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「諦めきれないから苦しんでたんでしょ。ちゃんと話し合いなさいよ」

漸く涙が止まったのは大分時間が経ってからで、その間ずっと何も言わずに傍にいてくれたベイは私の涙が止まったのを見計らって背中を押してくれた。

「今度また逃げたらぶん殴るわよ」
「……うん、」

喝を入れてもらう為に今ぶん殴ってもらった方が良いのかもしれない。一瞬だけそう思ったけれど、口にすればベイは容赦なく顔面を殴り飛ばしてくれるだろう事は容易に想像出来たから止めた。そんな顔で隊長に会いになんて行きたくない。泣いた所為で若干目が腫れてるから既に酷い顔なのだけれど。

ベイと共に船首に向かえば、マルコ隊長は少し前に部屋に戻ると言って中に入って行ったと聞かされた。

「ほら、行って来い」
「、うん」

グッと歯を食い縛って頷く私に、ベイも満足気に頷く。
マルコ隊長の部屋に向かいながら、本当に行っても良いのだろうか。また困らせるだけなんじゃないだろうか。次々に浮かんでくる考えに自然と足は歩みを遅めてしまう。
それでも一歩一歩踏みしめて部屋に向かうと、数分もしないうちに隊長の部屋の前へと辿り着いた。
深呼吸を一回。二回。三回。
コンコンというノックの音が静かな廊下に響いた。

「隊長、起きてますか?」

ややあって開いた扉から現れた隊長はメガネを掛けていた。忘れない内にとベイの船から上がった報告書を読んでいたらしい。

「あの、少しだけ……良いですか?」
「………あぁ」

緊張気味の私に気付かないはずがない隊長は、それでも私を部屋の中に入れてくれた。
部屋の中に足を踏み入れて扉を閉めると、一気に心臓が煩くなる。もしかしたら聞こえているんじゃないかと思う程だった。

「……何だい?」

デスクに腰掛けて書類を手にした隊長が、書類に視線を向けながら尋ねてくる。
きっと私が言いたいことも分かってるんだろう、その顔はほんの少しだけ強ばっていた。

「あの……」

言って良いのだろうか。本当に?
それは隊長を傷付ける事にならない?
それは、それは、それは――。

「………リサ?」

いつまで経っても話出さない私を訝しんだ隊長が顔を上げたのが気配で分かった。すぐ後に息を呑んだのも聞こえた。

「、リサ」
「…………ダメ、です」
「え?」
「やっぱり……ダメです」

ごめんなさい。
あんなに応援してくれたのに。あんなに相談に乗ってくれたのに。背中を押してくれたのに。

ごめん、ベイ。サッチ隊長。

「言えない、です……」
「………」

傷付けたくない。苦しめたくない。悲しませたくない。
逃げてるだけだとしても、怯えてるだけだとしても、それでも。

好きな人を傷付けたくない。苦しませたくない。悲しませたくない。

「ごめ、なさい……なんでも、ない、です」
「………」
「邪魔してごめんなさい」

深々と頭を下げて隊長に背を向ける。
扉を開けた時に隊長が何か言ったような気がしたけど、振り向くことはしなかった。

もういいんだ。隊長の事は諦める。
それが私が隊長にしてあげられる唯一の事だから。
自己満足でも偽善でも何でも良い。ベイの拳だって甘んじて受け入れよう。
私が諦める事で隊長が幸せになるのなら。隊長の心が穏やかになるのなら。苦しまずに済むのなら。

「ベイ!」

再び甲板に出ると、ベイはサッチ隊長とイゾウ隊長とラクヨウ隊長と一緒に酒を呑んでいた。
真っ赤な顔で振り返ったベイは私の吹っ切れた顔を見て何を思っただろう。一瞬見開いた目はすぐに訝しげなモノに変わり、それから何かを察したように呆れたような顔になって最後には不貞腐れたように唇を尖らせた。

「アンタ、救いようのないバカ」
「うん、ごめん」

正直に謝るとベイだけでなくサッチ隊長とイゾウ隊長、ラクヨウ隊長からも溜息が漏れた。顔を見合わせて肩を竦め合って、それから何処か呆れたように私を見てくる。

「ったく……どうしようもねぇなァ」
「全くだ」

溜息と共に吐き出されたラクヨウの言葉にイゾウ隊長が大きく頷く。
どうやら知っているらしい。そんなに私は分かりやすかったんだろうか。顔に出ていたのか、イゾウ隊長は喉を鳴らして瓶を口元へ運びながら口を開いた。

「リサじゃない」
「え?」

首を傾げたリサに、イゾウは堪えきれなくなったのか声を上げて笑い出した。

「男の嫉妬ってのは醜いもんさ」
「あの……?」
「アレでバレないとでも思ってんのかねェ」

呆れたように笑いながら酒瓶を飲み干すラクヨウ隊長を呆然と見つめていると、隊長はドンと瓶を置いてニヤリと口端を上げた。

「よし、リサ」
「はい?」
「マルコ呼んで来い」
「え?」

訳が分からないと首を傾げる私の肩をベイがバシバシと叩いて立ち上がった。

「いいさ、私が行ってくる」
「え? ちょっと待って、何が何だか……」
「アンタは大人しくここで待ってなさい」

ヒラヒラ手を振って船室に向かうベイを呆然と見送る私の耳に、少し離れた所にいるオヤジのグラグラという笑い声が届いた。

「面白くなってきたじゃねェか」





これから先はお楽しみ





何が面白いのか、オヤジもイゾウ隊長もラクヨウ隊長も、近くにいる兄達も皆が同じように笑っている。
それはとても温かくて穏やかで、何故だか分からないけど心の奥底にこびり付いていた不安がスッと和らいでいくのが分かった。