15


アルバス・ダンブルドアを殺した。

それが、ダンブルドアとの約束だった。ダンブルドアを殺した私は死喰い人として、帝王の傍にあり続けた。彼女の元に帰れる日がすっかり減っていた。

彼女の面倒はナルシッサ・マルフォイが見てくれていた。ナルシッサとルシウスの息子であるドラコを護ると誓ったその時に、ナルシッサに誓わせたのだ。

【私が家に帰れない時、私の代わりに君自身が――ルーシーの世話をしてくれると誓うか?】

ナルシッサは勿論、【破れぬ誓い】の仲介人となったベラトリックス・レストレンジも驚いていた。グダグダと馬鹿にする言葉を頂戴したが、構わなかった。私はただ、彼女が生きていてくれれば良かったのだ。

【――誓います】

その誓いに則り、ナルシッサは私の家に住み込んで彼女の面倒を見てくれている。勿論、帰宅出来る時はしたし、その時はナルシッサにも自宅に帰るように言った。

「セブルス・・・彼女は――貴方の奥方は・・シリウス・ブラックの娘なの?」

何処から漏れた情報かは分からないが、おそらくワームテールだろう。

「いかにも、父親は君の従弟であるシリウス・ブラックだ。だが、彼女はブラックを嫌っている。それが何か?」
「・・・いえ・・何でもないのよ、ごめんなさい」

自分と同級生の娘と結婚した私を愚かだと思っていたのだろう。どうだって良いのだ、そんな事。

ただ、ルーシーという存在がいてくれれば、それで良かった。

まるで呪いのように、私は彼女を愛する事を止められずにいた。想いは強くなるばかりで、半日も彼女と会えずにいると苦しくて堪らない。


これ程までに、誰かを愛せる日が来るとは思わなかった。




ホグワーツの校長となってから、彼女を校長室に移した。勿論、ミネルバ達には言わなかった。何度か彼女の事を聞かれたが、答える事はしなかった。

「ルーシー・・・」

彼女は、眠る事が多くなっていた。いつか、そのまま瞳を覚まさなくなるのではないかと心配でならなかった。校長として、ホグワーツの生徒達を護りながら、ポッター達の同行にも瞳を光らせる。帝王からの命令だってある。
神経を擦り減らすばかりの毎日で、私の唯一の安らぎは彼女だった。

「ルーシー、大丈夫か?」

睫を震わせ、彼女がゆっくりと瞳を開ける。彼女の瞳が見れた事に安堵し、額にキスを落とす。
それが、ここ数ヶ月の日課となっていた。

「おか、り・・なさ・・・」
「あぁ・・・具合はどうだ?」
「・・ん・・・・だ、じょぶ・・」

こうして私以外と接触しなくなってからの彼女は、以前より安らいだ表情をしていた。彼女を苦しめる人間も、出来事も無い。

彼女にとっての、安らぎ
私にとっての、安らぎ
この小さな寝室だけが、私達にとっての聖域だった。

何とも滑稽な話だ。魔法界は帝王が支配し、誰もが幸せとは言い難いというのに。それなのに、私はこんなにも幸せを感じている。


彼女がいてくれる、それだけで


私はこんなにも、満たされているのだ




ポッターが城に乗り込んで来たと、ホグワーツで教鞭を取る死喰い人から連絡が入った。

「・・・ルーシー・・私は行かなければ・・・・・」

不安そうに見上げてくる瞳の中に見えた私の顔は、彼女にそんな顔をさせるには十分過ぎる酷い顔をしていた。

「・・・・・せ、んせ・・」
「・・・・・・どんなに時間がかかっても・・必ず戻って来る」

【私の居場所はここだ】

キスを落としながら囁くと、ほんの少しだけ彼女が微笑んだ。

「きを、つけ、ね・・・」

彼女にもう1度キスを落とし、私は幸せな空間を後にした。廊下でミネルバと戦い、窓から飛び降りて身を隠した。校長室にはまだ、帰れない。他の死喰い人達と合流し、帝王の指示を待った。

「セブルス」

呼ばれて振り返ると、ルシウスがいた。

「あの方がお呼びだ」
「――分かった」

何となく――危険を、察知した。帝王に呼ばれて叫びの屋敷へ向かった私は、どんどん雲行きが怪しくなってゆく帝王の話を聞きながら、どうやってポッターに知らせようか考えていた。帝王の傍にいるナギニには保護魔法が掛かっている。どうにかしなければならないのだ。けれど、どうしたら良いのか分からなかった。帝王は、自分の使う杖が悉く思い通りに作用しないと言った。

「セブルス。俺様は3本目の杖を求めたのだ。ニワトコの杖、宿命の杖、死の杖だ。前の持ち主から、俺様はそれを奪った。アルバス・ダンブルドアの墓からそれを奪ったのだ。
「我が君――小僧を探しに行かせてください――」

何としても、ポッターに伝えなければならない

「この長い夜、俺様が間もなく勝利しようという今夜、俺様はここに座り――考えに考え抜いた。何故このニワトコの杖は、あるべき本来の杖になる事を拒むのか、何故伝説通りに、正当な所有者に対して行うべき技を行わないのか・・・そして、俺様はどうやら答えを得た」

それは、その答えは――

脳裏に浮かんだのは、愛しい少女の心配そうな表情だった。


【気を付けてね】


もう言葉も満足に発せない彼女。今、彼女はどんな想いであの部屋にいるのだろうか。

「おそらくお前は、既に答えを知っておろう?何しろ、セブルス、お前は賢い男だ。お前は忠実な良き僕であった。これからせねばならぬ事を残念に思う」
「我が君――」
「ニワトコの杖が、俺様にまともに仕える事が出来ぬは、セブルス。俺様がその真の持ち主では無いからだ。ニワトコの杖は、最後の持ち主を殺した魔法使いに所属する。お前がアルバス・ダンブルドアを殺した。お前が生きている限り、セブルス。ニワトコの杖は真に俺様の者になる事は出来ぬ」
「我が君!」

思わず杖を構えた。まだ、やるべき事を成し遂げてない。
彼女の元に、帰ると約束したのだ。

「これ以外に道は無い。セブルス、俺様はこの杖の主人にならねばならぬ。杖を制するのだ。さすれば、俺様はついにポッターを制する」

帝王が杖で空を切った。一瞬、何も起こらなかったように思えた。だが、次の瞬間、私の身体は大蛇の入る檻の中に閉じ込められていた。

「――さらばだ、セブルス」

脳裏に、彼女の笑顔が浮かんだ。

「先生・・!!」

耳に届いたその声と、瞳に入ったその姿は――

「先生・・先生・・・!」

扉を破って入って来た彼女は、パジャマ姿だった。ずっとベッドから起きる事が出来なかったので、彼女のベッドの周りには彼女用の履物は置いてなかった。その所為だろう、彼女は裸足だった。校長室からこの屋敷に来るのに、少なくとも校庭を横切らなければならない。擦り切れ、血まみれになった足は、とても痛々しかった。

「ルーシー・・・何故・・」
「だっ・・せ、んせ、が・・・っ、」

突然咳き込んだ彼女。私のいる檻のすぐ傍までやって来て、崩れ落ちた。何度も何度も咳き込み、血を吐く。

「ルーシー・・!!しっかりしろ!ルーシー・・!!」

帝王が高らかに笑った。

「自分の心配をした方が良いぞ、セブルス。その分では、その女も長くあるまい?良かったではないか、愛する者が死に逝く姿を見ずに死ねるのだから――」

ふざけるな、と叫ぶ余裕すらなかった。ただ、彼女の名を呼んだ。

苦しそうに咳き込む彼女。
ベッドから起き上がる事すら出来なかった彼女。
吐いた血を拭う事すら出来なかった彼女。

どんな無茶をしてここまでやって来たのか・・・

それ程までに、想ってくれていたのだという事が私に彼女の名を叫ばせ続けた。


【――殺せ】


帝王の口からシューシューと音が漏れた。次の瞬間、首筋から肩にかけて鋭い痛みと灼け付くような熱さが襲った。一気に視界がぼやけ、全身から力が抜けた。

「先生!!!」

咳き込みながら彼女が私を呼ぶ。帝王が杖を振り、檻と大蛇を私から離して屋敷を出て行った。もう、用済みだと言うかのように。

「先生!!せ――っ、ごほ・・っ、ごほっ・・、せん、せ・・!!」

苦しそうに咳き込みながら、彼女が叫ぶ。床の上を這って私の元に近寄る。その時、物音が耳に届いた。視線だけで探ると、ポッターがやって来たのが見えた。
言わなければ。そう思うのに、声は出なかった。代わりに、彼女と同じように大量の血が溢れ出た。口内が血の味に染まる。
ポッターが私のすぐ傍に屈み込んだ。ローブの胸元を掴んで引き寄せ、必死に声を絞り出した。

「これを・・・・取れ・・・これを・・・・っ、」

それ以外に方法は見つからなかった。記憶を絞り出してポッターに預けた。グレンジャーが用意したフラスコにそれを汲み取ったポッターが私と彼女とを交互に見遣る。

「・・・・い、け・・」

まだ、やる事があるはずだ。そう瞳で訴えると、ポッターはウィーズリー、グレンジャーと共に去って行った。

必要な事は伝えた。
私の役目は、終わりだ。

「――ルーシー・・・」

声を絞り出すと、私の傍にうつ伏せに倒れていた彼女がピクリと反応した。やはり、相当の無理をしていたらしい。とても苦しそうで、痛々しかった。

「せん、せぇ・・・」
「・・・すまな、い・・むりを・・させたな・・・・・」

最後の力を振り絞って彼女を抱き寄せる。彼女の頭の重みを左肩に感じた。

「ともに・・・生きて、やりたかっ・・」
「・・・・・わた、し・・・しあわ、でし、よ・・・」

そう言って、彼女は少しだけ笑った。顔は見えなかったが、笑っているのだと分かった。不思議と、痛みが消えていた。全ての感覚が麻痺し、ただ、彼女の重みと温かさを感じていた。

彼女と、私だけの時間
彼女と、私だけの空間

「・・・・これ、を・・」

動かなくなりつつある手でローブのポケットを探る。取り出したのは、小瓶だった。彼女の手に渡すと、彼女が首を傾げたのが分かった。

「これ・・?」
「・・・君が・・のぞ、むのなら・・・・・」

いつ、死んでもおかしくなかった。
約束を、したから。
だから、いつでも逝かせられるように――

「・・・・・・せん、せぇ・・」
「・・どう、やら・・・」

私は、ここで死んでしまうから
彼女よりも早く、死んでしまうだろうから

だから――

「ルーシー・・・きみ、が・・のぞむ、のなら・・」

私が死ぬ前に、君を――

彼女は、ほんの少しだけ笑った。顔は見えないはずなのに、彼女が嬉しそうに笑ったのが分かってしまった。

「せんせ、も・・い、しょに・・・?」
「――あぁ・・・」

共に、逝こう
この世でも、あの世でも
向かった先が地獄だとしても――

「きみと・・・ともに・・・・・」
「・・・うん・・うん・・・・」

ありがとう、と

そう呟いて、彼女は少しだけ身を起こした。ゆっくりとした動作で小瓶の蓋を開け、呷った。コクン、と嚥下したのが喉の動きで分かった。

「・・・・・・なん、か・・・ねむい、です・・」
「・・あぁ・・・」

苦しまずに、逝ける薬だから
いつも咳き込んで苦しんでいた君が、少しでも楽に逝けるように
そう願いを篭めて作った薬だから――

「・・・・・・・・・ず、と・・」
「ん・・?」

意識が遠くなっていくのを感じた。けれど、最期のその瞬間まで、彼女を感じていたかった。

「こた、え・・い、てなか・・・・」
「・・こたえ・・・?」

【世界は哀に満ちている】

彼女がそう言った言葉

【先生は、どう思います?先生なら――どんな漢字を?】

「わた、しは・・・【逢】、だと・・・・・・おも、た」
「【逢】・・・・」

人は生きて、沢山の人間と出逢う

哀しいと思う感情は、【誰か】がいなければ起こらない

人は独りではない

それは、出逢いがあるからだ

沢山の出逢いがあり、そこから、【愛】や【哀】、【相】が生まれる


全ては、【逢】があるから――


「わたし、は・・・きみに、逢えて・・・・ルーシー・・・・よか、たと・・おもう・・・」


心から、愛する事を教えてくれた


大切に想う心を教えてくれた


助けたいと――護りたいと想わせてくれた


「あい、してる・・・」


彼女の細い手が私の手に重なった。指を絡め、しっかりと手を繋ぐ。肩口が濡れていくのが分かった。


「わたし、も・・・せんせ、に・・逢えて・・・・よかっ・・」


【愛してます】


そう囁き、彼女の手から力が抜けた。スルリと離れてゆく手を掴み、再び指を絡めた。
彼女の身体が少しずつ冷たくなってゆくのを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じた。


「・・・・ルーシー・・」


【愛してる】


そう呟いて、私はゆっくりと意識を手放した。



もし、叶うのなら――



生まれ変われる事が出来たなら――



ルーシー



私はまた、君を愛したい



君と、共に生きたい




【大好きです】




そう言って、笑って欲しい




【愛してる】




そう言って、笑いたい




ルーシー




君に出逢えて、良かった