ルーシーが3年生になり、ハリーが入学して来た。
「・・・私、あの子すきじゃない・・・・・」
スネイプの部屋でお茶をしながら他愛無い話をする事が日課になっていた。デスクで仕事をしていたスネイプは、ルーシーの言葉にピタリとペンを止めた。
「・・・あの子がいなければ・・・・・」
続きは言わなかったが、ルーシーが何を言いたかったのかハリー達にも分かった。ハリーは胸の奥に何か重い物が落ちてきたような気分になった。ロン、ハーマイオニーが心配そうにハリーを見つめた。
「・・・・・・・そう思う私は・・・最低ですね・・」
自嘲気味に笑うルーシーを静かに見つめ、スネイプは何も言わず再びペンを走らせた。
「・・・・・・・・・・・・私はそうは思わないがな」
呟かれた言葉にルーシーは弾けたように顔を上げた。スネイプはデスクに向き合ったままだった。
「誰だって、そう思う」
「・・・・・・本当に?」
「少なくとも、私ならそう思う。ポッターの存在がどうこう、という前に、まず自身の両親を恨め」
「え・・?」
「お前の事だから、実の両親を憎いと思う自分は最低だ、とでも思ってるのだろう?」
ルーシーは答えなかった。それが正解なのだとハリー達にも分かっていた。
「それでも、消えないのだろう?憎いと思う気持ちが。ポッターの存在を憎みたくなる程に」
「・・・・・・・私、最低ですね・・」
呟き、咳き込んでからルーシーは背凭れに背中を預けた。
「・・・1度憎んだら・・・・・一生好きになれない気がするんです」
「構わん」
「え?」
「私が許す。好きなだけ憎めば良い」
ルーシーはキョトンと瞳を丸くした。
「・・・先生、私の親と仲が悪かったんですね」
「悪いが、私は君の父親がこの世で1番嫌いだ」
「1番・・」
「ついでに、ポッターの父親もこの世で1番嫌いだ」
「・・・・・・・2人共1番ですか?」
「等しく嫌いだ。殺しても足りない程に大嫌いだ」
ルーシーはクスクス笑った。
「じゃあ・・・私も、嫌いです」
片眉を上げたスネイプに、ルーシーは小さく笑って言った。
「あの男も、あの女も・・・だいきらい」
微笑むルーシーをジッと見つめたスネイプが、ほんの少しだけ穏やかな表情になったように見えた。
「・・・・・・自分の心に正直になる事は悪い事ではない」
「・・・あの男が脱獄したんですね」
呟いたルーシーは何処か動揺しているようだった。スネイプはルーシーのココアを出しながら言った。
「――何もするなよ」
「捕まえたりなんてしませんよ。面倒だもん」
ゴホゴホと咳き込み、ルーシーは肩を竦めた。
「――こんな身体ですしね」
「ルーシー・・・」
「どうだって良いんです・・あんな男・・・・私には関係ない・・あんな男、父親じゃない――」
けれど、場面が変わるごとにルーシーは不安定になっていった。シリウスが学校に忍び込んだハロウィーン、ハリー達の寝室に忍び込んだクィディッチの試合の夜。
ある日、ルーシーがポツリと呟いた。
「ねぇ、先生・・」
「何だ」
デスクに向かってレポートの採点をしながらスネイプが返事をする。
「・・・・・こないだ、図書館で本を読んだんです。ある日本人がね、こう言ったんですって。【世界はアイに満ちている】、って・・」
スネイプはペンを止めてルーシーを見た。ルーシーは膝を抱えたまま、スネイプを見ようとはしなかった。
「知ってますか?日本って、漢字と平仮名とカタカナを使うって。漢字でね、【アイ】って文字が沢山あるんだって。その人はね、【世界は相に満ちている】って言ったんだって。独りでは何も出来ないから、誰かが必要なんだ、って。人は独りじゃないんだ、って。誰にとっても【誰か】がいるから、だから、【世界は相に満ちている】って・・・」
スネイプは何も言わず、ルーシーの言葉の続きを待っていた。
「でも・・・私、調べたんです。私はね、【世界は哀が満ちている】と思う・・・何よりも。他の何よりも・・・この世は哀しい事だらけ。哀しい事しかない・・・・何も・・」
先生はどう思います?、とルーシーが尋ねたが、スネイプは分からないと首を振った。
「そうだな・・暇があれば日本語を勉強してみるとしよう」
「先生の答え、楽しみにしてますね」
ルーシーはそう言って、小さく微笑んだ。そして、場面が変わった。
「ボガートが?」
スネイプが聞き返すと、ルーピンは静かに頷いた。つい数十分前に死んでしまったルーピンを見て、ハリー、ロン、ハーマイオニーは鼻の奥がツンとするのを感じた。
「ラジオになったと?」
「シリウス・ブラック逮捕と、ポッター夫妻が亡くなった、という報道だったんだ」
「・・・・・・そうか」
場面が変わり、スネイプがルーシーにその事を尋ねている部分になった。
「・・・・・・・・・いつも・・・・それが放送されると・・」
「・・・・・・・そうか・・」
ラジオが流れるたびに、レイアがルーシーを傷付けていた。
シリウスの報道がされるたびに。
ポッター夫妻が死んだと報じられるたびに。
罪の無いルーシーが、犠牲者となっていた。
トラウマになってしまう程に。
憎んでしまう程に。
【復讐は蜜より甘い】
ふと、ハリー達の脳裏にスネイプがシリウスに向けて言った言葉が蘇った。もしかしたら――もしかしたら、スネイプがあの時あんなに怒っていたのは――怒り狂っていたのは――シリウスを吸魂鬼に引き渡そうと躍起になっていたのは・・・・・
たった1人の、小さくて憐れな少女の為だったのかもしれない――
篩の場面が変わった。ルーシーがスネイプに抱き付いて泣いていた。スネイプは何も言わず、ただ、ルーシーを抱きしめて頭を撫でていた。
「あ、んな・・やつ・・・っ、」
「ルーシー・・・」
「きらい・・っ、きら・・・っ、」
泣き疲れて眠ったルーシーを優しく抱きしめ、スネイプは長く息を吐いた。
「・・・・・ブラックめ・・・いくら何でも、それは無いだろうが・・・」
呟いたスネイプの言葉は、弱々しかった。頬に涙の痕が残るルーシーを強く抱きしめ、額にそっと口付けを落とした。
「妻と娘の区別くらい付けろ」
篩が次の場面を映し出した。クリスマスダンスパーティだった。
スネイプの部屋で、ルーシーはドレスを着ていた。淡いピンク色のドレスに身を包んだルーシーと、漆黒のドレスローブを身に纏ったスネイプの2人だけだった。
「あれ・・・でも、あの時スネイプは確かいつものカッコで・・・」
「しっ!」
言いかけたロンをハーマイオニーが窘めた。
「ホントに踊ってくれるとは思いませんでした」
「結局パーティに出なかったのだろう?ミネルバがドレスローブを買ってくれたというのに・・」
「踊りたい人いなかったんです」
スネイプは小さく溜息をついてからルーシーの前で腰を折った。
「踊っていただけますかな?」
「喜んで」
クスクス笑い、ルーシーはスネイプの手を取った。スローテンポな曲が流れ、2人がゆっくりと踊り出す。意外に上手いスネイプがルーシーをちゃんとリードしていた。
「先生と踊れるとは思ってませんでした」
「私とて、生徒と踊る事になるとは思わなかった」
「でも、楽しいです」
「楽しくないなどとのたまうものなら、グリフィンドールから100点減点していた所だ」
穏やかな表情のスネイプがルーシーに心を許しているという事はハリー達にも分かった。
「わっ、」
慣れないヒールで躓き、倒れかけたルーシーをスネイプが咄嗟に抱き抱える。
「あー、ビックリした・・」
「慣れないものは履くものではないな」
「ですね、でも、楽しかったです。お姫様になったみたい」
「相手がこんな中年男では仕方無いだろう」
ルーシーはクスクス笑った。
「そこら辺の王子様より、ここにいる中年男の方が好きですよ」
「――それは、光栄だ」
自然に2人が顔を寄せ合った。ハーマイオニーが小さく黄色い声を上げ、ハリーとロンはポカンと瞳を丸くした。
「この世で1番嫌いな男の娘ですけど、良いんですか?」
「それを言うなら、君の父親をこの世で1番嫌いだと言う男だが、良いのかね?」
「そんなの、決まってます」
「「望む所だ」」
声を揃え、2人は小さく笑い合い、抱き合った。
スネイプが笑う所など初めて見た、とハリー達は思った。
「・・・・【例のあの人】が復活したの?」
「あぁ・・・」
「・・・そっか」
「・・・・・・怒らないのか?」
ソファに座るルーシーの隣に腰を下ろしながらスネイプは呟いた。
「私を憎んでも良いのだぞ?結果的に、騙した事に変わりは無い」
「・・・・・・・・・先生の事憎むんなら、私、この世の全員を憎めます」
「ルーシー・・」
「もう良いんです・・・先生はちゃんと償ってくれたでしょう?こうして私に薬を作ってくれてる」
「だが・・」
「好きだって想ってくれたのは先生の気持ちだって信じてても良いですか?」
「ルーシー・・」
「正直な話、私にはそっちの方が大事です。先生が罪の意識だけで私を想ってるフリをしてくれてたのなら・・・きっと、私は先生を憎めますよ」
ジッと見つめ合い、やがてスネイプは苦笑した。
「どうやら、憎んではもらえないようだ」
「良かった・・・」
ホッと安堵の息を漏らし、ルーシーはスネイプに抱きついた。スネイプは何も言わず、ルーシーを抱きしめて額にキスを落とした。
場面が変わり、グリモールド・プレイスでルーシーがシリウスと対面していた。
「レイア・・!!」
シリウスが叫びながらルーシーを抱きしめた。
「本当に!?何でそんな姿で・・・レイア・・レイア・・・!」
「シリウス!!」
ルーピンが焦ったようにシリウスをルーシーから引き剥がした。
「レイアじゃない!」
「何言って・・レイアじゃないか!」
「レイアじゃないんだ、シリウス。君とレイアの娘のルーシーだ!!」
「むす、め・・?」
シリウスは首を傾げた。
「娘・・?俺とレイアの・・・・?」
「シリウス・・まさか・・・」
ルーピンはそれ以上言わなかった。言えなかったのだとハリー達にも分かった。
「――覚えてないみたいですね」
静かな声でルーピンの言葉の続きを口にしたのはルーシーだった。
「ルーシー・・」
ルーピンが困惑した様子で呼びかけるが、ルーシーは無表情だった。
「構いません。私も、その人が父親だと思った事などありませんから」
スネイプと共にルーシーの部屋に行くと、ルーシーは何も言わずスネイプに抱きついた。スネイプは強くルーシーを抱きしめた。
「ルーシー」
何度も、何度も、ルーシーの名を呼び続けた。
まるで、【ルーシー】という存在を認めるかのように。
「・・・・・・・・りがと・・」
小さく呟き、ルーシーが静かに涙を流したのをハリー達は見た。