06


それは、ルーシーとの記憶だった。ルーシーが入学して来た時、スネイプはルーシーをまるでシリウスを見るかのように憎しみの篭った瞳で睨んでいた。

「貴様は父親にそっくりだ、Miss.カトレット。傲慢で、何でも思い通りになると思っている――」

夜中、廊下を徘徊しているルーシーを見つけたスネイプがルーシーに向けて吐き捨てた。ハリーも言われた事がある。けれど、ルーシーはハリーとは違う態度をスネイプに取った。

「誰があんな男・・・っ!!」

スネイプよりも憎しみの篭った声と表情で吐き捨てたルーシーに、スネイプが驚いていた。スネイプはルーシーを寮監であるマクゴナガルの元へ連れて行った。

「ルーシー・・また眠れないのですか?」
「・・・・・・ごめんなさい」

素直に謝るルーシーは何かに脅えているようにも見えた。マクゴナガルは溜息を零すとスネイプに言った。

「セブルス、すみませんが睡眠薬を作って頂けませんか?」
「睡眠薬?」
「この子は――」
「私、大丈夫です・・!」

マクゴナガルの言葉を遮ってルーシーが叫んだ。

「ごめんなさい、ちゃんと寝れます。大丈夫です、ごめんなさい・・!」

何度も頭を下げて謝罪するルーシーにスネイプは怪訝そうな顔をした。マクゴナガルがルーシーを医務室に送るのに同行し、ポンフリーに飲まされた睡眠薬で眠りについたルーシーを見ながら、マクゴナガルは呟いた。

「・・・この子は、母親に虐待を受けていたのです」
「レイアに?まさか・・彼女が――」
「シリウス・ブラックがアズカバンにいる事は知っているでしょう??彼女は――耐えられなかった。心を病んで・・シリウス・ブラックとの娘であるルーシーを傷付けた・・殺されかけたこの子は、心に深い傷を負っているんです」
「殺されかけた・・・・?」
「アリア――レイアのお母さんが私の古い友人なんです。彼女から聞いた話ですが・・・寝ていたこの子の首を絞めたそうです・・アリアが気付いて助けたけれど・・・・それでも、レイアはルーシーを傷付け続けた・・毎日毎日呪いの言葉を口にして・・セブルス――この子は、長くは生きられないんです」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは息を呑んだ。

「どういう事です?何故――」
「レイアの呪いの言葉がルーシーの身体を蝕んでいるんです。心を病んだレイアがルーシーを呪ってしまった・・・この子の身体はどんどん蝕まれていっています。何も手を打たなければ、数年と保たないでしょう・・・」

マクゴナガルが鼻を啜った。

「セブルス・・・・この子を助けてくださいませんか?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは、スネイプが迷っているのを見た。何故、自分が?と思っているのだとその表情で分かった。スネイプはきっと頷かない、拒否するだろう。ハリーはそう思った。だが、数十秒後、スネイプは小さく息を吐いて頷いた。

「――出来る限りの事を」

それから、スネイプは毎日ルーシーに薬を飲むように言った。仕事の合間に薬を調合し、ルーシーに渡した。けれど、ルーシーは決して薬を飲もうとはしなかった。

「いらない・・いりません・・・・」
「カトレット」
「いらない・・・・どうせ、死ぬもの・・・・」
「ならば、飲んでも問題はあるまい」

ルーシーは自嘲の笑みを浮かべた。

「少しでも長く生きて、どうするんですか?」
「何?」
「・・・・・・この地獄で・・私は何故、長く存在しなければならないんですか・・・・?」

小さな声で呟かれたそれは、ルーシーの本音だった。

全てを諦めた表情で、

全てを見下した表情で、

全てを拒絶した表情で、

たった11歳の少女が――

「・・・・・・・・・いずれ、分かる」

曖昧な答えを言い、スネイプはルーシーに薬を渡した。

「少なくとも、ミネルバとポッピーは君に生きていて欲しいと願っている。2人を助ける為に、飲め」
「・・・・・・」

少し躊躇ったが、ルーシーは大人しく薬を飲んだ。これはスネイプも少しだけ驚いたようだった。

「・・・・マクゴナガル先生の名前を出すのは反則ですよ・・」

悲しげに微笑んだルーシーがマクゴナガルに対して申し訳無いという想いを抱いている事は、ハリー達にも分かった。

「・・・・・・・・・出来る限りの事をするとミネルバと約束した。我輩は、君に薬を飲ませる義務がある」

ルーシーは、毎日スネイプの部屋に通うようになった。




次の場面ではルーシーが2年生になっていた。ハリー達が【DA】の訓練で使った【必要の部屋】の前に、スネイプが立っていた。扉が現れ、スネイプが足を踏み入れるのをハリー達も追った。

「・・・・・・何をしている」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは驚いた。部屋の中は、大量のガラスで溢れ返っていた。ガラス瓶や鏡が粉々に割れた状態で散乱していた。

「割らなきゃ・・割らなきゃ・・・壊さなきゃ・・壊さなきゃ・・・・」

ブツブツと、狂ったようにルーシーが呟いていた。

「――カトレット」

歩み寄り、ルーシーの正面に立つとスネイプはしゃがみ込んでルーシーの腕を掴んだ。途端に、ルーシーがビクリと震えた。

「ごめんなさい・・!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・!」
「カトレット・・」
「赦して・・赦して・・・赦して・・・!!」
「落ち着くんだ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・!!!殺さないで・・殺さないで・・・殺さないで・・・!!!」
「誰もお前を殺さない。カトレット、我輩は君を傷付けない」
「嘘だ!!殺される・・殺される・・・!!あの女が来る・・あの女が・・・あの女が殺しに来るんだ・・!!!」

そして、ルーシーは再び「割らなきゃ」という言葉をブツブツと繰り返した。やがて、発作を起こして倒れたルーシーを医務室に運び、スネイプはダンブルドアの元にいた。

「・・・・・・ガラスで切りつけられていたそうじゃ」
「・・・そうですか・・・・・」
「あの子はガラスに脅えている。ガラスだけではない。割れたガラスで切りつけられていたトラウマが、あの子にあのような事をさせるのじゃろう。ガラスを割らなければ、という焦燥感に駆られるのじゃ。傷付ける程の大きさが無ければ、無事だと・・・」
「校長・・私には荷が重すぎます。カトレットを立ち直らせる事など・・・・」
「じゃが、セブルス。あの子は君に心を開き始めておる」
「そうでしょうか?」

スネイプが溜息をついた。

「漸く話を出来るようにはなりましたが・・カトレットはまだ私に脅えます」
「仕方の無い事じゃ。じゃが、セブルス。ミネルバはアリアが死んで漸くルーシーと話せるようになったのじゃ。レイアが死に、アリアがルーシーを引き取ってからミネルバはよくルーシーに会いに行った。じゃが、あの子は心を開かんかった・・分かるかね?君は驚異的な早さであの子の心を開かせているのじゃ」

スネイプが複雑そうな表情をしたのを、ハリー達は見た。

「――あの部屋に通うのは止めろ」

スネイプは何度もルーシーに言ったが、ルーシーは何度も部屋に入り浸っていた。その度にスネイプが見つけ、医務室へと運んだ。

「カトレット・・・」
「・・・・・・いや、です」

ある夜、医務室で瞳を覚ましたルーシーはスネイプに言った。

「いや・・・カトレットは・・きらい・・・・・」


【あの女とおなじは、きらい・・】


ルーシーは小刻みに震えながら言った。

「あのひと・・・私を棄てたんだもん・・・だから、いや・・」
「カトレット・・・」
「いや!!」

金切り声を出すルーシーに、スネイプは困惑の表情で言った。

「落ち着くんだ。レイアがお前を傷付けた事は聞いた。だが、心を病んでいたのでは――」
「だってあの女は私を殺そうとした!!私を殺そうとして・・何回も何回も殺そうとして・・・っ、あの女は私を棄てて勝手に死んだんだ・・!!!」


【勝手に首を吊って・・私を棄てて死んだんだ!!】


「それなのに・・それなのに・・・っ!!」
「――もう良い」

スネイプがルーシーを抱きしめた。

「もう良い。分かった。――もう、大丈夫だ」
「いらな、って・・っ、し、しねって・・・・っ、きえ、っ・・・」
「大丈夫だ・・・もう、誰もそんな事を言わない・・・・・誰もお前を傷付けたりしない」
「っ、ふ、ぅ・・」

ルーシーの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。この篩の中で初めて見た、ルーシーの泣き顔だった。ルーシーが泣き疲れて眠るまで、スネイプはずっとルーシーを抱きしめていた。
翌日から、スネイプはルーシーの事を【ルーシー】と呼ぶようになった。