リサは奇妙な色をした液体をじっと睨みつけていた。
この液体がとんでもなく不味いという事は嫌というほど知っている。出来るなら二度と飲みたくないが、それでも飲まなければ。
リサは意を決してポリジュース薬を半分ほど口に含んだ。
手順が合っていたのかは分からないが、とにかく血は完全に止まった。処置を始めて数分後の事だった。傷口はほんの少しだが塞がったようにも見える。魔法生物による傷は治りが遅いとポンフリーから教えてもらった事があるが、リサの記憶が確かであれば止血さえ出来ればあとは問題ないはずだ。傷口を清潔に保ち、丹念に薬を塗っていくだけだ。造血薬も効いてきたらしく、青白かった顔色もだいぶマシになっている。
次にすべき事はスネイプを隠す場所を探す事だ。リサがすべき事は、安全で誰にも見つからない場所でスネイプを休ませることである。長い時間はかけられない。リサ自身も城へ戻らなければ、スネイプが消えたと知れた際に疑われてしまう。
それに、もし今この瞬間に誰かが叫びの屋敷へ行ったとしたら――? リサは一刻も早くスネイプを隠さなければならなかった。
ロンドンの大通りで手に入れた中年男性の毛髪により、リサの姿はどこからどう見ても魔女ではない。念の為にロンドンから遠く離れた場所へ移動してから宿を取り、漸くスネイプを安全に寝かせられる場所を手に入れた。
それからは早かった。急いでホグワーツへ戻り、今度はスネイプと共に宿屋の部屋の中へ直接姿現しをする。ベッドに横たえたスネイプに異常がないことを確認し、また城へ戻る――生命をかけた戦いよりも遥かに疲れたとさえ思った。
大広間ではまだ宴会が続いていた。疲れきって壁に凭れて眠る人たちもいたし、テーブルに突っ伏して眠る小鬼もいた。リサが大広間に入って行くとすぐにハーマイオニーがやって来た。
「リサ! どこに行ってたの?」
「あ、あぁ……城の中を回ってたんだ。落ち着かなくて……何か、まだ信じられなくて……」
「本当ね……でも終わったわ。本当よ。貴方も何か食べたら?」
頷いてローストポテトへ手を伸ばす。行儀悪いわよと顔を顰めたハーマイオニーがフォークを取ってくれた。
椅子に座った途端どっと疲れが湧いてきたように思える。重くなる瞼と戦いながらフィッシュパイを食べていたが、頭がぐらぐらと舟を漕いできた所で抵抗を諦めた。
「まぁ、ここで寝る気?」
ハーマイオニーの呆れた声を聞きながら、リサはテーブルに突っ伏した。
スネイプは大丈夫だろうか。何も問題は起きていないだろうか。誰か叫びの屋敷に行ったのだろうか。スネイプが消えた事が知れたら、どれだけの騒ぎになるだろうか――心配事は多々あるが、リサはそれらから逃げ出すように意識を手放した。
目が覚めた時、広間は大騒ぎだった。何があったのかと近くにいたネビルに尋ねれば、叫びの屋敷で死んでいたはずのスネイプが姿を消したのだと言う。ぎくりと身を強ばらせたリサに気付かないままネビルが言った。
「いなくなっちゃったんだ! 生きてたのかな……でも、ハリー達が確かに死んだはずだって……リサも見たんだろう?」
「うん……うん、死んだはずだよ……」
気持ちを落ち着かせる為に水を飲み干し、立ち上がったリサはハリー達の元へ向かった。ハリーの傍にはロンとハーマイオニーの姿があった。暫定的に魔法省大臣となったキングズリーや、ホグワーツ校長となったマクゴナガル達も一緒だ。
「ハリー」
「リサ! 起きたんだ、大丈夫?」
「私は平気……ね、どうしたの? スネイプが消えたってネビルが……」
「そうなんだ……いつの間にかいなくなってたんだ。誰がスネイプを連れて行ったんだろう……それとも、もしかして息を吹き返したのかな……」
思わず息を呑んだリサに、驚いたと勘違いしたハリーが神妙に頷く。
「もしそうだとしたら、スネイプが自分でいなくなったのかもしれない……今、キングズリーさんが探させてくれてるんだけど……」
「……見つかる、かな」
「分からない……でも……でも、生きてるんだとしたら……僕は、あの人と話したい事が山ほどあるんだ……見つかってくれると良いんだけど……」
スネイプを探すと言ったハリー達に付き合って構内を探してみたけれど、当然ながらスネイプの姿はどこにも見つからなかった。けれど、それでハリーが諦めないという事はリサも分かっていた。大丈夫、見つからないはずだ。どくどくと煩い心臓の音に不安を掻き立てられながら、リサはキングズリーが魔法省でスネイプの捜索を続けるとハリーに話しているのをじっと見つめていた。
宴会が終わる頃、ロンがハリー、ハーマイオニー、リサの三人に言った。
「家においでよ。これからの事は明日考えれば良いだろう?」
ハリーもハーマイオニーもすぐに頷いたが、リサはそうするわけにはいかない。何せスネイプが待っているのだ。出来る限り早く別の場所へ移した方が良いだろう。
「リサは? リサも来るだろう?」
「私は日本に帰るよ」
「何だって?」
ロンだけでなくハリーもハーマイオニーも驚いてリサを凝視する。苦い笑みを作ってみせるが三人は納得しなかった。
「だって、君もパパとママの記憶を消しちゃったんだろう?」
「うん……でも家は残ってるの。近所にはパパとママが旅行に行ってるって事にしてるから、取り敢えず家に帰るよ。それで、二人を探してまた一緒に暮らすわ」
「でも……今日くらいは良いんじゃない? せっかく全部終わったんだし……」
「全部終わったからだよ。自分の家でゆっくり休みたいの――ごめんね、ロンの家は楽しいけど、やっぱり気を遣っちゃうからさ」
それに。言葉を切ってハリーとロンに歩み寄る。
二人の肩に腕を回して引き寄せると、リサはハーマイオニーに聞こえないようにそっと囁いた。
「ハリーはジニーの部屋に泊まるし、ハーマイオニーはロンの部屋に泊まるんでしょう? 私にどこで寝ろって言うの?」
沈黙。仲間はずれにされたハーマイオニーが顰め面で「何なの?」と言うのが聞こえた。
「な、何言ってるんだよ!」
最初に声を荒らげたのはハリーだった。リサの手を撥ね退けてそっぽを向くハリーの耳が真っ赤に染まっている。黙り込んだままのロンを見れば、その髪と同じくらい顔を赤くして俯いていた。そんな二人にリサが声を上げて笑い、ハーマイオニーが益々顔を顰める。
「まぁ、そんなわけで私は家に帰るよ。すごく疲れちゃった……パパとママを探して、これからの事はゆっくり考えるよ。暫くは魔法界から離れて暮らしたいんだ」
「リサ……また会えるわよね?」
「もちろん。会ってくれるでしょう?」
「当たり前よ! じゃあ……じゃあ、また絶対会いましょうね。手紙も書いて良いでしょう? もしふくろう便が嫌ならちゃんとエアメールを送るわ。だから……」
「ふくろう便でいいよ。ありがとう、ハーマイオニー――じゃあ、行くね」
三人から一歩遠ざかる。手を振ろうとするとハーマイオニーが抱きついてきた。驚く間もなくハリーとロンも続く。
「ありがとう……本当に、ありがとう……リサも、ロンも、ハーマイオニーも……君達がずっと一緒にいてくれたから、僕は頑張ってこれた……君達のおかげだ、全部……」
「一年の頃から大変だったね」
「本当よ。私達、いっぱい危険な目に遭ったわ」
「でも、今こうして生きていられるのは君達のおかげだ……僕らは生きなきゃ。フレッド達の分まで……」
鼻を啜るロンの背中をリサが撫で、ハリーが肩を叩き、ハーマイオニーが頬を寄せる。
大丈夫だ。ロンは強いから乗り越えられる。生きていける。ハリーも、ハーマイオニーも。
脳裏にベッドで眠るスネイプの姿が浮かんだ。助けなければ。絶対に、生きてもらうのだ。スネイプが生きていく為に、自分に出来る限りの事をしなければならない。スネイプを見つけ、願いを聞き入れたリサの義務だ。
「また会おうね」
リサは三人に手を振ってホグワーツを去って行った。