ハリーがグリモールド・プレイスに来た日の場面になった。
厨房を出て部屋に戻ると、スネイプは優しくルーシーを抱きしめた。
「・・・先生のイジワル」
「ルーシー」
「会いたくないって言ったじゃんか・・」
「たまには顔を見せねばあいつらは煩いだろう。お前の為だ」
「・・・・・・・・・私、ここにいたくないよ・・」
スネイプのマントを掴む手が震えている事にハリー達は気付いた。
「・・・・・・夏休み中だけの辛抱だ」
「2ヶ月も耐えられない」
「ルーシー・・」
「先生と一緒がいい・・」
ぎゅ、としがみ付くルーシーはまるで、小さな少女のようだった。優しく抱きしめ、背中まで伸びたサラサラの髪を一房掬い取ってキスを落としながらスネイプはルーシーの耳元で囁いた。
「――毎日会いに来る。食事もあいつらと共には取りたくないのだろう?」
「・・・・・・先生も任務・・?」
「私にしか出来ない事だ」
「・・・・・・・・・死んじゃやだよ・・」
突然、ルーシーが咳き込み出した。咄嗟に手で口を押さえるルーシーの背中を擦り、スネイプは急いで薬を取り出して慣れた動作でルーシーに飲ませた。
「・・・・・・私・・早く死にたい・・」
「ルーシー・・・」
「でも・・・先生と離れるのはこわいよ・・」
呆然と自分の掌を見つめながらルーシーが呟いた。ルーシーの掌は、真っ赤に染まっていた。
「・・・・・・・・・死なせない」
スネイプがポツリと呟いた。
「先生・・」
「お前は生きろ、ルーシー」
「・・・・・・でも・・・」
「何とかして呪いを解いてやる。出来る限りの事はする。ルーシー・・・」
それが不可能であると、スネイプにもルーシーにも分かっているような口ぶりだった。それでも、スネイプがその言葉を口にしたのは――
「・・・・・・・・・ありがと・・先生・・・」
ただ、ルーシーへの想いがそうさせたのだろうとハリーは思った。
夏休み最終日のパーティだった。スネイプとムーディの話が終わり、スネイプはトレイに食事を載せてルーシーの部屋へと向かった。
「――ルーシー」
部屋の中を見たハリー、ロン、ハーマイオニーは息を呑んだ。部屋の中は荒れていた。ベッドのマットが裂け、枕も裂けて中の羽毛が至る所に散乱している。サイドテーブルも破壊され、木の屑が粉々になっていた。
「・・・・・・またやったのか」
また、という言葉にハーマイオニーが息を呑んだ。ルーシーはボサボサの頭を右に傾げ、床の真ん中にぺたりと座り込み、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。
「・・・食事を持って来た」
サイドテーブルを直してトレイを置くと、カチャン、と食器が触れ合う音が静かに響く。次の瞬間、ハリー達は驚いてビクッと身体を震わせた。ルーシーが突然叫び出したのだ。
「いやああぁぁぁっっ!!!」
「ルーシー!!」
スネイプがルーシーに駆け寄る。ルーシーは髪を振り乱し、爪で床をガリガリ引っ掻きながら叫んだ。爪は既に剥がれかけていて、随分前からその行為を繰り返していたのだと分かる。
「落ち着け、ルーシー」
「壊して!!壊して!!!」
狂ったように叫ぶ。真っ赤に染まった指先を見て舌打ちをし、スネイプはルーシーの手首を掴んで引っ張った。暴れるルーシーを無理矢理腕の中に閉じ込めると、そこから逃れようとスネイプの背中をガリガリと引っ掻く。痛みに顔を顰めながらも、スネイプはルーシーを抱きしめるその腕の力を弱めようとはしなかった。
「大丈夫だ、ルーシー」
「壊して!!!殺される・・!!あの女が・・っ、あの女が殺しに来る・・・!!!」
「ルーシー!!」
漸くルーシーがピクリと反応を示した。大人しくなったのを確認してスネイプはルーシーと顔を見合わせた。ルーシーの虚ろな瞳に、スネイプの顔が映っていた。
「誰もお前を殺さない。ルーシー、もう誰も傷付ける者はいないんだ」
「うそ・・うそ・・・殺される・・・あの女が・・っ、殺しに来る・・・・っ!!」
「ルーシー・・」
「割らなきゃ・・・壊さなきゃ・・・!壊さなきゃ殺される・・・!!」
ゴホゴホと咳き込み、ルーシーは大量の血を吐き出した。
「――すまなかった」
薬を飲ませながらスネイプが呟いた。
「やはり、無理をしてでも私の部屋に泊めるべきだった・・・」
優しく抱きしめ、スネイプはポケットから羊皮紙を取り出した。杖でトン、と叩くと、羊皮紙が燃え上がって消えた。
「ダンブルドアに伝えた。ルーシー、私と共に城に戻るぞ」
「し、ろ・・・」
「私の部屋に来い」
「せん、せ、と・・いっしょ・・・?」
「あぁ・・傍にいる」
虚ろな瞳に段々と生気が戻っていった。同時に、ルーシーの瞳に涙が浮かび、涙が止め処なく溢れた。
「せんせぇ・・・せん、せ・・っ、」
「すまなかった・・」
「わ、わた、し・・・」
しゃくり上げながらルーシーが言った。
「も、やだ・・・っ、ひとり、やだぁ・・・・・」
涙で濡らした顔をクシャクシャに歪めて訴えるルーシーを切なげな表情で抱きしめ、スネイプはただ一言呟いた。
「・・・・私が傍にいる」
クリスマス休暇直前、スネイプはルーシーに休暇中傍にいれない事を打ち明けていた。
「・・・・・・・・・・私・・あそこに戻るの・・・?」
「・・・・・すまない・・・」
「ここに残りたい・・学校にいたい・・・」
「・・・・・それは駄目だ・・ルーシー、お前はあの部屋に篭るだろう?」
「・・・・・・・・・」
「ルーシー、【必要の部屋】はお前が必要とするものを出す。だが、それはお前にとって良い事ではない。克服したいのなら、行くべきではない」
「・・・・・・」
ルーシーは答えず唇を噛んだ。
「会える時は会いに行く。食事は部屋の前に置くように言っておく。・・・・・・我慢してくれ」
スネイプとは思えない、低姿勢な言葉だった。それ程までにルーシーを想っているのだと、ハリー達にも分かってしまった。心から、ルーシーを心配している。誰よりも、ルーシーを想っている。レイアよりも、シリウスよりも、マクゴナガルよりも。
誰よりも、セブルス・スネイプという男が、ルーシー・カトレットを愛していた。
場面が変わり、スネイプがルーシーの部屋の前でレイアの自殺の事をシリウス達に話していた。ハリー達の姿もあった。
部屋に入って行ったスネイプは、すぐにルーシーを抱きしめた。
「すまない・・・」
「・・・・・・・消えたい・・・」
虚ろな瞳から流れる涙はとても儚く、とても神聖なもののように見えた。誰よりも純粋で、誰よりも傷つきやすいルーシーが流した涙は、スネイプにとってどんな風に見えていたのだろうか?
スネイプの部屋に戻ったルーシーは、その晩、スネイプに抱きしめられて眠りについていた。けれど、涙が止まる事はついに無かった。
再び場面が変わり、OWLの試験中にマクゴナガルが失神呪文を食らって倒れた場面になった。スネイプが足早に城の扉を開き、校庭を駆けて行く。今にもアンブリッジに攻撃しようとするルーシーの背に向けて杖を振った。
「ステューピファイ!!(麻痺せよ!!)」
一瞬で無表情に戻ったが、呪文を放った瞬間のスネイプの表情は、とても苦しそうだった。