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他の生徒達に比べると、ホグワーツの医務室に訪れる回数は多かった。
リサ自身は至って健康体だったが、何かと事件に巻き込まれては医務室に運び込まれるハリー達のおかげで常連と呼べるくらいに訪れていたように思う。癒者になる事を決めてからは、時間を見つけては医務室を訪れてポンフリーから教わっていた。
おそらく、全校生徒の中でリサほど医務室を訪れていた生徒はいなかっただろう。

ホグワーツを辞めた今でも二週間に一度のペースで訪れているのだから不思議だと思う。テーブルの上に広げた薬を一つ一つ確認していくポンフリーを眺めながらリサは笑みを漏らした。

「――はい、確かに。ごめんなさいね、急がせてしまって」
「気にしないで。それにしても、平和になった途端に事故が増えちゃうなんてね」
「平和になったのもあるでしょうけど、一番の理由は怖い先生がいなくなったからじゃないかしら」

苦笑するポンフリーにリサも曖昧に笑う。

「厳しかったからなぁ……」
「元気にしてるの?」
「え?」
「彼よ。貴方の所にいるんでしょう?」

一瞬何を言われたのか分からなかった。次の瞬間には何を言われたのか理解し、弾かれたように顔を上げポンフリーを見る。リストに書き込みをしていたポンフリーがこちらを見て微笑んだ。

「十五年も彼の作る薬を見てきたんだもの。分かるわ」
「――、」

何か言わなければと口を開くのに声が出てこない。何と言ったら良いのか分からない。誤魔化さなければ。違うと言わなければ――そう思うのにポンフリーの目を見てしまえばもう何も言えなかった。確信しているその目にたじろぎ、視線を彷徨わせ、リサはとうとう観念してテーブルに突っ伏した。ポンフリーの笑い声が降ってくる。

「ほら、ここよ。瓶の縁のところをいつも削ってくれているの。量を調節出来るようにしてくれてるのよ」
「あの……ポピー、その……」
「大丈夫よ、誰にも言ってないわ。友人達にも言ってないのでしょう?」

唸るリサにポンフリーが笑う。まさかと思ったのよ、なんて。そんなのリサだってそうだ。
薬を片付け終えると今度は紅茶の準備を始めながら、ポンフリーがリサをお茶に誘った。

「早く帰らないと駄目かしら?」
「ダメじゃないけど……いつから知ってたの?」
「最初は気付かなかったのよ。でも、二回目に持ってきた薬を使った時に瓶の縁に気付いたの。貴方が最初に持ってきた薬は何もなかったのに、次に持ってきた薬からはちゃんと削ってあったんだもの」

溜息しか出ない。何故わざわざ自分の正体をバラすような真似をするのか。まさかポンフリーに知られる為にそうしていたのだろうか? 分からない。それとも長年の癖で無意識にそうしてしまったのだろうか。――あぁ、もう!
くすくす笑うポンフリーを恨めしげに見て、項垂れて。リサは頭をぐちゃぐちゃに掻き回して紅茶を飲んだ。

「どうして彼と?」
「どうしてって、別に……屋敷に行ったら息を吹き返してて……」
「彼が望んだのね?」
「もう魔法界にいる理由がないってさ。見殺しにしてくれないのなら、誰にも見つからない所へ連れて行ってくれって」
「セブルスらしいわ」

微笑みながら紅茶を飲むポンフリーをリサはじっと見つめた。探るような視線に気付いたのだろう、優しく目を細めながらカップを戻したポンフリーは、沈黙の後に静かに口を開いた。

「私もね、彼には幸せになって欲しいのよ」

全てを知ってしまったからこそ、そう思うのだとポンフリーは微笑んだ。あぁ、何だ。口元を緩めながら思う――スネイプ先生、貴方、みんなに想われてるじゃないですか。
紅茶を飲み干して立ち上がり、リサは深く頭を下げた。

「内緒にしててくれて、ありがとうございます」
「また薬を作ってもらってるんだもの、お安いご用よ」
「理由がないなんて言ってたけど、結局こうして繋がってるんだもん。あの人バカだよ」
「願いを聞いてあげた貴方も大概ですよ」

くすくす笑うポンフリーに肩を竦め、リサは暖炉へ向かった。漏れ鍋へ飛び、そこを出て日本へ戻るのだ。
フルーパウダーを一掴みして暖炉に入ろうとすると、ポンフリーがリサを呼び止める。振り返ると相変わらず優しく微笑むポンフリーが楽しげに問いかけてきた。

「今、貴方は幸せ?」

思いがけない問いかけに虚を衝かれながらもリサは頷いた。幸せですよ。返したそれに、今度はポンフリーが目を丸くする。

「ポピー?」
「あぁ、いえ……まさか、そんなにあっさり頷くとは思わなかったから」
「あの人の作るご飯、すっごく美味しいんですよ。だから毎日幸せです」
「あぁ……何だ、そういう感じなのね」
「何が?」

尋ねてもポンフリーは微笑み首を振るだけ。

「彼もそうである事を願うわ」
「”幸せかどうかは別として、おそらく、今の我輩には君が必要だ”」
「そう言ったの? 彼が?」
「あの人、言葉足らずですよね。そう意味じゃないって慌てて叫んでたよ」

先日のやり取りを思い出して笑みを零せば、何かに気付いた様子のポンフリーも声を上げて笑った。

「ありがとう、リサ」
「え?」
「きっと、彼には誰かが傍にいないと……それが貴方で良かったと思うわ。心から」
「大袈裟だよ」

ポンフリーの言うとおりだとリサも思う。きっとスネイプには自分以外の誰かがいた方が良いのだ。たまたまそれがリサだっただけで、誰でも良かったのだろうと思う。

だが、リサは知っていた。きっとあの場面でスネイプの願いを聞き入れるような愚か者は自分くらいだ。例えばハリーだったらスネイプは自ら舌を噛み千切ってでも生命を絶とうとしていただろうし、ロンやハーマイオニーの場合、そもそも一人で屋敷へ向かったりしなかっただろう。

「また二週間後に持ってくるね」
「えぇ、ありがとう」

微笑むポンフリーに手を振ってリサは暖炉の中へ足を踏み入れた。

家の玄関を開けた途端、美味しそうな匂いが漂ってきた。匂いにつられてリビングへ向かえば、夕食の支度をしていたスネイプがキッチンから顔を出す。

「遅かったな」
「すっかり話し込んじゃった。ポピー、先生の事気付いてたよ」

一瞬ぴたりと動きを止めたスネイプは、けれどすぐに苦笑を浮かべた。「そうか」と呟く声には動揺の色がない。リサは呆れ顔で腕を組んだ。

「まさか、わざとだったんですか?」
「何の話だ?」

訝しむスネイプに、ポンフリーに教えてもらった瓶の縁の事を話してやる。話を聞いていたスネイプは「やはり気付かれてしまったか」と零しながらも、やはり悲観も落胆もしていないようだ。

「途中で気付いたが、既に何度も送った後だったからな」
「ポピーはすぐに貴方がいるって気付いたんですって。最初に私が作った時は削ってなかったのに、二度目からは削ってあったからって……貴方もそんなミスするんですね」
「十年以上も繰り返していれば、誰だってそうなる」

罰が悪い顔で漏らすスネイプに堪え切れず笑みが漏れた。
ポンフリーはリサで良かったと言ってくれた。リサ自身も、きっとそう思っているのだ。

「何だ」
「いいえ。ただ、貴方を見つけられて良かったなーと思って」

リサは難しい顔で黙り込むスネイプに歩み寄った。見下ろしてくるスネイプの黒い目を見つめていると、あの時ハリーの目をじっと見つめていたスネイプが蘇る。ハリーの母を愛し、彼女の為だけに生きて死のうとしていた頃のスネイプだ。

けれど、今は違う。
違っていて欲しいと思う。

「一緒に幸せになりましょうね」

一人だけでは意味が無い。
リサがスネイプの作る美味しいご飯を食べて幸せな気持ちになるように、スネイプにも幸せだと思う瞬間があって欲しい。
どちらか片方だけが幸せなんて寂しいではないか。二人で暮らしているのだから、二人が幸せにならなければ。

「あー、お腹減った。先生、今日の晩御飯は何ですかー?」

スネイプの脇をすり抜けてキッチンへ入ると、フライパンに鶏の照焼きが出来ている。早く食べろとばかりにリサのお腹が催促の音を鳴らした。手を洗い食器を取り出して準備を始めたリサは、キッチンの入口に立ち尽くすスネイプに気付いた。手のひらで顔を覆っている。

「先生? どうしたんですか?」
「…………何でもない」

ぶっきらぼうに答えたスネイプがむすっとした顔のままやって来る。

「君は、もう少し頭を使うべきだ」
「は? 何ですかいきなり……」
「全く……」

厄介な事この上ない。ぶつぶつ呟きながら皿に料理を盛っていくスネイプを見てリサは首を傾げた。意味が分からない。頭を使わなければならない場面など無かったではないか。ただ話をしていただけなのだから。

「よく分かんないけど……すみません……?」
「分かりもせずに謝るな。余計に苛々する」
「え、え? 私、先生を苛々させるような事言いました?」

いつ? どれで? 困惑するリサなどお構いなしに、茶碗にご飯をよそったスネイプが”さっさと運べ”と急かしてくる。よく分からないが、取り敢えず空腹を訴える腹の為にも食事を摂る事にしよう。
リサは急いで料理をテーブルへと運び始めた。