、ハリーたち来ちゃいますよ!」

家の中――ではないようだ。では一体どこだろうかと四人は庭を見回した。木製のフェンスの傍らにそびえ立つ立派な桜の木、庭の大半を占める野菜畑。家の横にはビニールハウスがあるが、そこに二人の姿はない。ならばどこだ――裏の方へ回るとビニールハウスの奥にもう一つビニールハウスがあることに気付いた。スネイプに呼びかけるリサの声はそちらの方から聞こえてくる。四人はそっと奥のビニールハウスへ向かった。陽射しを避ける為の遮光シートが掛けられたビニールハウスの中は見えないが、どうやら声は中から聞こえてくるようだ。

「聞いてるんですか?」
「もちろん聞こえているとも」
「ハリーたち来ちゃいますよ」
「先に戻って良いと言ったろう。我輩はまだやることがあるのでね」
「剪定はもう少し先で構わないって言ってましたよね? 私ちゃんと覚えてますよ」

ビニールハウスの中からはそんな会話が聞こえてきた。どうやら家に戻ることを渋るスネイプをリサが何とかして引っ張り出そうとしているようだ。ハリーたちは顔を見合わせた。誰かが声をかければ良いのだが、問題はその役目を誰が担うかだ。スネイプから最初に睨まれる役を引き受けようとする者は残念ながら一人もいなかった。君が行けよ、そっちが行けばいいだろ――押し付けうハリーとロンにハーマイオニーとジニーが呆れたような視線を送るが、だからと言って「じゃあ私が行くわ」と声を上げることはしない。そうこうしている間もビニールハウスの中で会話は続いている。

「君の友人たちが来るのに、我輩がそこへ行く必要があるのか?」
「もちろんありますよ。ハリーは貴方と話をしに来るんですから」
「謹んで辞退申し上げる。ポッターと話すことなど何もない」
「意地っ張り。いいじゃないですか。”ごめんなさい”と”ありがとう”の二言を聞くだけですよ」
「そんなものを欲しがった覚えもない」
「もう! ただ会うのが恥ずかしいだけでしょう? 大丈夫ですって、誰も何も気にしませんよ」
「恥ずかしくなどない。顔を見たくないと言っているだけだ。漸くあの顔を見ずに済むというのに、何故わざわざ会いに行かなければならんのだ」

ハリーとロンは押し付け合いを止めて顔を見合わせた。お互いに変な顔をしている自覚はあった。ハーマイオニーとジニーを見れば口を押さえて笑いを堪えている。その間もビニールハウスの中からはリサとスネイプの攻防が続いている。

「早く戻らねば友人たちが来てしまうのではないか?」
「分かってますよ! だから早く戻ろうって貴方に声をかけてるんです!」
「我輩は結構。先に戻りたまえ」

堂々巡りだ。きっと自分たちがここへ来る前からずっとこうなのだろうということは容易に想像が出来て、ハリーたちは声を押し殺して少しだけ笑った。リサから招待状が届いた時から薄々気付いてはいたが、やはりスネイプはハリーたちを歓迎していないらしい。それでもリサが招待状を送ることを止めなかったのだから、何となく彼らの普段の力関係というものが見えた気がする。
あのスネイプが遥かに歳下の恋人に振り回されているのだ。面白くないはずがないではないか。

「一緒に戻ってくれないと、今週はずっと私がご飯を作りますよ」

その言葉を最後に二人の会話は止んだ。
ハリーは出来ることならこの場に転げ回りたかった。だって、あのスネイプが!
リサの料理の腕は共に旅をしたあの一年弱で嫌というほど知っている。ロンだってハーマイオニーだって知っているのだ。どういう意図での発言なのか分からないはずがない。ハリーたちの友人である彼女は、たった今スネイプを脅したのだ。その脅しの効力がどれほどのものなのかハリーたちは知っている。出来れば知りたくなかったと思うほどに知っている。スネイプが自分たちと同じように被害に遭ったのだと思うとおかしくて堪らない。
たっぷり沈黙が続いた後に聞こえてきた呻き声は間違いなくスネイプのものだ。噴き出しそうになったロンの足をハーマイオニーが思い切り踏みつけていた。

「戻る気になりました?」
「薬学はマシになったというのに……」
「私が作ってる隣で貴方が口出しするから間違えちゃうんですよ」
「よく言う。口出ししなければもっと酷いものになるではないか」

楽しげな声と苦々しい声に腹を捩っているとビニールハウスの入口からリサとスネイプが姿を現した。すぐにハリーたちに気付いたリサとスネイプが同時に足を止めて目を瞬く。耐えきれず噴き出したロンが慌てて咳払いで誤魔化し「やぁ」と声をかけた。微かに震えていることに気付いたハリーも噴き出しそうになったが、何とか耐えて「久しぶり」と挨拶をした。発した声は震えていないと思いたい。

「あれ、いつ来たの?」
「さっきよ。ベルを鳴らしても出ないから探してたの。久しぶり、リサ。スネイプ先生もお久しぶりです」

すかさずハーマイオニーが言葉を返す。ビニールハウスの中での会話が聞かれていたのだと察したらしいスネイプが口をひん曲げてそっぽを向いた。ロンがまた噴き出したのにつられてハリーも噴き出すと、ジニーがハリーの脇腹を肘で打ち、ロンの足を踏みつけた。

「もしかして聞こえてたの?」

照れ臭そうに頬を掻いたリサがちらりとスネイプを見た。スネイプはそっぽを向いたままだった。

「ごめんごめん、家に行こう。もちろん先生もですよ」

ハリーたちを促したリサはスネイプに釘を刺すことも忘れなかった。
家の中は至って普通だった。土足禁止ということで玄関で靴を脱ぎ、代わりにスリッパを履く。慣れないその行為に些か躊躇したハリーだが、家主である二人はもうスリッパに履き替えていた。リサはともかくスネイプまで当たり前のようにそうするのを見て、ハリーはここがリサとスネイプの家なのだと改めて実感した。

「ここが君たちの家なんだ」

呟きは無意識だった。振り返ったスネイプとリサにハッと我に返ったハリーは、持ってきた手土産を慌ててリサに押し付けた。

「こ、これ、ハニーデュークスのお菓子なんだ。リサが好きなやつ」
「うわぁ、ありがとう! もうずっと行ってないや」

嬉しそうに袋を抱きしめたリサがスネイプに笑いかける。スネイプの目が微かに細まったのをハリーは見た。
リビングへと通されてソファに腰を下ろす。テーブルには日本のお菓子と人数分の紅茶のカップが用意されていた。ハリーからの土産を皿に開けると言ってリサがキッチンへ向かうと、そこにはハリーたちとスネイプだけが残された。何か言えよとロンの目が訴えてくるが言葉が見つからない。四人で目配せをしている内にスネイプはさっさとキッチンの方へ行ってしまった。息を吐き出したのは四人同時だった。

「やっぱり緊張するわね……」
「リサ、ほんとに凄いや……」

こんな所で親友の凄さを目の当たりにすることになるなんて。苦笑を浮かべ合っているとリサとスネイプが一緒に戻ってきて、テーブルに菓子皿と紅茶のポットが置かれた。

「ミルク? ストレート?」

リサの問いかけにそれぞれが好みの味を答えると、驚いたことにスネイプが紅茶を淹れ始めた。板についた所作でポットに茶葉を淹れるスネイプを呆然と眺めていると、堪え切れないといった様子で笑ったリサが「先生が淹れた紅茶、凄く美味しいんだよ」と教えてくれる。それに対するスネイプの返答は「君が淹れたものに比べれば誰のでも美味しく感じるだろう」だ。

「飲めなくはないって言ったじゃないですか」
「言葉通りだ、飲めなくはない。合格点には程遠いな」
「飲めるってだけで及第点ですよ」

笑うリサを呆れたように見たスネイプは、もう何も言わずに全員分の紅茶を淹れてくれた。それが済むと自分の仕事は済んだとばかりにリビングを出て行ってしまった。リサが「ごめんね」と肩を竦めるが、ハリーたちは曖昧に笑うしかない。
リサの言った通りスネイプの淹れた紅茶はとても美味しかった。互いの近況を話し合っている間、スネイプは一度もリビングに姿を現さなかった。きっと薬でも作ってるんだよとリサが笑った。

「ハリーに記憶を渡しちゃったこと、後悔してるみたい」
「そうだろうね」

死の間際に渡した記憶はスネイプの全てをハリーに教えてくれた。そのおかげでハリーのスネイプに対する考えが改められることとなったが、奇跡的に生還してしまったスネイプからすれば堪ったものではないだろう。分かっているが、それでも話をしたいのだ。たくさん話したいことがあるし、聞きたいことだってたくさんある。

「面と向かって話を聞く気にはならないだろうから、先生がいる時に勝手に話しちゃえばいいよ。何だかんだ言ってちゃんと聞いてくれるし、返事もしてくれるから」
「それ、リサにだけだろ?」

ロンが言い、ハリーが溜息を落とす。そんなことないよと笑ったリサの言葉は申し訳ないが信憑性ゼロだ。
ハリーたちの気持ちが伝わったのだろう、くすりと笑ったリサが「大丈夫だよ」と目を細める。

「あの人、本当は凄く優しい人だから」

自分が今どんな顔をしているのか、リサは気付いているのだろうか。
こんなにも愛おしげな顔をするリサをハリーは知らない。こんなにも穏やかで大人びた表情を見るのも初めてだ。
ハリーはロンとハーマイオニーを見た。こちらを見る二人もハリーと同じ気持ちだとすぐに分かる。

「大好きなのね」

ジニーの言葉にリサは照れ臭そうに頬を掻きながら頷いた。
仄かに染まる頬も、ふにゃりと緩んだ顔も、ハリーたちが初めて見るリサだ。

「良かった」

それはまた無意識に零した言葉だった。「何が?」と首を傾げるリサに首を振って。良かった。ハリーは胸中でまた繰り返す。良かった。本当に良かったと心から思う。

「ハリー?」
「何でもないよ」

言えるわけがない。「君が幸せで良かった」だなんて。
リサがこんなにも幸せそうに笑っているのはスネイプがそうしてくれているからだ。きっとスネイプも幸せなのだろうとハリーは思う。こんなにも愛してくれる人が傍にいてくれるのだ、幸せに決まっている。

「ありがとう、リサ」
「何が?」
「招待してくれて」

ぱちりと瞬いたリサが小首を傾げて、それからへらりと笑った。

「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」

恭しくお辞儀をする友人に、ハリーたちは声を上げて笑った。