04


クリスマス休暇、ルーシーは再びグリモールド・プレイスにやって来た。けれど、それがルーシーの望んだ事ではないのだという事はハリーにも分かっていた。挨拶もしないで部屋に篭ってしまったからだ。

「え?スネイプが来てないの?」

休暇が始まって1週間程経ったある日、厨房に下りたハリーはフレッドの驚いたような声を聞いた。

「えぇ・・任務で忙しくて・・・・」
「じゃあ、ルーシーの食事は?どうしてるの?」
「部屋の前に置いて呼びかけているんだけれど・・・でも、手をつけた様子が無いのよ」
「それって、1週間何も食べてないって事?」

ジョージの言葉にハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせた。

「でも、部屋に入れないのよ・・・駄目なの」
「どうして?」
「どうも、スネイプ先生しか開けられないように魔法がかかってるようなのよ。きっとルーシーがそうしたんでしょうけど・・・」
「じゃあ、スネイプを呼ばなきゃ!」
「言ったでしょう?任務で忙しいのよ。ただでさえ、教職もあるのに・・・今、リーマスがルーシーの部屋に向かってるわ。また食事に手を付けないようだったから、強引にでも食べさせなきゃ、って・・・・」
「ルーピンが1人で行ったの?」
「トンクスも一緒ですよ。さ、貴方達も食べちゃいなさい。私もちょっと様子を見て来ようかしら・・」

ハリー達が食べ始めたのを確認し、モリーが厨房を出て行った。

「大丈夫なのか?」

フレッドが呟いた。

「1週間も飲まず食わずって・・・」

その時、慌てた様子でモリーが厨房に入って来た。

「どうしたの?」
「え?あ・・何でもないのよ。ちゃんと食べるのよ」

口早にそう言うと、モリーはゴブレットと水差しを持って再び厨房を出て行った。顔を見合わせてからハリー達も後を追った。
階段を上って行くと、上から誰かの声が聞こえた。

「飲むんだ!」

シリウスの声だった。そっと覗き見ると、切羽詰った様子でルーシーの口にモリーが持ってきた水を飲ませようとしている。シリウスの腕の中にいるルーシーはぐったりとしていて、それでも頑なにシリウスから逃れようとしていた。

「っ、放して・・!!」
「駄目だ!!飲め!」
「さ、わるな・・!!」

憎しみの篭った瞳でシリウスを睨むルーシーに、ハリー達は瞳を丸くした。シリウスは一瞬だけ動揺したように息を詰め、大きく息を吸ってからルーシーの口を無理矢理こじ開けて水を流し込んだ。盛大に咳き込むルーシーの背中を擦るトンクスの姿が見えた。けれど、トンクスが背中を擦っている事に気付いた瞬間、ルーシーが叫んだ。

「触らないで!!!」

ビクリ、と驚いてトンクスが手を引っ込めると、ルーシーは苦しげな顔で身体を起こした。壁に手を付いてよろけながら立ち上がると、シリウス達に向かって吐き捨てた。

「私に近寄らないで!!」
「それなら、食事を取れ!」

シリウスも怒鳴った。

「他人の手を借りなければならない程に弱っているくせに何を言ってるんだ!?頼りたくないのなら――」
「出てって!!!」

ルーシーが金切り声を出した。

「お前の顔なんか・・見たくない!!」
「ルーシー・・!」

ルーピンが声を上げて間に入るが、ルーシーは既に背を向けていた。

「消えて!!私の前から消えてよ!!!皆消えて!!」
「――何をしている」

突然背後から聞こえた低い声にハリー達はビクリと大きく震えた。スネイプがいた。スネイプの声が聞こえたのか、叫び続けていたルーシーはピタリと止まってスネイプを見た。

「せ、んせ・・・」

スネイプは階段を上り、ルーシーとシリウス、ルーピン、トンクス、モリーを順番に見た。

「――カトレット、部屋に入れ」

ルーシーは何も言わず大人しく部屋の中に入った。スネイプは扉を閉めて杖を振ってからシリウス達に言った。

「何をしている?我輩が言った事を聞かなかったのか?トンクス、ブラック、Mrs.ウィーズリー。カトレットに近付くなと言ったはずだ」

咎めるような声にシリウスが怒りを露にした。

「アイツが食事を取らないからだ!スネイプ!何を隠している?俺の娘だぞ!!」
「くだらん。貴様はただ、カトレットを存在させただけに過ぎん。父親?父親らしい事を何1つしなかった男が何を言う」
「セブルス、それはシリウスの所為じゃないよ」

ルーピンがそう言うと、スネイプはルーピンを見た。

「ならば、訂正しよう。ブラック、貴様はレイアに何を言った?」
「何?」
「貴様はレイアに何を言った?ポッターの【秘密の守人】になるという事を言ったか?」
「あぁ、言ったさ!それが何だって言うんだ!!」
「ならば、それをペティグリューに変更した事は伝えたか?」
「それは・・・・」

言い淀んだシリウスにスネイプは鼻を鳴らした。

「そうだろうな。もし伝えていたのなら、レイアは生きていたろうし、カトレットはこんな風になっておらん」
「どういう事だい?」

ルーピンがスネイプに詰め寄った。

「レイアが死んだのは・・」
「レイアは自殺した」

ルーピン、トンクス、モリーが息を呑んだ。だが、シリウスの方が酷かった。顔を歪め、嘘だと首を振った。絶望に染まった顔を無表情で見つめるスネイプが、まるで死神のようにハリーには見えた。

「じ、さつ・・・」
「レイアが・・?」
「詳しい話を聞きたいのなら教えてしんぜよう。レイアはブラックの裏切り、ポッター達が死んだ事を知って心を病んだ。最終的に、カトレットが5歳の頃に自ら首を吊って死んだ」
「嘘だ!!」
「嘘?アズカバンにいた貴様にそれが嘘だと何故分かる?言っておくが、第一発見者はカトレット自身だ」

淡々と紡がれるスネイプの言葉に、シリウスが微かに震えだした。ルーピンとトンクスがシリウスを支えるが、シリウスは今にも泣きそうな顔をしていた。

「自分の母親が首を吊っている姿を見たカトレットが貴様を憎んでも仕方あるまい?だから言ったのだ。ブラック、カトレットに近付くな、と。カトレットが平静を保てる訳が無い」
「どうして始めに言わなかったんだ?」

ルーピンが尋ねると、スネイプは片眉を上げた。

「知らずに済むのなら、その方が良い、とのダンブルドアの判断だ。ブラックが心を病んでレイアと同じように自殺でもしたら、カトレットは完全に壊れる」
「ねぇ・・どうして私とモリーも近寄っちゃ駄目なの?」

トンクスが尋ねた。

「今の君はカトレットの母親と同じ頃の年齢だ。カトレットは母親の事でトラウマを持っている。君が近寄る事はそれを克服させるどころか、増長させるだけだ」
「じゃあ、モリーは・・・」

スネイプは溜息をついた。

「言ったはずだ。レイアは自殺した、と。カトレットは自分が棄てられたのだと思っている。Mrs.ウィーズリーを見て辛くなるのは当然だ」
「すて、られた・・」
「自分を棄てて自殺したのだから、間違ってはいない。間違っているのは貴様らだ。ブラックもレイアも。間違った選択をしたからカトレットは今、あのような状態になっている」

誰も何も言わなかった。ルーシーの心の闇がそこまで深い事など知らなかった。何も、知らなかった。

どうして、シリウスを憎むのか。

どうして、部屋から1歩も出ないのか。

どうして、皆と共に食事を取らないのか。

答えは簡単だったのだ。

自分を棄てたシリウス。

部屋を出ればモリーに出会う。子供達を愛して止まないモリーに。

皆で食事を取ると、シリウスにもモリーにも、トンクスにも会う可能性がある。

自己防衛だったのだ。



【癇癪を起こしてはいけませんよ】



マクゴナガルの言葉が、ストンとハリーの中に入り込んだ。
あぁ、こういう事だったのか、と、スネイプがルーシーの部屋に入って行くのを見ながらハリーはぼんやりと思った。
その夜、ルーシーがスネイプと共にホグワーツに戻ったと聞いても、もう誰も何も言う事は無かった。




新学期が始まり、ハリー達は益々【DA】の活動に力を入れた。新学期が始まると同時に始まったスネイプの課外授業での【閉心術】は上手くいかず、そこで与えられる屈辱さえも、【DA】に力を入れる原動力となった。しかし、4月も半分を過ぎたある日、とうとうアンブリッジに捕まってしまった。【ダンブルドア軍団】と書かれた名簿リストを見られてしまい、ハリー達を庇って逮捕されそうになったダンブルドアはホグワーツから逃げた。その2日後、ハリーは【閉心術】の授業でスネイプにとっての最悪の記憶を見てしまった。ハリーの父、ジェームズとシリウスに虐められている記憶だった。けれど、ハリーはもう1つ、記憶を見てしまっていた。

『どうしてもですか・・?』

ルーシーだった。スネイプの部屋と思しき場所で、ソファに座ってココアの入ったカップを両手で持ちながら拗ねたような顔をしていた。

『どうしてもだ』

向かいに座るスネイプは紅茶のカップをソーサーに戻してきっぱりと言った。

『ルーシー、ミネルバにも言われたと思うが――』
『癇癪を起こすな、でしょ?』

唇を尖らせ、ルーシーはそっぽを向いた。子供っぽいその仕草は、最近のルーシーからは想像もつかないものだった。だがそれよりも、スネイプが【ルーシー】と呼んだ事の方がハリーには驚きだった。

『休暇中は行けないだろう。時間が空いたら行ってやる。それまでは――』
『でも私、あそこは嫌いです』

ルーシーもきっぱりと言った。

『分かっている。だが・・城に残っていてはお前はあそこに篭るだろう?』
『最近は使ってません。誰か他の人が使ってるみたい』

溜息をつき、ココアを飲み干してカップをテーブルに置くとルーシーは立ち上がってスネイプの隣に移動した。コテン、とスネイプに寄りかかると、スネイプは溜息をついて軽く頭を撫でた。当たり前のようなその行動が、ハリーには信じられなかった。

『・・・・・・・・・どうしても?』
『くどい』
『・・・・・・じゃあ、今日泊まっても良い?』
『昨日も泊まったではないか』
『一昨日は泊まってないじゃん』
『一昨日はミネルバの所に泊まったらしいな?』
『・・・・・・・・・・』

バツが悪そうな顔をするルーシーにもう1度溜息を漏らし、スネイプは指を振って羊皮紙と羽根ペンを呼び寄せた。

『なぁに?』
『ミネルバに書いておけ』

途端にルーシーは顔を輝かせた。

『本当!?』
『後で文句を言われるのは我輩なんだぞ』
『ありがと、先生!だいすき!』
『全く以って嬉しくないがな』
『照れちゃって』
『しっかりと書いておけ。【今日はちゃんと自室で寝る】とな』
『わっ、うそ!冗談ですよぅ・・【今日は、先生の所に泊まります】』

羊皮紙に書き込み、ルーシーはスネイプに笑いかけた。初めて見る、ルーシーの本当の笑顔だった。