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8月に入り、ポッターが本部へやって来た。本部での会議を終わるとすぐ、ルーピンが私に言った。

「セブルス、ルーシーの様子はどうだい?」

顔を合わせる度にしつこく聞いてくるルーピン。それが誰の代わりなのかは、チラチラと鬱陶しい視線が教えてくれた。

「――呼んで来い」
「え?」
「我輩が来いと言っている、と言えば下りて来るだろう」

瞳を見開いたルーピンが、小さく礼を言って厨房を出て行った。数分後、ルーピンに連れられて彼女が入って来た。私の姿を見つけるとすぐに私の元にやって来て言った。

「・・・何ですか」
「煩い奴らが君の生存確認をしたいと言っただけだ」
「・・・・・・そう、ですか」
「用は済んだ。部屋に戻りたいのなら戻るが?」

彼女が答えようとした時、厨房の扉が開いてポッター達が入って来た。

「――行くぞ」
「・・はい」

小さく頷いたのを確認して立ち上がると、ルーピンが言った。

「たまには一緒に食事でもどうだい?」
「我輩は結構」

肩越しに振り返ると、彼女も首を振った。

「でも、ルーシー・・貴方、もう少し食べないと・・・」

Mrs.ウィーズリーが彼女に話しかけ、彼女は私の背後に隠れるように移動した。微かに震えている事に気付いたのはおそらく私だけだろう。

「・・・・・さっさと行くぞ」
「はい」

手首を掴んで歩き出す。その手首の細さに胸が苦しくなった。
部屋に戻って彼女を抱きしめると、彼女は拗ねたように呟いた。

「・・・・先生のイジワル・・」
「ルーシー」
「会いたくないって言ったじゃんか・・・」
「たまには顔を見せねばあいつらは煩いだろう。お前の為だ」
「・・・・・・・・・・・私、ここにいたくないよ・・」

マントを掴む手が震えている。滅多に言う事の無い、彼女の【願い】。
それを叶えてやる事の出来ない、無力な私。

「・・・・・・・・夏休み中だけの辛抱だ」
「2ヶ月も耐えられない」
「ルーシー・・」
「先生と一緒がいい・・・」

あぁ・・・

出来るのなら

彼女を連れて逃げてやりたい

何者の手も届かない場所で

彼女と、2人で

彼女が事切れるその瞬間まで

2人きりで――


言いたい言葉を飲み込み、彼女を抱きしめた。手触りの良い髪に指を絡めて掬い上げ、キスを落とす。

「――毎日会いに来る。食事もあいつらと共には取りたくないのだろう?」
「・・・・・・・・先生も任務・・?」
「私にしか出来ない事だ」
「・・・・・・・・・死んじゃやだよ・・」

突然、彼女が咳き込んだ。背中を擦り、私は急いで薬を取り出して飲ませた。

「・・・・・・・・・私・・早く死にたい・・・」
「ルーシー・・・」
「生きてるのが辛い・・・苦しいよ・・・・・」

でも、と彼女が呟いた。

「でも・・・・先生と離れるのはこわいよ・・」

自信が吐いた血で真っ赤に染まる掌を見つめる彼女に、私は何て言ったら良いのか分からなかった。

ただ、1つだけハッキリした事がある。


私は――彼女に死んで欲しくないのだ


「・・・・・・・・・・・・・死なせない」
「先生・・」
「お前は生きろ、ルーシー」
「・・・・・・でも・・・」
「何とかして呪いを解いてやる。出来る限りの事はする。ルーシー・・・」

難しいという事は分かっていた。こういった類の呪いはそう簡単に解けるものではない。術者が既に死んでいるとなれば尚更だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがと・・・先生・・・」

これ程までに強い呪いをかけるには、相当の憎しみが必要だ。

レイア

何故君は、これ程までに彼女を憎む?


彼女を――救ってやりたいんだ




夏休み中、彼女は何度も何度も咳き込み、血を吐いた。薬を渡せば1度に全部飲み、自らを傷付ける行為も止めなかった。彼女は部屋にある全てを破壊した。食事を届ける度に部屋を直し、彼女を治療した。

「ルーシー・・・」
「・・・・・・・」

虚ろになった彼女の瞳に、既に私は映っていなかった。

「ルーシー・・食べるんだ」

無理矢理に口を開けさせて食事を食べさせた。ろくに食事は取れず、消化の良い病人食を作って欲しいと頼むと、Mrs.ウィーズリー達は一層しつこく彼女の容態を聞き出そうと躍起になっていた。

夏休み最終日、ホグワーツからの教科書リストが届いた。ロン・ウィーズリーとグレンジャーに監督生のバッジが届いた。Mrs.ウィーズリーは大層喜び、パーティが開かれた。
世の中には、こんな母親もいるというのに――

「・・・・・・カトレットはいつもあのような事を?」

Mrs.ウィーズリーが食事の用意をしているのを待っていると、ムーディがやって来て私に囁いた。囁かれた言葉の内容に、私は顔を顰めた。
ムーディの魔法の瞳は階上にあるカトレットの部屋に向けられていた。見てしまったのだと分かった。

「・・・何を見たのか知らんが――他言は無用だ」

ムーディの瞳はまだカトレットの部屋に向いていた。

「・・・・・・・・・だから、何も言わないのか?父親であるブラックにも――」
「何を勘違いしているのか知らんが、これだけは言っておく。――カトレットに関しての詮索は無用だ。あれはブラックを父親だと思っていない。ブラックが何を望もうが、カトレット自身は歩み寄る気はこれっぽっちも無いと宣言している。聞いたはずだ」

私は唸るようにムーディに言った。

「何を言っても無駄だ。分かったのなら、その瞳を逸らせ。カトレットの部屋を覗き見る事は許さん」

義眼では無い方の瞳が私を見た。やがて、義眼をぐるりと回して2つの瞳が私を捉えた。やって来たMrs.ウィーズリーから食事を受け取り、厨房を後にしようとするとムーディが私を呼び止めた。

「1つだけ教えろ。――【あれ】は、カトレットの意思か?」
「あれ?」


首を傾げたMrs.ウィーズリーが私とムーディを見る。

「・・・・・・教える必要は無い。余計な詮索は止める事だ。――それから、他の人間にも言うな」

部屋に向かった私は、散乱した部屋の中を見て小さく息を吐いた。

「――ルーシー・・・・・またやったのか」

掻き毟たのだろう、ボサボサになった頭を右に傾げ、床の中央に座り込んだ彼女は虚空を見つめていた。

「・・・・・・食事を持って来た」

トレイをサイドテーブルに置くと、カチャン、と食器が触れ合う音が静かに響いた。次の瞬間、彼女が突然悲鳴を上げた。

「いやああぁぁぁぁっっ!!!」
「ルーシー!!」

爪でガリガリと床を引っ掻きながら叫び続ける彼女が痛々しくて堪らなかった。爪が既に剥がれかけているのを見ると、その行為を長い間続けていたのだと分かった。

「落ち着け、ルーシー」
「壊して!!壊して!!!」

狂ったように叫ぶ彼女の中指の爪が剥がれたのを見て舌打ちし、手首を掴んで抱きしめた。無理矢理に腕の中に閉じ込めると、彼女は私の手から逃れようと背中を引っ掻く。背中に鋭い痛みが走る。だが、抱きしめる腕を緩めようとは思わなかった。

「大丈夫だ、ルーシー」
「壊して!!!殺される・・!!あの女が・・っ、あの女が殺しに来る・・・!!!」
「ルーシー!!」

大きな声を出すと、彼女がビクリと震えた。虚ろな瞳が私を映す。

「誰もお前を殺さない。ルーシー、もう誰も傷つける者はいないんだ」
「うそ・・うそ・・・・殺される・・・あの女が・・っ、殺しに来る・・・・っ!!」
「ルーシー・・」
「割らなきゃ・・・壊さなきゃ・・・!壊さなきゃ殺される・・・!!」

突然咳き込み、彼女が大量の血を吐き出した。

「――すまなかった・・」

薬を飲ませながら、ポツリと零れた。

「やはり・・無理をしてでも私の部屋に泊めるべきだった・・・」

ポケットから羊皮紙を取り出し、杖で軽く叩く。燃え上がって消えた羊皮紙はきっとダンブルドアの元に届いたはずだ。

「ダンブルドアに伝えた。ルーシー、私と共に城に戻るぞ」
「し、ろ・・・」
「私の部屋に来い」
「せん、せ、と・・いっしょ・・・?」
「あぁ・・傍にいる」

虚ろな瞳に生気が戻ってくるのが分かった。同時に、彼女の瞳に涙が浮かび、止め処なく溢れた。

「せんせぇ・・・せん、せ・・っ、」
「すまなかった・・・」
「わ、わた、し・・・」

しゃくり上げながらルーシーが言った。

「も、やだ・・・っく、ひとり、やだぁ・・・・・・」

涙で濡らした顔をクシャクシャに歪める彼女を抱きしめた。胸の痛みは消えなかった。

「・・・・・・私が、傍にいる」

誰が君を拒もうとも

誰が君を傷つけようとも

私だけは、君の傍に――

私だけは、君を愛する




その夜、城に戻った私は、初めて彼女を抱いた