05


5年生であるハリー達は、OWL試験というものを受けなければならない。1年間、必死で勉強した成果を何とか絞り尽くして試験に臨んだ。
OWL試験8日目の夜、天文学の試験を受けていたハリー達は、ハグリッドが襲われ逃げ遂せたのを目撃した。その際、止めに入ったマクゴナガルが失神呪文を4本同時に受けて倒れたのも目撃した。談話室に戻ったハリーは、他の学年の生徒達と話をしていた。

「マクゴナガル先生が大丈夫だと良いんだけど・・・」

同級生のラベンダーが言った時、アンジェリーナが心配そうに呟いた。

「ルーシーも心配だわ・・・無事だと良いんだけど・・・・・」
「ルーシーが?」

ハリーが聞き返すと、アンジェリーナは重々しく頷いた。

「マクゴナガル先生が倒れたのを見た途端、ルーシー、凄い勢いで出てったんだよ。他の先生達が出て来て運ぼうとしてる所に駆け寄って・・・アンブリッジ達に向かって叫んでたんだ。絶対に赦さない、殺してやる、って・・杖まで取り出して――」
「そ、それで!?」

ハーマイオニーが青褪めた様子で尋ねた。

「知ってるかもしれないけど、マクゴナガル先生はルーシーの保護者代わりの人なんだ。だから、ルーシー動転してて・・・でも、攻撃しようとした瞬間、城から出て来たスネイプに失神させられて運ばれたよ」
「スネイプに?」
「そう。アンブリッジがやる前にスネイプがやったんだ」

苛々した様子でアンジェリーナが言う。他の生徒達も顰め面だった。けれど、ハリー、ロン、ハーマイオニーは何故スネイプがそうしたのか分かった気がした。

「・・・・ルーシーを護る為に・・?」
「まさか」

そう言いながらも、ロンもそう思っているのだという事がハリーにも分かった。アンブリッジを攻撃してからでは遅い。攻撃する前に止める必要があったのだ。

翌日、シリウスが魔法省の神秘部でヴォルデモートに拷問を受けている夢を見たハリーは、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナと共に神秘部へと向かった。
ヴォルデモートが仕掛けた罠だと知ったのは、ルシウス・マルフォイやベラトリックス・レストレンジらが現れた時だった。シリウスはそこにいなかったのだ。
危機一髪の所で騎士団員達が助けに来てくれたが、その戦いでハリーの名付け親であるシリウス・ブラックが生命を落とした。神秘部の【死の間】にあるアーチを潜ってしまったシリウスは、亡骸さえも出て来なかった。
戦いが終わり、シリウスという大切な存在を喪ったハリーはダンブルドアに校長室で待つように言われた。
30分後、ダンブルドアが校長室に戻って来たと同時に校長室の扉がノックされ、ルーシーが部屋に入って来た。

「おぉ、ルーシー・・よく来てくれた」
「――お久しぶりです」

軽く会釈をし、ルーシーは勧められるままにソファに腰を下ろした。ダンブルドアは向かいに座ったが、ハリーは座らなかった。

「セブルスから話は聞いておるかね?」
「生徒の数人が魔法省の神秘部へ向かい、騎士団員達が後を追った、という事だけは聞きました」
「ふむ・・・」

長く白い顎鬚を撫で、ダンブルドアは言った。

「神秘部に向かったのはここにいるハリー、友人のロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、ジニー・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、そしてルーナ・ラブグッドじゃ」
「私にお話とは?」
「他の生徒達はマダム・ポンフリーが手当てをしておる。ニンファドーラ・トンクスは少しばかり聖マンゴで過ごさねばならぬかもしれんが、完全に回復する見込みじゃ」
「校長先生。私にお話とは?」

ルーシーが繰り返した。ハリーは絨毯を見つめたままだった。

「――君の父、シリウス・ブラックが亡くなった」

ダンブルドアが呟いた。暫くの沈黙の後、ルーシーは静かに呟いた。

「そうですか」

途端に、ハリーはバン!と壁を殴りつけた。

「ハリー、気持ちはよく分かる」
「分かってなんかない」

ハリーは怒りを隠しもせずに言って、窓の外を見た。遠くに競技場が見えた。過去、シリウスが犬に変身してハリーのクィディッチの試合を見に来た事があった。

「ハリー、君の今の気持ちを恥じる事はない。それどころか・・・・そのように痛みを感じる事が出来るのが、君の最大の強みじゃ」
「僕の最大の強み。そうですか?何も分からないくせに・・・・知らないくせに・・・・・」
「わしが何を知らないと言うのじゃ?」

ハリーは怒りに震えながら振り向いた。

「僕の気持ちなんて話したくない!放っといて!」
「ハリー、そのように苦しむのは、君がまだ人間だという証じゃ!この苦痛こそ、人間である事の一部なのじゃ――」
「なら――僕は――人間で――いるのは――嫌だ!!」

ハリーは吼え哮り、部屋にある銀の道具を手当たり次第引っ掴んで壁や暖炉に投げ付けた。

「沢山だ!もう見たくもない!止めたい!終わりにしてくれ!何もかもどうでも良い――」
「どうでも良いはずはない。気にするからこそ、その痛みで、君の心は死ぬ程血を流しているのじゃ」
「僕は――気にしてない!」
「いいや、気にしておる。君は今や、母親を、父親を、そして君にとっては初めての、両親に1番近い者として慕っていた人までも失ったのじゃ。気にせぬはずがあろうか」
「僕の気持ちが分かってたまるか!先生は――ただ平気でそこに――先生なんかに――」

言葉を切り、ハリーは苛々したように舌打ちをし、壁を殴りつけ、部屋の中を歩き回った。

「――話が済んだのなら、私は帰っても良いでしょうか?」

ルーシーの静かな声がハリーを更に激昂させた。

「どうして君は・・!!」

ハリーはルーシーに怒鳴った。

「シリウスが・・!!自分の父親が死んだのに・・・!!」

ルーシーは何も言わなかった。否、ハリーの言葉を聞いていないかのようだった。

「良いですよね?話は聞きました。あの男が死んだ。その他に私は聞く事がありますか?」
「ルーシー・・・」

ダンブルドアが悲しげにルーシーの名を呼んだが、ルーシーは無表情のまま淡々と言った。

「――あぁ、あの屋敷の事ですか?あの男の事だから、きっとハリー・ポッターに託す事を遺言しているでしょうね。結構です。もし何も残っていなくても、私は全てを放棄します。どうぞ、先生のお好きなように――」
「ふざけるな!!!」

ハリーが怒鳴った。ルーシーはそこで初めて、ハリーを正面から見据えた。ルーシーは無表情だった。その瞳には、何の感情も篭っていなかった。哀しみも、何も。ただ、虚無だった。

「――貴方の価値観を他人に押し付けないで」

それだけを言い、ルーシーは校長室を出て行った。ハリーは、遣る瀬無い思いを消化する方法を見つける事は出来なかった。




次にハリーがルーシー・カトレットを見たのは、最終決戦の最中だった。ヴォルデモートがスネイプを呼び出したのに気付き、ハリーはロン、ハーマイオニーと共に【叫びの屋敷】へと向かった。
【死の秘宝】の1つである【ニワトコの杖】が1年前に死んだダンブルドアの使っていた杖だと突き止め、手に入れたヴォルデモートは、ダンブルドアを殺したスネイプを殺そうとした。ヴォルデモートのペットである大蛇のナギニと共に檻に入れられ、スネイプが今にも殺されそうなその時だった。

「先生・・!!」

扉を破って入って来たルーシーはパジャマ姿で、とても痩せ細っていた。そして、裸足だった。擦り切れて、血だらけだった。苦しそうに何度も咳き込んで血を吐き、涙を流し、ルーシーはヴォルデモートなど眼中に無い様子でスネイプに駆け寄った。

「先生・・先生・・・!」
「ルーシー・・・何故・・」
「だっ・・せ、んせ、が・・・っ、」

檻に手をついて咳き込むルーシー。咄嗟にスネイプがルーシーの名を叫んだ。

「しっかりしろ!ルーシー!!」

ヴォルデモートは高らかに笑った。

「自分の心配をした方が良いぞ、セブルス。その分では、その女も長くあるまい?良かったではないか、愛する者が死に逝く姿を見ずに死ねるのだから――」

そしてヴォルデモートは自身のペットに向かって蛇語で言った。

【――殺せ】

大蛇の鋭い牙がスネイプの首を貫いた。

「先生!!!」

血の気を失くし、崩れ落ちたスネイプを確認し、ヴォルデモートが杖を振った。泣き叫ぶルーシーを見て鼻で嘲り、ナギニを連れて屋敷を出て行った。

「先生!!せ――っ、ごほ・・っ、ごほっ・・・、せん、せ・・!!」

苦しそうに咳き込みながらルーシーが叫ぶ。ハリーは無意識だった。無意識のうちに透明マントを脱ぎ捨ててスネイプとルーシーに歩み寄った。
ハリーに気付いたスネイプはハリーに話しかけようとしたが、口を開くと声の代わりに血を吐き出した。ハリーが屈むと、スネイプはハリーのローブの胸元を掴んで引き寄せた。

「これを・・・取れ・・・これを・・・・っ、」

青みがかった銀色の気体でも液体でもないものがスネイプから溢れ出た。それがスネイプの記憶だという事に気付いていたハリーは、ハーマイオニーが何処からともなく取り出したフラスコに汲み上げた。

「・・・・い、け・・」

何故だか分からないが、従わなければならない気がした。ハリーはロン、ハーマイオニーと共に屋敷を後にした。今にも息絶えそうなスネイプと、先程からずっと苦しそうに咳き込むルーシーだけを屋敷に残して――。

真実を知ったハリーは、ヴォルデモートとの戦いに勝利した。誰もが狂喜した。犠牲は多かった。両親の親友であるルーピンも、ルーピンと結婚したトンクスも、フレッドも死んでしまった。それまでにも、沢山の大切な人達が生命を落とした。

全てを終えたハリーは、ルーナの力を借りてロン、ハーマイオニーと共に校長室へと向かった。自らがずっと使っていた杖を修理し、結果的にハリーのものとなったニワトコの杖をダンブルドアの亡骸の元に戻す事を決心した。

「――あれがスネイプの記憶?」

ハーマイオニーが憂いの篩を指して言った。

「そう。僕、まだ全部見てないんだ・・・」

ハリーはロン、ハーマイオニーと共に憂いの篩の前に立った。まるでそれが決められた事であるかのように、3人はスネイプの過去を覗き見た。