4年生になった彼女は、益々体調を崩すようになった。いよいよ隠す事が難しくなり、寮の中で1人部屋に移動する事となった。毎晩のように医務室に通い、薬を飲んだ。
【秘密の部屋】が開かれた、と学校中で警戒態勢を取った時、彼女が夜中に医務室に行く事を止めさせなければならなかった。
「夕食後、私が迎えに行きましょう」
ミネルバの申し出により、彼女は毎晩、ミネルバの引率で医務室へ向かい、そこで寝泊りをした。クィディッチで怪我をしたポッターが医務室に泊まっている間は、彼女はミネルバの部屋に泊まりに行った。ミネルバが仕事がある時は、私の部屋に泊まる事になった。
「間違いが起きない事を願ってますよ」
そう釘を刺された時、正直、焦った。勿論、間違いなど起こす気はなかった。けれど、前年に鏡の中に見た光景が、忘れられなかったのだ。
風呂上りの彼女を見た瞬間に瞳を逸らした事に気付かれていない事を祈るばかりだった。
ポッターによって【秘密の部屋】事件が解決し、夏休みが始まった。彼女の家の暖炉とホグワーツの私の部屋の暖炉を繋げ、毎日薬を持って行った。私が行けない時は彼女が取りに来て、一緒に食事を取り、そのまま部屋に泊まって行く、という事の方が多かった。
半同居となっていたが、夏休みの途中からカトレットは自分の家に帰らなくなった。祖母が亡くなり1人暮らしをしていた彼女は、ミネルバと共に暮らす事を拒んだ。これ以上迷惑をかけたくないと言って聞かなかったのだ。
そんな彼女が私の部屋から帰らなくなった理由は1つだった。
「・・・・あの男が脱獄したんですね」
冷静を保とうとしながらも、何処か動揺していた。
「――何もするなよ」
「捕まえたりなんてしませんよ。面倒だもん」
大きく咳き込み、彼女は肩を竦めた。
「――こんな身体ですしね・・」
「ルーシー・・・・・」
「どうだって良いんです・・・あんな男・・・・・私には関係ない・・・あんな男、父親じゃない」
だが、日が経つごとに彼女は確実に不安定になっていた。駄目だと言っても、私の部屋を抜け出して夜中に【必要の部屋】に篭った事だってあった。
新学期当日、既にホグワーツにいた彼女は吸魂鬼に接する事は無かった。
だが、気付いていた。
シリウス・ブラックの目撃情報が新聞に報道された時も、
ハロウィーンに侵入したとピーブズが叫んだ時も、
ポッター達の寝室に忍び込んだとウィーズリーが喚いた時も、
彼女は、
隠れて泣いていた
私にも隠れて、泣いていた
【必要の部屋】ではなく、至る所で泣いていた
偶然見つけなければ気付けなかっただろう
泣いている彼女を見つけた時、私は何も言わなかった
隠していた事を咎めもしなかった
ただ、抱きしめて泣かせてやる事しか出来なかったのだ
「――ねぇ、先生・・」
ある日、いつものようにソファでココアを飲みながら彼女が呟いた。
「何だ?」
「・・・・・こないだ、図書館で本を読んだんです。ある日本人がね、こう言ったんですって。【世界はアイに満ちている】って・・」
珍しくそんな事を言った彼女に、私はペンを止めて彼女を見た。けれど、彼女は膝を抱えたまま私を見ようとはしなかった。
「知ってますか?日本って、漢字と平仮名とカタカナを使うって。漢字でね、【アイ】って文字が沢山あるんだって。その人はね、【世界は相に満ちている】って言ったんだって。独りでは何も出来ないから、誰かが必要なんだ、って。人は独りじゃないんだ、って。誰にとっても【誰か】がいるから、だから、【世界は相に満ちている】って・・・」
何も言わず、彼女の言葉に耳を傾けた。
「でも・・・私、調べたんです。私はね、【世界は哀が満ちている】と思う・・・何よりも。他の何よりも・・・この世は哀しい事だらけ。哀しい事しかない・・・何よりも・・・・・」
【先生はどう思います?先生なら――どんな漢字を入れますか?】
「そうだな・・・・暇があれば日本語を勉強してみるとしよう」
「先生の答え、楽しみにしてますね」
あの後、彼女がいない時に図書館で日本語を勉強した。確かに、【アイ】という漢字は沢山あった。
けれど・・・
私は、答えを見つける事が出来なかった。
シリウス・ブラックと親友だったリーマス・ルーピンは、一目見て彼女がブラックとレイアの娘だと気付いた。当然だ。彼女はあんなにもレイアに生き写しなのだから。
「レイアは元気かい?って聞いただけなんだ・・」
ある日、彼女が私の部屋に駆け込んで来た。いつも部屋に来る時はこんな風ではなかった。切羽詰ったように、今にも泣きそうな表情で、こんなにも震えながら駆け込んで来た彼女は初めてだった。
彼女がやって来てすぐ、誰かが部屋にやって来た。ルーピンだった。そして、先程の言葉を言ったのだ。
小さく舌打ちをし、私は彼女を抱きしめた。ルーピンが驚いていようが、構わなかった。そんな事を気にしている場合ではないと分かっていた。
「大丈夫だ。ルーシー、もう大丈夫だ」
「・・・っ、れる・・・ころ・・っ、」
「大丈夫だ」
震えながら聞き取りにくい大きさの声で呟く彼女に、優しく呼びかける。何度も、何度も。
「大丈夫だ。ルーシー・・・傍にいる。誰も傷つける者はいない」
「ゃ・・いや・・こわい・・こわいよ・・・」
「大丈夫だ」
一層強く抱きしめると、漸く落ち着きを取り戻した彼女が躊躇いがちに私の背に手を回した。
「――大丈夫か?」
「・・・・・・・ごめ、なさ・・」
「構わん。・・・よく頑張った」
頭を撫で、完全に落ち着きを取り戻した彼女に暫く寝室で休むように言うと、彼女は大人しく寝室へと向かった。
「セブルス・・・あの子と君は――」
「余計な詮索は無用だ。さっさと話を聞かせろ」
ルーピンは深刻な表情で頷いた。
「今日、授業でボガートをやったんだよ。あの子のボガートは・・ラジオだったんだ」
「ラジオ?」
最初は意味が分からなかった。杖を振ってテーブルに紅茶を2組用意し、顎で座れと指すと、ルーピンはありがとうと言ってソファに腰掛けた。たっぷりと砂糖を入れているのを尻目に、紅茶を飲み下してから再び尋ねた。
「それで、ボガートがラジオになったと?」
「あぁ・・そうなんだ・・シリウス・ブラック逮捕と、ポッター夫妻が亡くなった、という報道だったんだ」
「・・・・・・そうか」
何故、それが怖いのか。その時は疑問だった。分からなかった。けれど、ルーピンが帰った後、起きてきた彼女に問うと答えが分かった。
「・・・・・・・いつも・・・それが放送されると・・」
「・・・・・・・・・・そうか・・・」
簡単だったのだ。
ラジオで夫の裏切りを聞く度に、レイアが悲しみ、彼女への暴力と変わっていた。
ブラックの裏切りを聞く度に
ポッター達が死んだと聞く度に
彼女が何よりも恐れたのは、レイアだった。
レイアに拒絶される原因
恐れてしまっても、何の不思議も無かった。