01


【世界は哀に満ちている】

ふと、ハリーの脳裏にその言葉が蘇った。かつて、同寮であり、フレッド・ジョージウィーズリーと同級生だった彼女がスリザリン寮監、セブルス・スネイプ教授に呟いた言葉だった。
もっとも、ハリー自身がその場にいた訳では無い。十数年前、ホグワーツでの最終決戦の際、裏切り者だと信じていたスネイプから託された記憶の中で見たのだ。

暖炉が赤々と燃え、部屋の中はとても暖かい。ソファの背凭れに背中を預け、ハリーはゆっくりと瞳を閉じた。時計の秒針が動く音が静かな部屋に響く。それと時折、暖炉の炎が爆ぜる音が聞こえる他に何も聞こえない。まどろんでいく意識に抗う事なく、ハリーは眠りに落ちていった。




ハリーが初めて彼女と話をしたのは5年生の時だった。同寮だから顔は知っていた。けれど、特別な接点も無ければ話す事だって無い。【生き残った男の子】として有名だから色々な生徒から話しかけられてはいたが、その中に彼女――ルーシー・カトレットはいなかった。
グリフィンドール寮のクィディッチ選手だったのだから、1度くらい話をしても良かったのかもしれない。ハリーがスニッチを取ってチームを勝利に導いた事だって沢山あるのだから、ありがとう、と言いに来てくれても良かった。けれど、彼女はそうしなかった。

今思えば、それは彼女が意識的にハリー・ポッターという人間を避けていたという事なのだろう。その頃のハリーにはそんな事気にする事など無かったし、ルーシー・カトレットという先輩がいる、という認識しか無かった。下手すると、名前すら覚えていなかったかもしれない。かろうじて顔だけは覚えている、くらいだった。

彼女は目立たない子だったとハリーは思う。ハリー自身が有名で注目されていたという事を除けばどうだったのかは分からないが、あまり印象の無い子だったとハリーは思っていた。唯一、ハリーが覚えているのは、彼女がいつも微笑んでいたという事くらいだろう。

しっかりと笑うのではなく、控えめに微笑んでいた。けれど、その笑みは絶える事は無かったと同級生であるフレッドとジョージが言っていたのを聞いた事がある。

ハリーが5年生の時、ルーシー・カトレットは7年生。初めて話をした場所は学校では無かった。




「・・・・・・え?」

ハリーは自分の耳を疑った。同じ部屋にいる親友のロン、ハーマイオニー、ロンの妹のジニーを見ると、どうやら彼らは既に知っていたようだ。

「今、何て言った?」

ハリー聞き返した。その先にいるのはハリーに驚愕の情報を持ってきたフレッドとジョージだった。

「聞き間違いじゃ無いよね?今、確かに――」
「あぁ」
「そうだとも、ハリー」

フレッドとジョージが大きく頷く。

「ルーシーは」
「シリウス・ブラックの」
「「娘なんだ」」

ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせた。

「ほ、本当に?」

フレッドとジョージは大きく頷いた。

「知らなかった・・・」
「あぁ、シリウスも知らなかったらしいよ」
「えっ!?」

ハリー達は瞳を丸くした。これはロンもハーマイオニーもジニーも知らなかったらしい。

「し、知らなかった?」
「そう言ってた」
「あぁ、言ってた」

フレッドとジョージがまた頷いた。

「ちょ、ちょっと待って!」

ハーマイオニーが混乱する頭を押さえながら声を上げた。

「シリウスが知らなかった、ってどういう事?だって・・ルーシーは今年7年生、つまり、今17歳なのよね?」
「あぁ、誕生日は7月31日だって言ってたよ」
「7月31日?」
「僕と同じだ・・・」

ハーマイオニーは顎に手を当てて唸った。

「やっぱり変よ、それ」
「え?」
「何が?」

ハリーとロンが首を傾げた。

「だって、今年の7月31日で17歳になったんでしょう?シリウスは今年で35歳よね?つまり――卒業して1ヶ月くらいでルーシーが生まれたって事だわ」

ハリーとロンはこれ以上無いくらいに瞳を見開いた。

「つまり、学生の時に出来たって事?」
「そういう事になるでしょう?それなのにシリウスが知らないなんて――」

フレッドとジョージは感心したように頷いた。

「さすがシリウス・ブラック」
「脱獄囚の名は伊達じゃなかった」
「笑い事じゃ無いわ!つまりね、私が言いたいのは――ルーシーのお母さんは?」

ハーマイオニーが言った。

「シリウスは学生だった。ホグワーツは全寮制だからルーシーのお母さんも学生だった可能性が高いわ。だって、計算が合わないもの。ルーシーが出来た時、もう学校は始まってるはずだもの」
「じゃあ、ルーシーの母親は学校を辞めたって事?」

ジョージが言った。

「だって、そうだろう?お腹が大きくなるんだから」
「そうかもしれないわね」
「でも、ダンブルドアだぜ?」

フレッドが言った。

「ルーピンを入学させたし、2年前は教師として雇いもした。って事は、卒業までいる事許したかもしれないだろ?」
「とにかくよ」

ハーマイオニーが言った。

「ルーシーのお母さんはどうしてるの?ここにいるのはルーシーだけだもの。お母さんは?」
「あー、それは・・・」

フレッドとジョージは顔を見合わせた。

「どうしたの?」
「ルーシーが5歳の頃に死んだらしいんだ・・」
「死んだ?どうして?」

ハリーが驚いて言った。

「だって、その頃にはもうヴォルデモートはいなくなってたはずだろう?死喰い人の残党にやられたんなら――」
「や、それがさ、違うみたいなんだ」

ジョージが遮った。

「死喰い人とかに殺されたんじゃないらしいんだ」
「じゃあ、病気って事?」
「多分・・・そうだと思う」
「分からないの?」
「ルーシーは死んだとしか言わなかったらしいんだ。僕らも詳しい話はさっき伸び耳で盗み聞いた事だし・・」
「まぁ、シリウスもアズカバン入れられたし・・ほら、精神的にはきつかっただろう?だから、それが原因かも」
「それで、シリウスとルーシーはどうしてるの?」

ハリーが言った。

「お互いに分かってるの?」
「あぁ、知ってるみたいだ。てか、ルーシーは知ってたみたいだよ」
「そうなの?じゃあ親子水入らずで仲良くしてるんだね?」

ハリーが尋ねると、フレッドとジョージだけでなくロンとハーマイオニーも顔を曇らせた。

「どうしたの?」
「それが・・・」
「ハリー、あのね・・・その・・」
「あんま・・仲良くないんだよ、あの2人」
「え?」

ハリーは瞳を丸くした。

「どうして?」
「良くないっていうか・・・関わりが無い、っていうか・・・」
「どういう事?」
「ルーシーね、部屋から出て来ないのよ」

溜息混じりにハーマイオニーが言った言葉に、ハリーは首を傾げた。

「どうして?」
「シリウスだけじゃないんだ。僕らとも全然・・・」
「ママが食事に呼びに言っても出て来なくて・・ほら、ここは大人が沢山いて魔法使ってもバレないだろう?」
「ルーシー、自分の部屋の扉に何重にも魔法をかけて開けれないようにしてるんだ。雁字搦めになってるらしくて、ママもお手上げ状態なんだよ」
「え、じゃあ食事はどうしてるの?」

フレッド、ジョージ、ロン、ハーマイオニーは更に複雑そうな顔を見合わせた。

「何?」
「毎晩、スネイプが来てるんだよ」
「は?スネイプ?」
「そう。スネイプがルーシーの所に食事を運ぶんだ」
「ちょっと待って、どういう事?何でスネイプが?」
「私達もよく分からないんだけど・・・ルーシーね、スネイプにだけは心を開いてるみたいなの」
「スネイプに?」

ハリーには信じられなかった。ルーシーはグリフィンドールで、スネイプはスリザリンの寮監だ。ただでさえ嫌われてもおかしくないのに、ルーシーがシリウスの娘であるのが本当なら、スネイプにとってはハリーと同じくらい憎い対象になるはずだ。

「ルーピン先生が言ってたの。ルーシー、身体が弱くてスネイプが調合する薬を毎日飲んでるらしいのよ。だから、スネイプとは仲が良いんだ、って」
「仲が良い?スネイプと?」

ハリーはフレッドとジョージを見た。

「そりゃ、授業中とかに贔屓とかは無いさ。元々ルーシーは優秀だから減点はされないけど、特別加点されたりもない」
「でも、授業の終わりにたまに呼びだされる事はあったな。まさか薬を渡してるんだとは思わなかったけど」
「アンジェリーナが言ってたけど、ルーシー、4年生の途中から1人部屋に移ったらしいよ」
「1人部屋に?」
「そう。そういうのって結構妬む奴いるからアンジェリーナが理由を聞いたら、身体が弱くて夜中に医務室に行く事とかもあるから、部屋の皆に迷惑かけたくないってマクゴナガルにお願いしたらしいよ」
「そうなんだ・・・」

まだ何となく納得出来ずにハリーは唸った。

「どうして部屋から出て来ないの?具合が悪いから?」
「いや・・それがさ、どうやら――」

その時、扉が開いてモリーが入って来た。

「さ、食事ですよ」
「あ、ママ」

フレッドが言った。

「ルーシーは?一緒に食べないの?」

途端にモリーは困惑した表情になった。

「今、リーマスが呼びに行ってるわ。でも、来るかどうか――」
「モリー」

コン、と軽くノックの音と共にルーピンの声が聞こえた。全員が振り返ると、開かれた扉の向こうにルーピンとルーシーがいた。

「まぁ、ルーシー!」

安堵したようにモリーが声を上げた。

「良かったわ!一緒に――」
「いや、そうじゃないんだよ」

苦笑してルーピンが手を振った。

「今、下にセブルスが来ててね。下りて来い、っていう伝言を伝えたから――」
「・・・先に行っても良いですか?」

ルーシーが小さな声でルーピンに言った。

「あぁ、ごめんごめん。さぁ、行こう」

ルーピンと共に下に下りて行くルーシーを見送り、ハリー達は顔を見合わせた。

「何か・・・話した事は無いけど・・」
「雰囲気変わっただろ?」

ジョージが肩を竦めた。

「いっつも笑ってたんだけどな」
「なのに、今は全然笑わないんだ。夏休みに入って数回しか会ってないけど、笑ってるの見た事ないよ」

フレッドも肩を竦めた。

「さ、下に行きますよ。ご飯にしましょう」

ハリー達はモリーについて厨房へと下りて行った。