07


気が付いた時には、全てが終わっていた。

吸魂鬼は去っていて、湖の畔でポッターとブラック、グレンジャーが倒れていた。生きている事を確認をし、前に拾っていたウィーズリーと共に担架に乗せて城へ戻って行った。

これで、全てが終わると信じていた。
大臣は大層喜び、マーリン勲章を与えるなどと言っていたが、どうだって良かった。

彼女が喜ぶのなら、それで良い。彼女が安らぐのなら、それだけで良いのだ。

ダンブルドアが何か言いたそうに私を見ていたが、気付かないフリをした。
医務室で瞳を覚ましたポッターとグレンジャーは、同時に抗議の声を上げた。魔法省大臣、コーネリウス・ファッジにがなり立て、ブラックが無実だと主張した。だが、ファッジは錯乱していると取り合わなかった。


これで、上手くいく


その時、ダンブルドアが医務室に入って来た。

「わしはハリーとハーマイオニーと3人だけで話したいのじゃ」

ファッジとポピーが席を外したが、私は粘った。このままでは駄目だと危険信号を脳が送っていた。

「校長、シリウス・ブラックは16の時に既に人殺しの能力を顕した。お忘れになってはいますまいな、校長?ブラックは嘗て我輩を殺そうとした事を忘れてはいますまい?」
「セブルス、わしの記憶力はまだ衰えてはおらんよ」
「ブラックは護るべき人間を間違えた。校長、分かっているはずです。あの男が取った行動で――」
「セブルス」

私の言葉を遮り、ダンブルドアが静かに言った。

「勿論、わしはその事を軽く見るつもりは無い。じゃが・・それと今回の事は無関係じゃ」
「何を・・!あの男が――」
「セブルス」
「貴方が我輩に言ったはずです!」
「確かに、わしが君に頼んだ。セブルス、じゃが、間違った方法で成し遂げても、あの子は喜ばんじゃろう」
「っ、」

痛い所を突かれたと思った。薄々は気付いていた。

間違っている――確かに、間違っているのだろう

けれど・・・けれど、私は――

「・・・・・」

何も言わず、医務室を出る事しか出来なかった。ブラックが吸魂鬼によって処刑される事を願うしかなかった。
結果的にそれは叶わず、私が知らぬ間にブラックの姿を見つけて追い駆けた彼女が、レイアと見間違えられて心に更に深い傷を負う事となった。

「あ、んな・・やつ・・・っ、」

必死に憎しみの言葉を吐く彼女の本当の心が、悲鳴を上げていた。


どうして、気付いてくれなかったの
どうして、あの女と間違えたの
どうして、私を見てくれないの


貴方も――私を棄てるのですね


「ふざけるな・・!!」

泣き疲れて眠る彼女を抱きしめ、そう吐き出す事しか出来ない自分が悔しかった。




夏休み、再び彼女は私の部屋に泊まりに来ていた。前年、あんなにも動揺しながらも、彼女のOWLの成績は喜ばしい結果だった。

「良く頑張ったな」

頭を撫でてやると、少しだけ嬉しそうにはにかんだ彼女。思わず抱きしめたい衝動に駆られて驚いた。もしかしたら、と思ってしまった。ずっと、気付かないフリをしていた。気付きそうになるたびに、親心に似たものだと誤魔化していた。

けれど――

ふとした瞬間に瞳を奪われた私は、彼女を女性として見ているのだと認めざるを得なかった。

クィディッチワールドカップで夜空に浮かんだ闇の印。左腕の印が日に日に濃くなっていくのを見ながら、それでも私は、彼女に打ち明けられずにいた。

知られたくなかった。

嫌われたく、なかった。




新学期が始まり、数百年ぶりに行われる【三校対抗試合】の為に魔法省から役人が数人やって来た。ダンブルドアが今年、【闇の魔術に対する防衛術】の教師に任命したアラスター・ムーディは元・闇祓いで、元・死喰い人である私を疑っていた。
三校対抗試合の選手が選ばれた時、炎のゴブレットからポッターの名前が出た。

選手として課題をこなさなければならなくなったポッターがブラックと連絡を取っている、と彼女が言った。

「会ったのか・・?」
「前に偶然、談話室で聞こえちゃっただけ。あの男からの手紙がどうとか・・ホグズミードがどうとかって・・」
「・・・・・・そうか・・」

無性に腹が立った。娘である彼女を放っておいて、親友の息子を心配している男に。父親のくせに、彼女には一切、連絡が無い。

「ルーシー・・」
「大丈夫ですよ」

安心させるように、彼女が微笑む。こんな風に気を遣わせるなんて、この時の私は余程酷い顔をしていたのだろう。


三校対抗試合がある年のクリスマスはダンスパーティが開催される。夏休み中、ミネルバが彼女のドレスローブを贈ってくれたが、彼女はパーティには出ないと言って聞かなかった。

「本当に出ないのか?」
「踊ってる最中に倒れちゃいますよ」

苦笑する彼女は、更に痩せ細っていた。薬で繋いでいる生命、と言っても過言では無かった。いつ事切れてもおかしくないくらいに、彼女は弱っていたのだ。けれど、彼女はそれを上手く隠していた。大人になっていたのだ。

心配させまいとしていた。
自分よりも相手の事を考える、大人になってしまっていたのだ。
あの頃のまま、自分の事だけを考えてくれていて構わなかったのに。
これ以上、無理をして欲しくないというのに。

君は、何処まで自分を追い詰めるのだろう?

「・・・・・夜、部屋に来い」
「え?」

首を傾げた彼女を見る事が出来ないまま、私は呟いた。

「私で良ければ・・相手になろう」

気付いただろうか?

【我輩】ではなく、【私】と呼んだ事に。

「・・・・・良いんですか?」
「・・君が、望むのなら」

耳まで赤かったかもしれない。顔を見る事は絶対に出来なかった。

「・・・・・・・・・じゃあ・・お願いします」

いつもより、少しだけ弾んだ声で彼女が言った。断られなかった事に安堵した、愚かな【男】がいた。


パーティ当日、深夜、部屋にやって来た彼女は淡いピンク色のドレスを身に纏っていた。
とても綺麗で、神聖で、神秘的だった。

「先生、ドレスローブ姿、すっごく素敵です」
「・・君も、良く似合っている」

気の利いた台詞を言えない自分が情けなかった。

「ホントに踊ってくれるとは思いませんでした」
「結局パーティに出なかったのだろう?ミネルバがドレスローブを贈ってくれたというのに・・」

本当は、喜んでいる自分に気付いていた。

「踊りたい人、いなかったんです」

それは、私の事も含められているのだろうか?そんな事を考えた自分に溜息を漏らし、彼女の前で腰を折った。

「踊って頂けますかな?」
「喜んで」

楽しそうに笑ってくれた事に安堵しつつ、指を振って曲を流し始めた。スローテンポな曲が流れ、彼女をリードして踊り出す。

「先生と踊れるとは思ってませんでした」
「私とて、生徒と踊る事になるとは思わなかった」
「でも、楽しいです」
「楽しくないなどとのたまうものなら、グリフィンドールから100点減点していた所だ」

他愛無い話をしながら、ダンスを続ける。いつもより近い位置にいる彼女に鼓動が早くなるのを感じながら、必死に他の事を考えようとしていた。

「わっ、」

突然、彼女が倒れかかってきた。慣れないヒールの所為だった。咄嗟に抱き抱えると、彼女の香りがふわりと鼻腔を擽った。

「あー、ビックリした・・・」
「慣れないものは履くものではないな」

何とか平常心を保ってそう答えられた自分を褒めた。

「ですね、でも、楽しかったです。お姫様になったみたい」
「相手がこんな中年男では仕方無いだろう」

彼女はまだ16歳で、私は30を過ぎた良い大人なのだ。彼女の父親は同級生だ。この感情は、間違っているのかもしれない。

けれど、

それでも――

「そこら辺の王子様より、ここにいる中年男の方が好きですよ」

そう笑った彼女の瞳に、望んだ答えを見出せた気がした。

「――それは、光栄だ」

ゆっくりと顔を近付けると、彼女はごく自然に瞳を閉じた。

初めて触れた彼女の唇は、今までに触れたどの唇よりも、柔らかくて温かかった。

「この世で1番嫌いな男の娘ですけど、良いんですか?」
「それを言うなら、君の父親をこの世で1番嫌いだと言う男だが、良いのかね?」
「そんなの、決まってます」

「「望む所だ」」

こんな風に笑ったのは、初めてだったかもしれない。
そうさせてくれた彼女が、愛しくて、大切で、

絶対に、手放したくないと思った。