夏休みが始まる直前、ダンブルドアが私に言った。
「ルーシーも本部に連れて行って欲しいのじゃ」
「しかし・・!」
「いつまでも、逃げる訳にはいかんじゃろう。シリウスに、全てを見せてやるのじゃ」
反対だった。けれど、任務がある私が彼女の傍にいてやる事は出来ない。本部なら、誰かがいる。彼女がどうするのかは分からないが、父親もいる。
「・・・・・・分かり、ました・・」
彼女に伝える事は、私にとって苦痛でしかなかった。それは彼女にとっても同じようで、話をした時、彼女は暗い表情で俯き、暫く口を利いてはくれなかった。
夏休みが始まり、彼女を【不死鳥の騎士団】本部、グリモールド・プレイス12番地へと連れて行った。
シリウス・ブラックの両親の家。彼女の、祖父母の家。彼女の父親の、実家。
家の中に入った時、彼女が静かに深呼吸をした事に気付いた。
「・・・・ちょっとだけ、手繋いでも良いですか?」
「・・・あぁ」
客間に向かうまでのほんの数秒間。恋人として手を絡めて歩いた。扉を開ける直前に手を放すと、手がやけに寒く感じた。
「――レイア!!」
彼女を見た瞬間、顔を輝かせたブラックが駆け寄ってきて彼女を抱きしめた。
「本当に!?何でそんな姿で・・レイア・・レイア・・・!!」
確かに、彼女はレイアにそっくりだ。10年以上もアズカバンで過ごしていたブラックが見間違えても不思議ではない。
だが――
余りにも、それは残酷な光景だった。
「シリウス!!」
ルーピンが焦ったように彼女からブラックを引き剥がす。彼女は1歩下がって私の後ろに隠れるように移動した。
「レイアじゃない!」
「何言って・・・レイアじゃないか!」
「レイアじゃないんだ、シリウス。君とレイアの娘のルーシーだ!!」
この後、彼女にとって最も残酷であろう言葉をブラックが吐くとは、誰も思いも寄らなかっただろう。私とて、予想だにしていない言葉だった。
「むす、め・・・?」
首を傾げるブラックに、ルーピンは瞬時に青褪めた。
「娘・・・?俺とレイアの・・・?」
「シリウス・・まさか・・・・」
ルーピンが口篭る。当然だ。その続きを口にしようものなら、私がマントの下で握り締めている杖を突きつける所だ。
「――覚えてないみたいですね」
静かな声が背後から聞こえた。1歩前に出て再び私の隣に並んだ彼女は、冷めた瞳でブラックを見ていた。
「ルーシー・・」
「構いません。私も、その人が父親だと思った事などありませんから」
大嫌いだ、という表情でブラックを見つめる彼女。レイアと同じ顔に拒絶されたブラックの表情が強張ったのが分かった。
「・・・・来い。君の部屋へ連れて行く」
「はい」
踵を返した私達を止めたのはブラックだった。
「じゃあ・・じゃあレイアは!?アイツは何処にいるんだ!!」
ここまできて、レイアの心配か?娘に侘びの一言もなく?
彼女がどれだけ傷付いているのか分からないのか?父親のくせに?彼女が今、どんな気持ちでいるのかも分からないのか?父親のくせに――!
「――とっくに死んだ」
それだけを吐き捨て、彼女は私の腕を軽く引いて歩き出した。抗う事なく、私は彼女と共に客間を後にした。
彼女の部屋に移動した私達は、トランクを置いて扉に鍵をかけた。途端に彼女が私に抱き付いてきた。微かに震えた腕に、胸が締め付けられた。
「ルーシー」
何度も、何度も彼女の名を呼んだ。彼女の存在を認めるように。彼女はここにいるのだと。
君はここにいる。私は、君を望む。
「・・・・・・・りがと・・」
小さく呟いた彼女が静かに流した涙が、私のローブに染み込んで消えた。
彼女は1度も部屋から出なかった。その事を分かっていた私は、彼女が本部に来た初日にルーピン達に言った。
「カトレットを部屋から出すな」
「何でお前がそんな事を・・」
「カトレット自身がそれを望むからだ」
訝しげな顔をするブラック、ルーピン、Mrs.ウィーズリー。
「さっきの事を言ってるのなら――」
「関係無い。ブラックがカトレットをレイアと間違えようが間違えまいが、カトレットはブラックに会いたくないと言う」
「どうして?」
「ブラックがカトレットの父親だからだ」
「意味分かんねーよ」
ブラックが唸りながら言った。本当に犬のようだ。
「カトレットは大嫌いな貴様と共にいたくないと言っている、と言えば分かるか?」
「っ、」
「自分の妻と娘の区別も付かないのか。とんだ父親だな」
「セブルス・・シリウスはずっとアズカバンにいたんだ、レイアと見違えても仕方な――」
「仕方無い?アズカバンにいた事が娘の存在を忘れて良い事になるのか?」
「それは・・・」
言い淀むルーピンを尻目に、私はMrs.ウィーズリーに向き合った。
「Mrs.ウィーズリー。貴方もカトレットに近付かないで頂きたい」
「私も、ですか・・?」
「ブラック、Mrs.ウィーズリー。それから、Miss.トンクス。――あぁ・・Mr.ウィーズリーにも近付かないように言っておいてくれ」
「どうしてトンクスやアーサーまで?」
ルーピンが言った。
「それは君達が知らなくて良い事だ」
「ふざけるな・・!」
ブラックが唸った。
「彼女は私の・・」
「私の何だと言うのだ?娘とでも言うつもりか?父親としての義務を放棄した貴様が?」
言葉を詰めたブラックに良いザマだ、と心の中で嘲り、私は本部を後にした。任務があるからだ。彼女の傍にいてやれない事は心苦しいが、こればかりは仕方無いと自分に言い聞かせた。
納得しなかったブラックやルーピン達が彼女を部屋から出そうと試みたが失敗した、と聞くのは翌日の事だった。