02


翌日から、私は彼女に薬を作って持って行くようになった。医務室に通う事が多かった彼女は、私が医務室に薬を持って行くと絶対、と言って良い程に入り浸っていた。
けれど、彼女は薬を飲む事を渋っていた。

「いらない・・いりません・・・・・」
「カトレット」
「いらない・・・・どうせ・・どうせ、死ぬもの・・・・」

ミネルバは彼女に何も話していないと言っていた。けれど、彼女は・・幼いながらに悟ってしまったのだ。自らの生命が長くないという事を――

「ならば、飲んでも問題はあるまい」

彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。その年頃の少女にはそぐわない、全てを拒絶した瞳だった。

「少しでも長く生きて・・・どうするんですか?」
「何?」
「・・・この地獄で・・・私は・・何故、長く存在しなければならないんですか・・・?」

答える事が出来なかった。生きる、死ぬの問題ではないのだ。彼女は、自分の存在を否定していた。この世界を、【地獄】と称するには十分過ぎる人生を、彼女は歩んでいたのだ。

まだ、たったの11歳だと言うのに――

「・・・・・・・・・・・いずれ、分かる」

口から出た言葉は、くだらない言葉だったと自分でも思う。私自身、何故自分がこの世界に存在しなければならないのか、理由を答えられない。人を傷つけたこの私が、彼女に何を言える?陳腐な言葉を使う事すら出来なかった。ただ、逃げる事しか出来なかった。

「少なくとも、ミネルバとポッピーは君に生きていて欲しいと願っている。2人を助ける為に、飲め」

他の何を口にしても駄目だと直感で分かった。彼女を心配する2人の名前を出せば飲んでくれるのではないか、と思っていた。驚いた事に、彼女はあっさりと薬を飲んだ。

「・・・・・・マクゴナガル先生の名前を出すのは反則ですよ・・・」

祖母が死に、保護者となったミネルバに対して、彼女が申し訳ないと思っている事は明らかだった。負い目を感じているから、飲む。
私は、彼女の痛い所を突いたのだ。彼女の弱い部分に突け込み、彼女の心の傷を増やそうとしているのかもしれないと思った。

「・・・・・・・出来る限りの事をするとミネルバと約束した。我輩は、君に薬を飲ませる義務がある」

それは、彼女への言葉ではなかった。

ただ、自分に言い聞かせたのだ。

逃げたのだ。




彼女は毎日、薬を飲み続けた。ミネルバに対する負い目だけで、飲み続けた。けれど、私に心を開く事は無かった。多少の話はするようになった。時折、他愛無い話を出来るようになった。それでも、彼女は私に脅えていた。薬を飲み終え、ゴブレットを受け取ろうと手を伸ばすと、彼女はいつも震えた。だから、私は彼女の方から持って来るまで手を伸ばさなくなった。彼女が怖いと思う感情を私に覚えなくなるまで、待たなければならなかった。

2年生になったある日、突然部屋にやって来たダンブルドアが言った言葉に私は訝しげに眉を寄せて聞き返した。

「カトレットが【必要の部屋】に?」
「そうじゃ」

【必要の部屋】の存在は知っていた。学生時代、1度だけ入った事があった。ダンブルドアは私に、彼女が部屋の中で何をしているのかを話した。

正直言って、駄目だと思った。

部屋の中で只管、ガラス瓶を叩き割っていると聞いた時、治せないと思った。彼女は治せない。治らない。母親からの虐待によって作られたトラウマは、薬などでは治せない。彼女自身が治そうと思わなければ。どうしようも無いのだ。

「・・・・・・」

必要の部屋のある扉の前に立ち、念じた。

【カトレットがいる、部屋が必要だ。部屋の中で瓶を叩き割る彼女の元へ通じる扉が、必要だ】

数回念じると、何も無かった壁に扉が現れた。深呼吸をしてから扉を開けた私は、愕然とした。

「・・・・・・・・何を、している」

声が震えた。

部屋の中は、私の想像以上に酷かった。広めの部屋に、足の踏み場が無い程に割れたガラス瓶やら鏡やらが散乱していた。足を踏み出すたびに、ジャリ、パキン、と私が踏んだガラスが音を上げた。

「割らなきゃ・・割らなきゃ・・・壊さなきゃ・・壊さなきゃ・・・・」

部屋の中央に座り込んだ彼女の手は血だらけだった。手だけではないと気付いたのは1メートルも離れない距離まで歩み寄ってからだった。足も、腕も。全てが、血に染まっていた。血が付いているのではない。血に染まっているのだ。血に染まったその場所は、満遍なく、と表現して良い程に傷が付いていた。

手でガラス瓶を掴み、床に殴りつける。割れたガラス片が飛び散り、彼女の身体を傷付けるのだ。微かな傷が沢山集まり、大量の血を流させていた。ガラス瓶を放さない彼女の手が1番酷かった。痛覚が麻痺しているのか、彼女は痛みに顔を顰める事は無かった。

ただ、狂ったようにブツブツと呟いていた。

「――カトレット」

彼女の腕を掴んで呼びかけた瞬間、彼女は大きく震えた。

「ぁ、あ、あ・・・」
「カトレット、しっかりするんだ」
「あぁぁぁ・・・・ああぁぁぁ・・・」
「カトレット」
「ごめんなさい・・!!」

突然、彼女が叫んだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・!」
「カトレット・・・」
「赦して・・赦して・・・赦して・・・!!」
「落ち着くんだ」

その言葉は、彼女ではなく自分自身への言葉だった。私が、動揺していた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・!!!殺さないで・・殺さないで・・!!」
「誰もお前を殺さない。カトレット・・我輩は君を傷付けない」
「嘘だ!!」

彼女が叫ぶ。狂ったように、叫ぶ。

「殺される・・殺される・・・!!あの女が来る・・あの女が・・・あの女が殺しに来るんだ・・・!!」

【あの女】が誰を指しているのか、すぐに分かった。

学生時代、それなりに交流を持っていたレイアに、


初めて


憎いという感情を抱いた。


これ程までに脅える彼女を見て、レイアが憎くなった。

何故、こんなになるまで酷い事をしたのか。

何故、愛してやれなかったのか。

ブラックの娘と言えど、自分の娘なのに。

何故、何故、何故――


分からない事だらけで、苛々した。


けれど、1つだけハッキリと分かった事があった。




【この少女を護りたい】




誰に頼まれずとも




ただ、




助けてやりたいと思った