一年ぶりに訪れたホグワーツはすっかり元通りになっていた。
大広間は多くの魔法使いや魔女達で溢れ返っている。城の外にもテーブルが並べられ、そこには城に入ることの出来ない巨人のグロウプや、森からやって来たケンタウルス達が和気あいあいと食事を楽しんでいる。湖から顔を出した水中人に手を振れば笑顔で振り返された。
ハリー・ポッターがヴォルデモート卿を完全に滅ぼした日は終戦記念日と定められた。毎年その日にはホグワーツで盛大なパーティを開催する事になったのだと卒業を控えたハーマイオニーから連絡が来た。半月前の事だ。OWL試験やNEWT試験を六月に控えた五年生、七年生にとってもいい息抜きになる事だろう。
「リサも来れて良かったわ。クリスマス以来ね」
「出来れば、もう半月くらい前に教えてもらいたかったよ。バイト代わってくれる人探すの大変だったんだから」
「ごめんなさい。次からはそうするわ」
会いたかった。嬉しそうに笑ってくれるハーマイオニーにリサも笑みを返す。再会を喜んでくれる友人が出来た事がこんなにも嬉しい。
空いていた席に適当に腰を下ろし、リサはハーマイオニーから魔法界の近況を聞いた。イギリス国内を重点的にスネイプ捜索をしている事、死喰い人の残党の殆どは逮捕する事が出来たが、数人が逃げたままである事。戦いを放棄したマルフォイ家はいくつかの権利を剥奪されたものの、逮捕はされなかったという事も聞いた。
「まだ暫くは監視の目がつくんですって。死喰い人の残党が接触してくる可能性もあるから、その時はすぐに連絡をする事が義務付けられてるわ」
「そっか……」
マルフォイ家は逮捕されなかった。それならばスネイプはどうなるのだろう?
死喰い人としてあちら側へ行ったのはダンブルドアの計画だったし、ダンブルドアの死でさえ彼の計画だ。スネイプが望んだ事ではない。ジョージの片耳を削ぎ落としてしまったのは確かにスネイプだが、故意にやった事ではなかったとスネイプの記憶を見たハリーが言っていた。
逮捕されずに済むのかもしれない――そう考えると少しばかり安心したが、それでもきっとスネイプにも監視の目が付く事になるのだろう。行動を制約される事になるのかもしれない。取り調べを受け、ダンブルドアの立てた計画を全て語る事になるのだろうか。もしそうなったら、何故そのような危険な任務を引き受けたのかも話さなければならなくなるのだろう。
愛した人の為――そんな事、あのセブルス・スネイプが素直に口にするとは到底思えない。スネイプは間違いなく口を閉ざすだろうし、そうなればスネイプは解放されないままになるであろう事は容易に推測できた。
見つかるわけにはいかない。捕まるわけにはいかない。
スネイプが口を閉ざすと分かっているからこそ、絶対に。彼の自由の為には見つかってはならないのだ。
「リサはどう? 何か変わった事はあった?」
突然尋ねられ、リサは一瞬答えに詰まった。どうしたのと首を傾げるハーマイオニーに、何でもないと慌てて首を振る。
「特に何もないよ。バイトしたり、ハーマイオニーが送ってくれたノートで勉強したり」
「勉強してたの? 貴方が?」
「その為に送ってくれたんじゃなかったの?」
心底驚いた様子のハーマイオニーに顔を顰めてみせれば、ハーマイオニーがくすくす笑い出す。
「半分はもちろんそうよ。でも、もう半分は私達を置いて日本へ帰ってしまった貴方への嫌がらせ」
「嫌がらせにしては頑張り過ぎじゃない? ノートをコピーするのだって大変だったでしょ」
「復習しながら写していたもの。私にとってもいい勉強になったわ。良かった、貴方が使ってくれて」
「複雑だなぁ……でもありがとう。嬉しかった」
魔法薬学の勉強の為にダイアゴン横丁で材料を買い集めた事を話せば、ハーマイオニーはまた驚いた顔をした。
「大丈夫なの?」
「驚いた事にね。結構いい感じの出来なんだよ」
「まぁ! それじゃ、マダム・ポンフリーの所に行ってみたら? ほら、スネイプ先生がいなくなってしまったでしょう? 医務室の薬を作る人がいなくて困ってるのよ。今はスラグホーン先生が作ってくれてるんだけど、全学年の授業も受け持っているから大変みたいで……研究所の誰かに頼むって話も出てるみたいなんだけど、あそこにいる人達って自分の研究の邪魔をされるのを嫌がるらしくてね。中々見つからないんですって」
良いことを聞いた。リサはハーマイオニーと共にマクゴナガルと難しい顔で話をしているポンフリーの元へ向かった。まさに今、二人は医務室の薬を作ってくれる人について話していた。
「マクゴナガル先生、マダム・ポンフリー。リサに頼むのはいかがですか?」
「Miss.桜井に? ですが、貴方は魔法界から離れて暮らしていると聞きましたよ。それに学生時代の貴方の成績は……」
「この一年間も日本で勉強してたんです。スラグホーン先生のように完璧に作れるかどうかは分かりませんが、そこそこ上手く作れると思います」
ここぞとばかりに売り込めばマクゴナガルとポンフリーが顔を見合わせる。
「――いいでしょう。ですが、貴方の作る薬を見てからです。リストを渡すので作ってきて頂けますか? このリストの薬を作れる事が最低条件です」
期限は一週間。差し出されたリストを受け取りリサは力強く頷いた。
「材料はスラグホーン先生にもらってください。こちらから話をつけておきます」
「分かりました。ありがとうございます!」
家に帰ったらリストをスネイプに渡して作ってもらおう。断られたら教えてもらいながらリサが作ればいい。
けれど、リサはスネイプが断らないと確信していた。リサが働いた金で生活している事に関して、スネイプが何とも思っていないわけがないからだ。贅沢をしないのも、リサに寛容なのも、全てリサに対する負い目によるものだ。そんなの自由とは程遠い。
少しでも安らいで欲しい。自由になって欲しい。
義務でも何でもなかった。リサはただ、スネイプに幸せになって欲しかった。
帰宅したリサはすぐさまスネイプにリストを渡して話を聞かせた。予想通りスネイプは一も二もなく承諾した。
「だが、最初に渡す薬だけは君が作りたまえ。最初から完璧なものを渡しては怪しまれる」
「私が完璧に作ると怪しまれるんですか」
「五年間、君の作る薬を見てきた我輩が言うのだ。間違いない」
「この一年でだいぶ上達したと思ったんだけどなぁ……」
唇を尖らせながら準備を始めるリサの隣で、スネイプが口煩く指示を出してくる。もっと丁寧に扱え、茎ではなく根元を持つのだ――いやに張り切っているスネイプにこっそり笑みを零せば「笑ってないでさっさとやれ」と叱られた。
出来上がった薬はスネイプのおかげもあり、ほぼ完璧なものとなった。ポンフリーもマクゴナガルも驚いていたが、これならば申し分ないと承諾してくれた。
「やりましたよ先生!」
「そうでなくては困る。我輩がつきっきりで教えたのだから」
提供された材料を渡すとスネイプはいそいそと調合の準備を始めた。煮立つ鍋の前に立つスネイプの後ろ姿が嬉しそうに見えるのは気の所為ではないだろう。魔法界にいる理由が無いなんて言っていたけれど、結局スネイプは魔法使いなのだ。魔法から離れる事など出来やしないし、十五年も魔法薬教授として魔法薬と関わってきたのだから、魔法薬と無縁の生活なんて送れるはずがなかったのだ。
リサに勉強を勧めたのは、リサの為ではなく魔法に関わりたいスネイプ自身の為であったように思える。否定する事は目に見えているので口にする事はしない。思うだけなら自由だ。
「ねぇ、先生」
「何だ」
手を止めないままスネイプが返事をする。機械的な声に、今は話が出来る状態ではないのだと察してリサは「後でいいです」と答え部屋を出た。忙しいのならそう言えば良いのに。律儀に返事をするスネイプが何だかおかしくて、少しだけ可愛いとすら思えてしまうから慣れというものは怖いと思う。
「お祝いしませんか」
一段落ついたスネイプに麦茶を渡しながら言えば、見るからに嫌そうな顔をしたスネイプが「何だそれは」と苦い声を出す。
「魔法界が平和になったお祝いです。それから、貴方が自由になったお祝いも」
「…………そんなものは要らん」
「今すぐじゃなくて良いんですよ。いつか……また、桜を眺めながら乾杯しましょうね」
返事はなかったがリサは気にならなかった。今すぐに答えがもらえるとも思っていなかったからだ。
「約束ですよ」
やはり答えはなく、背を向けたスネイプが無言のまま麦茶を飲み干した。