バチンという大きな音が上がった。
「ポッター! 何をしてるんだ!!」
次いで轟くダリルの怒声にリサは驚いて振り返る。今しかないと考えたのだろう、スネイプがリサを吹き飛ばして家の外へと押し出した。
勢い良く吹き飛ばされたリサは、背後のハリーに激突して共に地面に倒れ込んだ。
「い、たぁ……ごめん、ハリー……大丈夫?」
「だ、いじょぶ……」
咽るハリーの背中を撫でながらスネイプの方を見るが、扉は再び閉ざされていた。
せっかく開けてもらったのに。溜息を落としたその時、怒りを露わにやって来たダリルが目の前に立ちはだかった。
「何故ここに連れて来た」
「私が連れて来てって頼んだの。あの人に会いに来たのよ」
「まさか……記憶が戻ったのか? どうやって?」
「リサは自分の力で記憶を取り戻した……ダリル、リサの言う通りなんだ。スネイプ一人に罪を背負わせるべきじゃない」
ダリルはリサを見て、ハリーを見て、固く閉ざされたスネイプの家を見た。
「ハリー、君の考えはよく分かった。君は闇祓いには向いていない」
「先生が何をしたって言うの?」
「何もしなかった。それが問題だ」
「何もしなかったのが問題? 違う。違うでしょう、ダリル」
吐き捨てるリサにダリルがぴくりと眉を震わせる。
まずいと感じたのかハリーがリサの腕を引くが、リサは引かなかった。
「何もしなかったのは貴方達よ。自分達が救えなかった責任を先生に押し付けてるんでしょう」
「よくも……!」
怒りで顔を歪めるダリルに、けれどリサは引かない。引くべきではないと分かっていた。
「先生は自分のするべき事をした。それを指示したのはダンブルドアで、先生には選択肢なんてなかった。だからハリーは生きてる。でも貴方達は違う。魔法省を乗っ取られて、自分達がするべき事をしなかった。だからたくさん死んだのよ」
「リサ……ダメだ、それ以上は……」
ハリーが囁き声で訴えるがリサは譲らない。言わなければ気が済まない。
「最初に押し付けたのはこの人達だもの。言うわ。ダリル、貴方のお母さんが助からなかったのは、貴方が助けなかったからよ」
「……!!」
「他の人達だってそう。先生の所為じゃない、先生は悪くない――あの人に何もかも押し付けて正義面しないで!!」
大きな爆発音が轟いた。ダリルの抑えきれない怒りが杖に伝ったのだ。
煙幕がリサ達を覆い隠す。咳き込みながら煙幕の外へ向かって歩き出すが、出口が分からない。この煙幕はどこまで続いているのだろうか?
「っ、桜井……!」
遠くでスネイプが呼んでいる声がする。轟いた爆発音に、咄嗟に飛び出してしまったのだろう。
リサは叫びながら声のする方へと歩き出した。
「先生! 先生……!!」
何も見えない。前も後ろも分からない状態で、リサは手探りで進み続けた。
不意に誰かの手がリサの手を掴んだ。ホッと安堵の息を漏らしたリサだが、引き寄せられた先に現れたのはスネイプでもハリーでもなかった。
「ダリル……!」
「よくも……私が、どんな思いで……!」
怒りに顔を歪めるダリルに掴まれた腕に激痛が走る。
手加減を知らないのか一向に緩まない力に、リサも負けじとダリルを睨み返した。
「貴方の気持ちなんて私には分からない。大切なお母さんを殺された怒りも悲しみも、私には分からない。でも、」
「奴が助けていれば母は助かった!!」
「そうしていたら先生が殺されてた!! ハリーは先生の記憶をもらえずに、どうやってヴォルデモートを倒すか分からないままだった! そうしたら結局殺されてたよ! だってバーベッジ先生はマグル学の先生だった! ヴォルデモートが見逃すはずがない!」
「黙れ!!」
より一層強く掴まれる腕に歯を食いしばり、リサはダリルを見た。
苦しげに顔を歪めるダリルだって分かっている。分かっているのだ。それでも納得出来ていないだけだ。理解したからって納得する事は難しい。それはリサにだって分かる。スネイプの考えを理解して、けれど納得出来ずにここにいるのだから。
「奴が見殺しにした!!」
ダリルが叫ぶ。憎しみと悲しみで塗りたくられたその顔に、けれどほんの僅かな罪悪感が滲んでいる。
どうして。リサは唇を噛みしめた。どうして分からないのだと。どうして分かろうとしてくれないのだと。
「助けられなかった先生が一番辛いに決まってるでしょう!!? 何で分かんないの!!」
一瞬。ほんの一瞬、衝撃を受けたような顔をしたダリルの手から力が抜けた。その隙を突いて腕を振り払い、リサは杖を突き出した。目と鼻の先に杖を向けられたダリルが僅かに身を反らして動きを止めた。
「あの人は……貴方が思うような人じゃない。料理も出来ない私の為にご飯を作ってくれて、働く私の代わりに家の事を全部やってくれるような責任感の強い人だわ。ハリーのママが死んだのは自分の所為だって、ずっと自分を責めて苦しみ続けてる……大勢の人が死んだのを自分の所為だって責め続けてるのに……」
赦さない。涙に濡れた目でダリルを睨み付けながらリサは言った。
煙幕が徐々に晴れていく。先ほどよりも広がる視界の端にスネイプとハリーの姿を見つけた。ダリルに杖を突きつけるリサに困惑と動揺を隠せないハリーを見て、スネイプを見て。リサは再び口を開いた。
「あの人は、生命を懸けてハリーを護った。魔法界を救った。死ななきゃ罪が償えないって言うのなら、もう良いでしょう。あの人は一度は死んだんだもの、これからは幸せになる為に生きるの」
「……遺族が赦さない」
「憎みたいなら勝手に憎めばいい。憎む相手がいないから代わりを使うのはあの人だって同じだったもの、止めないわ。憎まれた方は溜まったモンじゃないでしょうけど」
これはスネイプへの嫌味だ。
親友であり、かつては想い人でもあったハリーへの数々の仕打ちは赦せるものではない。
「言っておくけど、私があの人を助けなければ貴方達は憎む相手すら失ってた。感謝してよ。私のおかげで、貴方達はあの人を憎む事が出来るんだから――それから、もう一つ言っておく」
深く息を吸い込んで。未だ残る煙を吸い込み少しだけ咽てしまったリサは、僅かに頬を染めながら口早に言い放った。
「セブルス・スネイプの生命は私が繋いだ。あの人は私が拾ったの。私のものよ! 勝手に奪おうとしないで!」
呆気に取られた顔をするダリルに鼻を鳴らし、リサはじとりとスネイプを見た。呆然とするハリーの横でスネイプも同じように言葉を失っている。
「違うなんて言わせませんからね。貴方が私と一緒にいる時に少しでも幸せだと感じたのなら、貴方は私といるべきです」
「……、」
「それから、気付いてないかもしれないから言いますけど。自分に幸せになる資格がないなんて思ってるんなら、考え方を変えれば良いじゃないですか」
困惑の色を隠せないスネイプにリサは少しだけ笑ってみせた。
「私の幸せは貴方の所にあるので、私を幸せにする為に傍にいてください。私を幸せにする過程で貴方がうっかり幸せを感じたりなんかしちゃっても、それは不可抗力です」
そう、不可抗力。”どうしようもない”のだから、どうする事も出来ないのだ。
杖を下ろしたリサは、奇妙なものを見るような目を向けてくるダリルに顔を顰めた。
「……何よ、文句があるの?」
何も言わないダリルをじとりと睨み付けて、鼻を鳴らして。痛みの残る腕に顔を顰めながらリサはスネイプの元へ歩み寄った。未だ困惑と混乱の渦中にいるのか、スネイプは近寄るリサを呆然と見ていた。
そんなスネイプの正面に立ち、リサはそっとスネイプの頬へと手を伸ばす――ぺちん。小さな音と衝撃に目を瞬くスネイプに、リサは再びぼろぼろと溢れる涙を拭いもせずに言ってやった。
「文句は、受け付けません。言いたいのは私の方です」
涙に濡れた目で睨みつけてくるリサに何かを言おうとして、けれど言葉は出てこなくて。
スネイプが顔を歪めた。彼の中でどれほどの葛藤があるのかリサには分からない。分かるはずがない。けれど、それでも。
「自分に嘘はつかないで」
「…………」
「貴方は周りに嘘ばかりついてきたけど……だからって、自分にまで嘘をつく必要なんかない。これまではずっと貴方自身の為に正直に生きてきたのに、どうしてここにきて私の為に嘘なんかつくんですか?」
「…………分からないのか?」
漸く発したスネイプらしからぬ苦しげな囁きにリサは首を振る。
分からないはずがない。分かるに決まっている。それでも、聞きたいのだ。
「貴方の口から、ちゃんと聞きたいんです。貴方の気持ちを聞かせてください」
偽りなどいらない。取り繕う必要もない。そんな上辺だけの関係など、これっぽっちも望んでいない。
触れたままの手のひらでそっと頬を撫でると、奥歯を噛みしめてひたすら耐えるような表情をしていたスネイプはとうとう観念したように目を伏せた。
「…………君は、どうしようもない奴だ」
押し殺したような声に頷きを返すと、微かに震えた声が尚も言い募る。
「ここに、来るべきではなかった……!」
それにまた頷きを返して。
次の瞬間、伸びてきた手がリサの身体を掻き抱いた。
一瞬で真っ暗になった視界と身体を包む温もり。それを実感する間もなく、リサの目からは涙が溢れ出た。堰を切ったように泣き出し、杖を放り捨てて、望んだ相手にしがみついて。力いっぱい抱きしめると、応えるようにスネイプの腕に力が篭もる。
漸く。漸く会えた。
会いたかった。ずっと会いたかった。ずっと待っていた。
”彼”に。スネイプに会いたかった。
泣きじゃくるリサの声に紛れて、極々小さな声がリサの名前を呼んだ。
その存在を確かめるように、何度も。何度も。