「ガラスで切りつけられていたそうじゃ」
「・・・・そうですか・・・・」
ダンブルドアの言葉に、それ以外の返答をする事が出来なかった。あの後、激しく咳き込み、血を吐いてすっかり血の気の無くなった彼女を医務室に運んだ。治療をし、増血薬を投与し、漸く彼女の容態が落ち着いた時にダンブルドアがやって来た。
「あの子は君に心を開き始めておる」
「そうでしょうか?」
溜息を禁じえなかった。私自身、心を開かれているとは思っていなかったからだ。
「漸く話を出来るようにはなりましたが・・・カトレットはまだ私に脅えます」
それは、一緒にいれば分かる事だった。
「仕方の無い事じゃ。じゃが、セブルス。ミネルバはアリアが死んで漸くルーシーと話せるようになったのじゃ。レイアが死に、アリアがルーシーを引き取ってからミネルバは何度もルーシーに会いに行った。じゃが、あの子は心を開かんかった・・・分かるかね?君は驚異的な早さであの子の心を開かせているのじゃ」
信じられなかった。
何故、私が?
何故、私にだけ?
答えは見つからなかった。
「――あの部屋に通うのは止めろ」
意識を取り戻した彼女にそう言った。けれど、彼女は再び部屋に篭った。何度も、何度も。その度に血だらけになり、発作を起こし、意識を失った状態で医務室へ運ばれた。何故、他の寮生達が気付かないのか疑問だった。
彼女は、誰とも特別親しくしていなかった。適度に話し、笑い、一定以上、距離を縮めさせようとはしなかった。上手く、距離を取っていた。こちらが舌を巻く程に。
「カトレット・・・あの部屋に通っては駄目だ」
「・・・・・・いや、です・・」
いつも謝罪の言葉だけを口にしていた彼女が初めて口にした【意思】だった。
「いや・・・カトレットは・・きらい・・・・・」
【あの女とおなじは、きらい・・・】
彼女が震えている事に気付かない訳にはいかなかった。
「あのひと・・私を棄てたんだもん・・・・・だから、いや・・・・・・」
「カトレット・・・」
「いや!!」
頭を抱え、叫ぶ彼女。どうしたら良いのか、分からなかった。
「落ち着くんだ。レイアがお前を傷付けた事は聞いた。だが、心を病んでいたのでは――」
「だってあの女は私を殺そうとした!!私を殺そうとして・・何回も何回も殺そうとして・・・っ、あの女は私を棄てて勝手に死んだんだ・・!!!」
【勝手に首を吊って・・・私を棄てて死んだんだ!!】
涙を流す方法を忘れたように、彼女の瞳は乾いていた。ただ、憎しみを篭めて叫ぶ。自身を棄てた母親への恨みの言葉を。憎しみの言葉を。
【愛されたかった】
【愛して欲しかった】
そう叫んでいるように聞こえて、ならなかった。
「それなのに・・それなのに・・・っ!!」
「――もう良い」
気付いたら、抱きしめていた。けれど、放そうとは思わなかった。少しでも、安らいで欲しかった。
「もう良い・・分かった。――もう、大丈夫だ」
「いらな、って・・っ、し、しねって・・・・・っ、きえ、っ・・・」
「大丈夫だ・・・もう、誰もそんな事を言わない・・・・・誰もお前を傷付けたりしない」
大丈夫だ、と何度も頭を撫でた。背中を擦り、少しでも救ってやりたかった。少しでも、心を取り戻して欲しかった。
「っ、ふ、ぇ・・・」
少しして、彼女が私の背に腕を回したのが分かった。鼻を啜るのが聞こえた。肩口が湿っていくのを感じながら、私は少しだけ微笑んだ。
漸く、泣いてくれた事が嬉しかった。
漸く、歳相応な彼女の一面を見れた事が、嬉しかった。
安堵したのだ。
堰を切ったように声を上げて泣きじゃくる彼女を抱きしめたまま、放さなかった。頭を撫で続け、背中を擦り、不器用な手付きで慰めた。
泣き疲れて眠った彼女の額にキスを落としたのは、親心に似たものだと信じたかった。
翌日、研究室で調合をしていた私の元に薬を取りに来た彼女は、まず私に謝った。
「昨日は・・ごめん、なさい・・・・」
薬の入ったゴブレットを彼女の前に置き、私は調合を再開した。
「もうすぐ出来上がる。飲み終わったら、お茶でもどうかね?」
「え・・?」
「ミネルバから、君に渡してくれとケーキを受け取った。片付けてから行くから先に部屋で待っていろ。――ルーシー」
彼女の事を見る事は出来なかった。何となく、照れ臭かった。
「――はい!」
いつもより少しだけ元気な、嬉しそうな声で返事をし、彼女は部屋へ入って行った。
「・・・・・・」
擦れ違い様に見えた彼女の耳が赤かったのは気の所為だったかもしれない。
けれど、
私の顔が赤かったのは気の所為では無かったと思う。
2年生が終わるまで、彼女はほんの少しだけ立ち直ったように見えた。体調は相変わらず悪かったし、部屋にも篭った。けれど、私の部屋にいる時だけは――2人でいる時だけは、普通の少女に戻っているように思えた。
もしかしたら、思いたかっただけかもしれない。錯覚だったのかもしれない。
けれど、そういう錯覚に縋ってしまう程、私は彼女を気にしすぎていた。
「先生はどうして教師になったんですか?」
そう尋ねられた時、私は返答に困った。死喰い人として人を傷付けていた事を、私は告白出来ずにいた。
「・・・・・・ダンブルドアに、教職に就いて欲しいと言われたからだ」
「凄いですね。だって、卒業して数年で教師になる人なんてそういないんでしょう?」
「・・・そうだな」
「先生は魔法薬学好きですもんね、合ってると思いますよ」
そう言って、少しずつ笑みを見せてくれるようになった彼女を、もっと見ていたいと思った。
「私、先生が魔法薬学の先生になってくれて、良かったです」
【先生に逢えて、良かった】
帝王に予言を伝えたのが私だと言っても、そう言ってくれるか?
答えは否だ。
彼女の家族を引き裂く原因を作ったのは、この、私――
私が、予言を伝えなければ・・・
ブラックは裏切らなかったかもしれない
レイアは死ななかったかもしれない
彼女は・・・・愛されていたかもしれない――
「・・・・・・そうか・・」
それでも、
彼女の言葉に確かに喜んでしまった私は、地獄に堕ちてしまった方が良い