3年生になった彼女は、以前より咳き込む回数が増えた。時折、血を吐いている事も気付いていた。薬の量を増やし、少しでも彼女が安らげるように、共にいられる時間を作った。スリザリンの寮監でもあった私の仕事は元々多かったが、この年から、更に忙しくなった。
ハリー・ポッターが入学して来たからだ
父親そっくりの顔。苛々した。その顔を見るたびに、憎しみが蘇った。母親であるリリーの瞳が受け継がれたようだが、眼鏡の向こうに隠れていては私の憎しみが衰える事は無かった。
両親と同じグリフィンドール寮に振り分けられたポッターを見て、彼女が悲しげな顔をしているのを見たらその憎しみは増えるばかりだった。
「・・・・・・私、あの子すきじゃない・・・・・・・・・」
薬を飲み終え、仕事をしている私の邪魔にならないようにソファで大人しく宿題に取り掛かっていた彼女がポツリと呟いた。
「・・・あの子がいなければ・・・・・・」
【あの子が存在しなければ、私は幸せに生きられていたかもしれない】
その言葉が紡がれる事は無かったが、きっとそう考えていたのだろう。ハリー・ポッターが存在しなければ。そうすれば、私は予言を帝王に話す事は無かった。ブラックが裏切る事は無かった。レイアが壊れる事は無かった。
彼女が、苦しむ事は無かった・・・
「・・・・・・・そう思う私は・・・最低ですね・・」
自分の心の醜さを嘲笑いながら、彼女の表情はとても悲しそうだった。それ以上、見ていたくなかった。再び仕事に取り掛かりながら、私は呟いた。
「・・・・・・・私はそうは思わないがな」
決して、彼女は最低ではない。それだけは、違う。
「誰だって、そう思う」
「・・・・・・本当に?」
「少なくとも、私ならそう思う。ポッターの存在がどうこう、という前に、まず自身の両親を恨め」
「え・・?」
「お前の事だから、実の両親を憎いと思う自分は最低だ、とでも思っているのだろう?」
初めて彼女の闇を垣間見たあの夜
【誰が・・あんな男・・・っ!!】
そう呟いた彼女の顔は、とても悲しげだった。
「それでも、消えないのだろう?憎いと思う気持ちが。ポッターの存在を憎みたくなる程に」
「・・・・・・私、最低ですね・・」
呟き、咳き込む彼女。大きく息を吐いてから、彼女はポツリと呟いた。
「・・・・1度憎んだら・・・・一生好きになれない気がするんです」
「構わん」
「え?」
「私が許す。好きなだけ憎めば良い」
だから、いつか全てを知った時――私の事も憎んでくれ
「・・・先生、私の親と仲が悪かったんですね」
「悪いが、私は君の父親がこの世で1番嫌いだ」
「1番・・・」
「ついでに、ポッターの父親もこの世で1番嫌いだ」
「・・・・・・2人共1番ですか?」
「同点1位だな。等しく嫌いだ。殺しても足りない程に大嫌いだ」
彼女がクスクス笑った。
「じゃあ・・・・私も、嫌いです」
顔を上げた私を見て、彼女は私小さく笑った。
「あの男も、あの女も・・・・だいきらい」
少しだけ吹っ切れた顔で笑った彼女に、安堵した事を覚えている。
「・・・・・・・自分の心に正直になる事は悪い事ではない」
この少女に憎まれたくないと思う私の心は・・・隠さなければならない。
いつか、彼女が傷付かないように
どうにかして、隠さなければ。
賢者の石の存在を知った時、正直、手に入れたいと思った。彼女を生き長らえさせる事が出来るその存在を手に入れたいと思った。
彼女に、死んで欲しくないと思った
もしかしたら、ダンブルドアは私のそんな気持ちに気付いていたのかもしれない。私だけではない。ミネルバも、ポッピーも、きっと同じ事を想っていたはずだ。
「・・・石を、護りたいのじゃ。石を狙う者から――」
【石を狙う者】
それは、帝王の事を行っているようで、実は私の事を言っていたのかもしれない――
ある夜、クィレルから石を護る為に城を見回りしていると、ある教室の扉が微かに開いている事に気付いた。
ゆっくりと扉を開けて中に入ると、そこには1枚の大きな鏡が立っていた。
「これが・・みぞの鏡、か・・・」
ダンブルドアから聞いていた鏡。覗き込んだ者の望みを映し出す鏡。私の足は、吸い寄せられるようにして鏡に向かっていた。
「・・・・・・これ、は・・」
鏡の中に見た【望み】
「これが・・・・・・・私の望み、か・・・?」
突然、眩暈に襲われた。同時に吐き気を催し、私は即座に教室を後にした。振り返る事はしなかった。足早に部屋に駆け戻り、乱れる呼吸を整える為に水を飲んだ。
「・・・・・馬鹿な・・」
呆然と呟いた。
「私、が・・・ルーシーを・・・・?」
脳裏に蘇るのは、安らかに眠る彼女の姿。
その彼女を抱き抱えるようにして私がいた。
その手には、小さな小瓶があった。
「・・・・・・・馬鹿な・・」
信じたくない。
何故、
何故
何故、私が彼女を殺さなければならない
自分が、恐ろしくなった瞬間だった。
賢者の石を破壊した、とダンブルドアの言葉を聞いた時、私は激昂した。
「何故・・!何故カトレットにやらないんですか!!」
ポッピーもミネルバもいた。私と同じ事を考えているのだという事は、2人の表情を見れば明らかだった。
「何故・・!!」
「セブルス・・・あの石は確かに病気を治し、不老不死にする事の出来る力がある。じゃが・・・呪いには効かないのじゃよ」
「っ、」
「あの石は・・・・ルーシーを救う事が出来んのじゃ・・」
唇を噛み締めた。助けられるかもしれない、と期待していた分、その絶望感は果てしなかった。
彼女が助かる、そう信じたかった。
彼女が助かれば、あの鏡で見たものは――
私は、彼女の事ではなく自分の事ばかり考えていたのだ
「・・・・・・・・失礼、しました・・」
自分の愚かさに、醜さに、絶望した。