02


ハリー達が厨房に下りると、部屋の隅にルーシーとスネイプの姿を見つけた。シリウスが、トンクスと話をしながらチラチラとそちらを見ている事にハリーは気付いた。数分後、ルーシーとスネイプが2人揃って厨房を出て行こうと立ち上がった。止めたのはルーピンだった。

「たまには一緒に食事でもどうだい?」
「我輩は結構」

スネイプが肩越しにルーシーを振り返ると、ルーシーも左右に首を振った。

「でも、ルーシー・・貴方、もう少し食べないと・・・・」

モリーが心配そうに話しかけると、ルーシーはスネイプの後ろに隠れるように移動した。答える事はしなかった。

「・・・・さっさと行くぞ」
「はい」

そんなルーシーを助けるように、スネイプはルーシーの手首を掴んで歩き出した。ルーシーは抵抗する素振りを全く見せずについて行った。

「シリウス、良いの?」

トンクスがシリウスに言った。

「娘なんでしょ?少しくらい話してみれば・・・」
「向こうが嫌がってるんだ。どうしたら良いんだ?」

苦々しげに呟いてシリウスはウィスキーを呷った。それからハリーに気付いて笑いかけた。

「やぁ、ハリー」
「シリウス・・・あの、ルーシーの事は・・・」
「良いんだ」

シリウスはきっぱりと言った。

「仕方無いさ。あの子が私を嫌うのなら――」
「そんなのおかしいよ!」

ハリーが抗議の声を上げた。

「だって、シリウスがルーシーと一緒に暮らせなかったのはペティグリューの所為じゃないか!アズカバンに入れられた事はシリウスの所為じゃないのに!!」
「ハリー・・・」
「ねぇ、シリウス?」

ハーマイオニーが躊躇いがちに言った。

「その・・ルーシーのお母さんは?同い年だったの?」
「あぁ・・・同級生だったよ」

昔を懐かしむようにシリウスはほんの少しだけ悲しげな顔で微笑んだ。

「5年生の頃から付き合っててね。レイア――ルーシーの母親だけど――レイアは7年生の頃にルーシーを身籠ったんだ。勿論、お腹が大きくなって誤魔化す事も出来なかった。それに、つわりで医務室にも通ってたからダンブルドア達も知ってたんだ」
「それじゃ、退学に?」
「いや・・ダンブルドアの厚意で卒業までいさせてもらった」

ルーピンが微笑んで言った。

「レイアは優しい子だったよ。シリウスと仲が良かった。卒業して1ヶ月程でルーシーが生まれて・・・シリウスは騎士団の任務があったけど、幸せそうだったよ」
「え?でもシリウスはルーシーの事を知らなかった、って・・・」

途端にシリウスやルーピン、他の大人達の顔が曇った。

「アズカバンで・・シリウスは弱っててね・・・・知っての通り、吸魂鬼は幸福な感情を吸い取るんだ。シリウスはピーターへの憎しみで正気を保っていた。けど、それ以外は他の皆と同じだったんだ」
「幸せだった記憶――レイアやルーシーと過ごした記憶が消えてたんだ」
「そんな・・・」
「レイアの事は覚えてた。学生時代、君のお父さん達と皆で沢山、悪戯を仕掛けたりしていたから――けど・・・」
「ルーシーを見て、シリウスはレイアって呼んでしまったんだよ」

ハーマイオニーが息を呑んだ。

「ルーシーという存在を忘れていたんだ。吸魂鬼の所為だけど、でも・・・ルーシーはきっと傷ついたかもしれない」
「でも、あの子はシリウスがそう呼ぶ前からシリウスに対して良い感情を持ってないようだったわ」

トンクスがフォローするように言った。

「レイアさんが死んで、ルーシーはどうやって暮らしてたの?」
「9歳まではレイアの母親――ルーシーにとっては祖母に当たる人が面倒を見ててくれたんだ。でも、病気でね・・・それからは、ルーシーの祖母の友人だったマクゴナガル先生が保護者代わりになった。けど、ルーシーは1人で暮らすって聞かなかったらしいんだ」
「じゃあ、ずっと1人暮らしを?」
「入学してからはホグワーツが家だけど・・・夏休みは1人だったと思うよ」
「そう・・・・」

暫く沈黙が部屋を包み込んだ。

「でも、吸魂鬼の所為だってルーシーも分かってるんだろう?少しくらい歩み寄る努力をしたって・・・」
「そこなんだよ、ハリー」

ルーピンが肩を竦めた。

「どうやら、ルーシーはシリウスと徹底的に関わりを持ちたく無いようなんだ」
「どうして?」
「私達にも分からない。セブルスがそう言ったんだ」
「スネイプが?」

ロンが声を上げた。訝しげな表情だった。

「ルーシーは何も言わないんだよ。セブルスが【カトレットは誰とも関わりたくないと言っている】って・・」
「それ、本当なの?」

フレッドも訝しげだった。

「特にシリウスとは顔を合わせたくもない、って・・・だから、セブルスは私達に言ったんだ。【カトレットを無理に部屋から出そうとするな】って」
「でも・・!」
「勿論、理由を聞いたよ。ちゃんと聞かないと分からないからね。けど、セブルスはそれ以上は言わないんだ。だから、私達はルーシーから聞くしかない。でも、ルーシーは部屋から出て来ない。声は届いてるみたいだけど・・・」
「でも、さっきはルーピン先生が・・・」
「言ったろう?私はただ、セブルスが【来い】って言ってたよ、って伝えただけなんだ。そしたらルーシーはすぐに出て来たよ。セブルスには随分と心を許してるみたいだ」
「何でスネイプに・・・」

ハーマイオニーがロンの脇を突いた。

「さっき聞いたでしょう?薬を作ってもらってるからだ、って」
「あ、そうか・・・」
「ルーシーは何の病気なの?」

だが、ルーピン達は左右に首を振ったり肩を竦めたりした。

「分からない」
「分からない?」
「ルーシーは勿論、セブルスも言わないのよ」
「言わない?どうして――」
「私達が困ってるのを見て楽しんでるんだ」

シリウスが鼻を鳴らした。

「じゃあ、他の人は?マクゴナガル先生とかマダム・ポンフリーとか・・・ダンブルドアも知ってるんじゃないの?」
「多分知ってると思うよ。でも、誰も言わないんだ」
「誰も?」

ハリーが聞き返した。

「ダンブルドアも?マクゴナガルも?」
「聞いた途端、一瞬無表情になって話題を逸らすんだ。何度か試したけど駄目だったよ」
「どうして?」
「きっと、ルーシー自身が望まないからじゃないかな、って私達は思ってるんだけどね」

ハリーは憤りを隠せなかった。シリウスがルーシーを忘れてたのはシリウスが悪いんじゃないのに。アズカバンに入れられたのもシリウスの所為じゃないのに。全部、全部、シリウスはちっとも悪くない。それなのに、そこまで頑なにシリウスを拒絶するルーシーが赦せなかった。シリウスと敵対するスネイプに心を許している事がそれを増長させた。まるで、シリウスを追い詰めるような行動が赦せなかった。

こんなに、素晴らしい人なのに。こんなに、優しい人なのに。

父親なのに。生きているのに。

信じられなかった。

けれど、この時のハリーは何も知らなかった。ハリーだけではない。ルーピンも、シリウスも。他の誰も、知らなかった。

ルーシーがどんな闇を抱えていたのか。

どうして、スネイプに心を許していたのか。

どうして、ダンブルドア達までもが何も言わなかったのか。

誰も、何も知らなかった。




夏休み中、ルーシーは1度も部屋から出なかった。だから、ハリーはルーシーと話した事は1度も無いままだった。夏休み最終日、ロンとハーマイオニーの監督生就任祝いを兼ねたパーティが開かれ、そこにはムーディもやって来た。

「まぁ、アラスター、いらして良かったわ。ずっと前からお願いしたい事があったの――客間の文机を見て、中に何がいるか教えてくださらない?とんでもない物が入っているといけないと思って、開けなかったの」
「引き受けた、モリー・・・・」

自身の左瞳の場所に付いている魔法の義眼をぐるりと動かしてムーディは客間を覗いた。

「隅の机か?うん、成程・・・・あぁ、真似妖怪だな・・・モリー、わしが上に行って片付けようか?」
「いえいえ、あとで私がやりますよ」

にっこり笑って答えてから、モリーは少しだけ躊躇いがちにムーディに言った。

「その・・・ルーシーの部屋も見てくださらない?」
「ルーシー?ルーシーとは・・・」
「ルーシー・カトレット。私の娘だ」

シリウスが言うとムーディは頷いて再び義眼をぐるりと動かした。

「――いた」
「どうかしら?」

モリーが心配そうに尋ねた。シリウスも顔を強張らせていた。

「・・・・・・」

しかし、ムーディは答えない。

「アラスター?」
「・・・・・・いや、何でもない」

咳払いをし、ムーディはそこで始めて厨房にいる殆どの人間の視線が向けられている事に気付いた。

「――特に、異常はない」
「あの子は何をしてるんだ?」
「・・・・・・寝ている」

それ以上言おうとしないムーディに、ハリー達は訝しげな視線を向けた。だが、何も聞けないと分かったのか、言及する事はしなかった。

「スネイプ先生は今日も来てくださるかしら?ルーシーにも食事を・・・」
「毎晩来てるんだから来ると思うよ」

ルーピンが答えた。

「それに――」

その時、厨房の扉が開いてスネイプが入って来た。

「あぁ、スネイプ先生!良かったわ」

モリーはにっこり笑ってスネイプに歩み寄った。

「ルーシーへの食事をお願いしてよろしいかしら?」
「Mrs.ウィーズリー、食事と一緒に水も頼む」
「えぇ、分かってますわ」

急いでトレイに食事を用意するモリーを尻目に、ムーディがスネイプの隣に立ったのをハリーは見た。他の人達が食事を再開している事を確認し、ムーディは低い声でスネイプに言った。

「・・・・・・カトレットはいつもあのような事を?」

片眉を上げたスネイプは無言でムーディを見た。しかし、ムーディは食事をしながら談笑する皆を見つめたまま、スネイプを見ようとはしなかった。

「・・・何を見たのか知らんが――」

スネイプも低い声で答えた。

「――他言は無用だ」

そこで初めてムーディがスネイプを見た。魔法の瞳は未だ、ルーシーの部屋のある方を見たままだった。

「・・・・・・・・・だから、何も言わないのか?父親であるブラックにも――」
「何を勘違いしているのか知らんが、これだけは言っておく」

スネイプはピシャリと言った。

「カトレットに関しての詮索は無用だ。あれはブラックを父親などと思っていない。ブラックが何を望もうが、カトレット自身は歩み寄る気はこれっぽちも無いと宣言している。聞いたはずだ」

ムーディに向き合い、スネイプは唸るように言った。

「何を言っても無駄だ。分かったのなら、その瞳を逸らせ。カトレットの部屋を覗き見る事は許さん」

義眼ではない方の瞳でスネイプをジッと見つめたムーディは、やがて義眼をぐるりと回して両瞳でスネイプを見た。

「1つだけ教えろ」

丁度トレイに食事と水を持ってきたモリーからスネイプが受け取っているとムーディが言った。

「――【あれ】は、カトレットの意思か?」
「あれ?」

モリーが首を傾げてムーディとスネイプを交互に見た。

「・・・・・・教える必要は無い。余計な詮索は止める事だ。それから、他の人間にも言うな」

冷たく吐き捨て、スネイプは厨房を出て行った。ハリーはモリーがムーディに聞き出そうとしているのを見つめたが、ムーディは首を振るだけで何も言わなかった。

何も、分からなかった。