6月に入り、ポッター達のOWL試験が開始した。【天文学】の実技試験が行われている最中、学校改革を続けていたアンブリッジが魔法省から数人の役人を引き連れてハグリッドの元へ向かった。特に罪状もないまま、連行しようと目論んだようだ。
私と彼女は医務室にいた。丁度薬を飲み終えた所だった。
「あら・・?――まぁ・・!!何て事を・・・!!」
校庭が騒がしい、と窓から外を覗いたポッピーが突然叫んだ。私と彼女が窓の外を見ると、ハグリッドが魔法省の役人達と戦っている所だった。城の玄関から誰かが駆けて行く。
「マクゴナガル先生!!」
叫び、彼女が医務室を出て行った。
「ルーシー!!」
私は慌てて後を追おうとした。
「セブルス!」
呼び止められて振り返ると、ポッピーが小さな小瓶を私に渡した。
「ちゃんと飲ませるんですよ!あんな状態で走ったら危ないわ!」
「分かってる!」
叫び、私は彼女の後を追った。玄関を出てハグリッドの小屋へ向かうと、今にもアンブリッジ達に攻撃しそうな彼女の姿を見つけた。役人達は既に彼女に狙いを定めていた。
「――ステューピファイ!!(麻痺せよ!!)」
紅い閃光が彼女に当たり、崩れ落ちてゆく。
私は、彼女を攻撃してしまったのだ
この歳になって、初めて――涙がこみ上げた。
「ありがとう、Mr.スネイプ」
アンブリッジの甘ったるい苛々する言葉を適当にかわし、彼女を抱き上げて私は医務室へと戻った。
「・・・・・・・ごめん、なさい・・・」
瞳を覚ました彼女の第一声はそれだった。
「ごめん・・ごめんね、先生・・・・・」
【傷付けて、ごめんね】
「・・・攻撃したのは私だ・・」
「ごめん、なさい・・・泣かないで・・・・・」
そんなに酷い顔をしているのだろうか?
「・・・・・・・・すまない、ルーシー・・」
強く抱きしめると、彼女も躊躇いがちに応えてくれた。
この手を、放したくないのだ
それから2日後、彼女は私の部屋のソファで膝を抱えていた。理由は分かっていた。
シリウス・ブラックが死んだのだ
彼女の最後の肉親が、死んでしまったのだ
「・・・・・・・・・・あの男、死んだんだって」
「・・・あぁ・・先程、ダンブルドアから聞いた」
痛いくらいの沈黙が続き、やがて、彼女は突然狂ったように笑い出した。
「良い気味だわ!あんな奴・・死んで当然よ!!」
けれど、彼女の瞳からは涙が流れていた。大嫌いだ、死んで清々すると叫びながら、狂ったように嗤いながら、彼女は泣き続けた。
何も言えなかった。何も、言わない方が良いと思った。
彼女の気が済むまで、彼女の好きなように弔わせてやるべきだと思った。
彼女なりの、哀悼を――
ただ、その彼女を見つめ続ける事は、苦痛でしかなかった。
卒業した彼女は、私の家に来る事になった。もう学校は無い。誰にも縛られず、私の家にいられる事が嬉しいと彼女は笑った。
彼女は益々衰弱していた。言葉を紡ぐのも一苦労で、ベッドから起き上がる事も出来なかった。
ただ、私の帰りを待つ事しか出来ない彼女。
咳き込んで血を吐いても、傍にいてやれない時は拭ってやれない。彼女の元に帰った時には、血がこびり付いていた事も少なくなかった。
帝王の命令でワームテール――ピーター・ペティグリューが私の家に住む事になったが、決して彼女には近寄らせなかった。許さなかった。
私が調合する薬を飲んで何とか生きている彼女は、とても弱々しい生き物だった。私が調合を止めれば、彼女はあっという間に死んでしまう。
彼女の生命を、私が好きに出来るのだ。
酷く甘美で、酷く苦しい状態だった。
「ごめ、なさ・・・」
「謝る必要など無い・・謝るべきは私の方だ・・・すまない、ルーシー・・傍にいてやれなくて・・・・」
本当は、何よりも大切なのに
全てを捨てても、彼女を選んでやりたいのに
「ね、せんせ・・・」
「何だ?」
「・・・・・わたし、ね・・しぬ、ときは・・・・・せんせ、に・・してほしい・・・」
「っ、」
こみ上がる涙を飲み込み、瞳を閉じた。唇を噛み締め、何か言いそうになるのを堪えた。
聞きたく、なかった
ずっと考えずにいたのに
考えてしまう自分を必死に諫めたのに
けれど、もし――
もし、彼女が死んでしまうのなら、その時は・・・・
「せんせ、が・・いい・・・・あの、おんな、じゃなくて・・・・」
レイアの呪いで死んでゆく彼女
許さない
そんな事、許さない
他の誰にも、彼女は渡さない
「・・・・・・分かった」
「やく、そく・・?」
「あぁ、約束だ」
彼女の小指に自分の小指を絡めた。こんな子供染みた事をしてしまうなど、思いも寄らなかった。
「お前が・・・・・お前が逝く時は・・・・・・私が殺す時だ。他の誰にも殺させない・・・レイアには殺させない。――私がお前を殺してやる」
彼女が笑った
嬉しそうに、笑った
つられて、私も微笑んだ
きっと、今にも泣きそうな情けない顔をしているのだろう
「・・・・・・・・愛してる、ルーシー・・・」
「・・たし、も・・・・」
そっと唇を重ね、私は囁いた。
「ルーシーだけを・・愛してる・・・永遠に――ルーシーだけだ」
「せん、せ・・・」
翌日、私は魔法省で1枚の書類をもらってきた。それを見せた時、彼女は驚いたがとても嬉しそうに笑ってくれた。
「いい、の・・?」
「ルーシーが良い」
何とか杖を握らせると、ルーシーはゆっくりと杖を振った。再びベッドに横たわらせ、私はその書類を持って魔法省へと向かった。
「確かに承りました。おめでとうございます」
受付の愛想の良い魔女の笑顔に小さく頷いて魔法省を後にした私は、ダイアゴン横丁で小さな宝石店に入った。
「こちらでよろしいですか?」
「あぁ」
「畏まりました」
小さな箱に入れられ、綺麗に包まれていくそれを見つめながら、ほんの少しだけ口端を上げた。
彼女は、どんな顔をするだろう?
家に戻って彼女にその包みを渡すと、彼女は楽しそうに笑った。相変わらず体調は悪いままだったが、幸せそうに微笑んでくれた。
「せんせ、はや、よ・・」
「そうだな・・私も驚いた」
動けない彼女の代わりに包みを開き、中から出て来た小さな指輪を取り出して彼女の左手の薬指に嵌めた。
「ぴ、たり・・?」
「私が間違える訳がないだろう?」
「せん、せのは・・?」
「店で付けてきた」
左手を見せると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。サイズ違いの指輪。
夫婦である、証
彼女が幸せそうに笑ってくれて、とても嬉しく想った
「愛してる、ルーシー・・」
「わた、しも・・・」
唇を寄せ、囁いた。
「ルーシー、君だけを――」
「――愛して、ます」
微笑み、唇を重ねた。
この瞬間が永遠になって欲しい、と思ったのは初めてだった