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盛大に殴り飛ばされたマルコ隊長の身体は、船室の壁に激突して大きな音を立てた。

「アホンダラァ! 船を壊すんじゃねェ!!」

オヤジの何処か的外れな怒声が飛ぶ。
船室の壁を破壊する程の威力でマルコ隊長を殴り飛ばしたラクヨウ隊長は、ちっとも悪びれずに「すまん、オヤジ!」と笑うと、ただの木片と化した壁だったものを蹴り飛ばして立ち上がったマルコ隊長へと視線を戻す。

「いきなり何すんだよい!!」

マルコ隊長の怒声にも、ラクヨウ隊長はちっとも悪びれた様子がない。
そりゃ、甲板に出てきて「ラクヨウ!何だよい、緊急事態って聞いてたのに何も――」と話しかけた途端に殴り飛ばされたら誰だって怒る。しかも最後まで言わせてもらってない。マルコ隊長の怒りは尤もだ。
そもそも、緊急事態だなんて。ベイったら、そんな事を言って隊長を連れて来たのか。崩れた壁の向こうから楽しげな顔で現れたベイを睨めば、気付いたベイはウィンクを返してくる。

「ちったァ目ェ覚めたか?」

怒るマルコ隊長などお構いなしに、ラクヨウ隊長はニヤニヤ笑いながら尋ねた。眉間の皺をこれでもかというくらい深く刻んだマルコ隊長は、離れた所にいる私にも聞こえるくらい大きな舌打ちを一つして首を擦る。私の隣に立つイゾウ隊長が喉を鳴らしているのが聞こえる。

「漸く腹ァ括ったかと思えば、何だ? テメェのその頭ン中どーなってやがんだ」
「……言ってる意味が分かんねェよい」
「ハッ、めでてェ頭だな」
「あァ!?」

嘲るように鼻を鳴らしたラクヨウ隊長に、マルコ隊長が声を荒げる。正直、物凄く怖い。
イゾウ隊長もラクヨウ隊長もベイも、他の皆も。どうして笑ってられるんだろう。

「そうやってテメェがウジウジグダグダやってっと、あっという間に横から掻っ攫われちまうぞ」
「…………」

怒りを露にしていた隊長の表情に苦いものが混じったのが見えた。チラリとこっちを見た隊長と視線がかち合うと、隊長は一瞬だけ眉を寄せてすぐにラクヨウ隊長に視線を戻してしまった。

「……これは俺らの問題だ」
「『俺ら』ねぇ……」

呟く隊長の言葉にラクヨウ隊長は嘲るような笑みを浮かべながら復唱する。

「何だよい」
「別に? アイツの気持ちを無視してテメェの都合押し付けてるくせに、よく『俺ら』なんて言えたなと思ってよ」
「、」

グッと拳を握り締めて唇を引き結んだ隊長に、ラクヨウ隊長は鼻を鳴らしてこっちに歩いてきた。

「酒くれ」
「え? あ、はい……」

慌てて近くにある新しい酒瓶を渡すと、ラクヨウ隊長は「サンキュ」と笑ってから栓を抜いて一気に呷った。それから、船大工の皆に「あとで直しといてくれや」なんて笑いかける。当然ながら、苦情の嵐だ。

「あ、の……ラクヨウ隊長、」

何て言ったら良いのか分からなかった。やっぱりこの人は私とマルコ隊長の事を知っていて、他の皆も知っていて。
こんな事までしてもらって、私は何て幸せ者なんだろう。マルコ隊長も同じ事を思ってるんじゃないかなと思ってチラと視線を向けたけど、俯いていてどんな顔をしているのかは見えなかった。

「行って来い」
「え?」

ラクヨウ隊長に視線を戻せば、酒瓶を呷った隊長はニカッと笑って私の頭をぐしゃぐしゃと痛いくらいの強さで撫でた。

「アイツ、バカだからよ。頭でっかちでしょうがねぇ。その上腰抜けだ」
「たいちょう、」
「どうしても欲しいってんなら、お前さんの方から行くしかねェって事さ」

私の肩にポンと手を置いてイゾウ隊長が笑う。

「ほら、何ボーッとしてんのよ」

いつの間にか近くに来ていたベイが私の背中を強く叩く。

「さっさと行けって」
「………」

ベイ達に促されるまま、マルコ隊長の元へと向かった。足取りは重くて、まるで鉛を付けられてるみたいだ。
俯いたまま立ち尽くしていた隊長の傍まで行くと、隊長が拳を強く握り締めたのが見えた。

「、あ、の」

躊躇いがちに声をかけると、ピクリと隊長の肩が揺れる。

「マルコ、隊長……」

ゆっくりと顔を上げたマルコ隊長の苦しげな顔が見えて唇を噛み締めた。

こんな顔をさせたい訳じゃなかった。傷付けたい訳じゃなかった。
ラクヨウ隊長達だって、ただ私達に笑って欲しかっただけだ。
良かれと思って背中を押してくれた。良かれと思って喝を入れてくれた。

けど、隊長はこんなにも傷付いた顔をしている。

無言のまま見つめ合う。空にも海にも似た色の隊長の瞳に映る私は、眉を下げてとんでもなく情けない顔をしていた。
そこで漸く甲板中が静まり返っている事に気付いた。きっと、皆は私が隊長に想いを告げる事を期待しているんだろう。
私が隊長に好きだって言って、隊長が私に好きだって言って。笑い合うのを望んでる。分かってる。

「あ、の……っ、」
「………」

けど、

「――、」

開きかけた口は声を発する事なく閉じる。それを何度も何度も繰り返す私に、隊長は益々辛そうな顔をする。
違う。そんな顔をさせたい訳じゃない。笑って欲しいんだ。楽しい、って。幸せだって思って欲しい。

「どう、したら……」

漸く音になった言葉は掠れていた。

「どうしたら、笑ってくれますか……」
「、」
「私は……隊長に、笑って欲しいです」

笑って欲しい。心から。楽しいって。幸せだって。
こんな悲しげな顔、見たくない。こんな辛そうな顔、させたくない。

今にも泣きそうな隊長の顔にそっと手を伸ばすと、頬に触れる瞬間、隊長がビクリと震えた。それでも逃げずにそこにいてくれた隊長の頬にそっと触れると、ひんやりとした頬がじわじわと熱を帯びていくのが分かった。
私の手の体温が移ったのか、隊長自身が熱くなったのか。

「笑って、ください」

何とか微笑んでみせれば、隊長はまた泣きそうな顔で私を見つめた。上手く笑えていなかったみたいだ。

「隊長の笑った顔、が……すきです」

隊長が息を呑む。

「笑ってて、欲しいんです……私が………、私の所為で、たくさん……傷付けて、ごめんなさい」





重い





元はと言えば、私の所為だった。
私が好きだと言わなければ、こんな事にはならなかった。
後先考えずに『好き』だなんて軽々しく言った所為だった。
あの告白が間違いだったんだ。
自分も隊長も追い詰めてしまった。他の皆にも迷惑をかけてしまった。

家族の日常を壊したのは私だ。

「船を下ります」

甲板中がざわめき立つ。
サッチ隊長が「だから何でそうなるんだよ!」って叫んでるのが聞こえた。
ベイの「だからアンタは!」って呆れたような怒ったような声が聞こえた。
ラクヨウ隊長が「救いようがねェぜ、ったく」なんてぼやいてるのが聞こえた。
「どっちもバカって事だろうよ」なんてイゾウ隊長の声も聞こえる。

『………アホンダラが』

溜息と共に吐き出された声に唇を噛み締める。失望させてしまったかもしれない。
この海で、この世界で一番偉大だと信じるこの人に。
身体の奥底からスゥッと冷えていくのが分かる。あぁ、これは恐怖なんだと分かった。

目の前に立つ隊長の顔は、さっきとは比べ物にならないくらい悲しげに歪んでいた。
バッと顔を伏せて肩を震わせている。

私はまた間違えてえしまったのか。
それでも、これが最善だと信じていた。

結局、私は『家族』を傷付ける事しか出来ない。