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雨上がりの空はとても清々しい。
分厚い灰色の雲の隙間から射し込む光が好きだと思った。少しずつ、少しずつ雲が晴れていくのをぼんやり眺めているのが好きだと思った。昨日までの嵐は今朝方になって漸く終わりを迎えた。

「いい天気になりそう」

空を見上げながら独り言のように呟けば、隣に立つ隊長から「あぁ、そうだな」なんて言葉が返ってくる。
私達が向かっているのは夏島で、隊長は一足先に島の様子を偵察する為に発つ事になっている。

「暑くなりそうだよい」

空を見上げ、島を思い浮かべて苦い顔をする隊長に私は小さく笑った。

隊長とそういう関係になってから一ヶ月。
私と隊長のお付き合いに最後の最後まで承諾してくれなかったのは、やはりと言うかベイとイゾウ隊長で。ベイは今まで私が傷付いた分くらいは、なんて言ってたし、イゾウ隊長はただヤキモキするマルコ隊長が見たいからだって言っていた。
そんな二人が承諾をくれたのは奇しくも昨日の夜の事で。今日から隊長が三日間モビーを留守にするという事を見計らっての事だというのは容易に想像出来た。しかも、今朝の見送りの為に昨日私が早く寝てしまった後に言われたというのだから、いい性格をしてると思わざるを得ない。

「嫌な奴らだ」

そう言って苦虫を噛み潰したような顔をしていた隊長に、私は苦笑しか返せなかった。

兎にも角にも、私とマルコ隊長は正式に恋人というものになった。かと言って、何かが変わった訳でもない。
イゾウとベイが漸く認めてくれた。隊長にそう言われたのはついさっきの事で、私はただ「あ、そうですか」としか言えなかった。今思えば余りにもあっさりした返事だったと思う。かと言って、今更「嬉しいです」なんて言えるはずもなく。

「じゃあ、行って来ようかねい」

ふぅ、と溜息を一つ吐いて隊長がその両手に青い炎を纏い始めた。けれど、それは「あ」という小さな声と共にすぐに消え去って元の腕に戻った。

「忘れ物ですか?」
「あぁ、大事なこと忘れてた」

照れ臭そうに笑いながら隊長が私に向き直る。真正面から見た隊長はやっぱり何処か照れ臭そうに笑ってて。首を傾げれば、「あー……」なんて躊躇いがちな声が発せられる。

「その、つまりだな」
「?」
「俺と、付き合ってください」

ペコリと下げられた頭。隊長の頭頂部を見たのはこれが初めてかもしれない、いつも見下ろされる方だったから。
私は今、告白されているらしい。マルコ隊長に。あれ、えーと……?

「……つ、」
「つ?」
「……いえ、何でもありません」

付き合ってると思ってました、なんて恥ずかしい事さすがに言えない。朝マルコ隊長に「漸くアイツらが認めてくれたよい」って言われた時、思い出したのは一ヶ月前の「俺と結婚してくれ」という言葉で。皆とやり合った後にも隊長は「好きだ」って言ってくれた。確かに、付き合ってくれとは言われてはないけど、認めてもらえたって事はそうなったって事なんだと勝手に思ってた。ちょっと……、いや、かなり恥ずかしい。

「よろしくお願いします」

同じようにペコリと頭を下げて言えば、まさか緊張してたのだろうか、心なしか強ばった表情だった隊長は、それはそれは嬉しそうに笑ってくれた。

「こちらこそ、よろしく頼むよい」

あぁ、良かった。すっきりした。そんな顔でまた両手に青い炎を纏い出すから。

「もしかして、今のが忘れ物ですか?」

そう尋ねてしまった私に、隊長はまた照れ臭そうになって、青い炎を纏った手で頭を掻いた。
一ヶ月前のあの時から、隊長は色々な表情を見せてくれるようになった。時々サッチ隊長達に揶揄われているから、きっとあの人達も今の隊長に初めてお目にかかったのだろう。そう思うと、嬉しくて何処かくすぐったかった。

「隊長」
「ん?」
「気を付けて行って来てくださいね」
「あぁ、ありがとよい」

優しく笑って隊長が私に背を向ける。完全に不死鳥の姿になった隊長はやっぱりカッコ良くて。鳥なのにカッコイイなんておかしいだろうか。青い炎が揺らめいて、炎の端にちらほら見える黄色が何処か可愛らしかった。

「隊長」
「ん?」

まさに今飛び立とうとしていた隊長に呼びかければ、隊長が顔だけで振り返る。何だ?と問う目に、私は笑って口を開いた。

「浮気は嫌ですよ」

今までなら絶対に口に出来なかった言葉を口にしてみれば、目を丸くした隊長はすぐに目を細めると身体ごと私を振り返って一歩、二歩と近寄ってきた。鳥の歩く姿はとても愛らしい。それがマルコ隊長ともなれば、愛しさは倍増だ。そんな事恥ずかしくて言えないけれど。
翼を広げた隊長が私を包み込む。炎なのに暑くない。隊長の温もりが心地良かった。

「一番欲しいものは手に入ったから、他は要らねぇ」
「………き、期待外れだったら、ごめんなさい」

隊長の言葉が嬉しくないわけではないが、正直少しだけ不安になる。私、そんなにイイ女じゃない。顔だって十人並だし、身体だってナースさん達に比べれば……いや、比べるのもおこがましい。
けど、隊長は楽しそうに笑って嘴を私の頬にすり寄せた。くすぐったい、ドキドキする。

「呼び方」
「へ?」

突然の言葉に素っ頓狂な声を上げれば、隊長は私の肩に顔を乗せたまま口早に続けた。

「出来るだけ早く帰ってくるから、それまでにその呼び方どうにかしててくれよい」
「呼び方、ですか?」
「ついでに話し方も」
「はぁ……?」

気に入らないのだろうか。もしかして、今までもずっと嫌な思いをさせていたのだろうか。一抹の不安が過ぎった頃、マルコ隊長は何処か拗ねたような声を出した。

「他の奴と同じなのが気に入らねェ」

「だから、俺だけは名前で呼べよい」

そう続けた隊長は驚くほど早く身を翻すとあっという間に飛び去ってしまった。すぐに見えなくなっていく青い鳥を呆然と見送る私の顔は間違いなく真っ赤だ。

「ガキか」

くつくつと喉を鳴らす音と共に聞こえた声。驚いて振り返れば、そこにはサッチ隊長とイゾウ隊長が立っていた。一体いつからいたのか。まさか聞かれていたのだろうか。二人はニヤニヤしながらマルコ隊長が消えた空を見上げている。

「青臭ェな、ウチの長男は」
「青い鳥だけにってか」
「………いつからいたんですか」

熱い顔で睨んでも仕方ないと思うけど、そうせずにはいられない。二人は私の恨めしげな視線なんて気にした風もなく笑っていた。

「そりゃ、最初から」
「楽しい事を逃がすような奴はこの船にゃいねェさ。なぁ?」

イゾウ隊長の言葉を受けて、一斉に顔を出す兄弟達。それだけの人数が一体どうやって隠れてたんだと言いたくなるが、私の口から溢れ出たのは溜息だけだった。

「あんまり揶揄わないでください」

恥ずかしいんですよ。そう言えば、皆は声を上げて笑い、マルコ隊長が消えた空を見上げた。

「こんだけ期待背負ってんだ、簡単に別れてくれるなよ」

隣にやって来たビスタ隊長の言葉に「頑張ります」と答えれば、反対隣に並んだサッチ隊長がニヤリと笑う。

「んじゃ、とにかく練習すっか」
「練習?」
「呼び方と話し方、変えんだろ?」
「…………ホントに全部聞いてたんですね」

恨めしげな私の視線なんて物ともせずに笑ったサッチ隊長は、ポンと私の頭に手を置いてさっきとは違う優しい笑みを浮かべた。お兄ちゃんの顔だった。

「そうだな、取り敢えず呼び方を決めようぜ」
「やっぱり無難に『マルコ』か?」
「でもリサなら『マルコさん』って呼びそうだよな」
「いや、でも俺は『マルちゃん』って呼ばれたマルコの反応が見たい」

一斉に喋り出す兄弟達に溜息を零せば、ビスタ隊長の大きな手が私の肩をポンポンと叩いた。

「ビスタ隊長……」
「俺は『あなた』が良いと思うぞ」

ニヤリと笑ったビスタ隊長に目が点になる。一見紳士のような彼もまた、楽しいことを求める海賊でした。





期待はしないで





三日後、偵察を終えて帰って来た隊長が私の元にやって来る。兄弟達が見守る中、私は照れ臭さをどうする事も出来ずに口を開いた。

「お帰りなさい、マ、マルコ、さん」

途端に上がるブーイング。あちこちから「『マルコ』だろ!」とか「『マルちゃん』だろうが!」なんて声が投げかけられる。「何だ、『あなた』にしなかったのか」なんてビスタ隊長の呟きが聞こえたのは気の所為だと思いたい。

「ただいま、リサ」

そんな兄弟達の声を一切無視して笑いかけてくれた隊長に、私もまた笑顔になった。
あちこちから上がる笑い声。モビー・ディック号は、今日も平和です。