ベッドの中に潜り込んで泣き始めてからどれくらい経っただろう。
コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
「リサ、入っても良いかい」
それは今一番会いたくない人の声だった。会いたくない。会える訳がない。けど、こんな涙声で返事なんてしたくない。どうする事も出来ないまま布団の中で蹲っていると、「入るぞい」なんて声と共に扉が開く音がした。
「リサ」
布団を被って蹲る私を見て呆れたのだろうか。苦笑混じりの声が私の名を呼んだ。隊長の気配がゆっくり近付いて来るのが分かる。来ないで。そう言いたいのに声を出せない。隊長が一歩近付くごとに胸が痛くて堪らない。止まりかけた涙はまた溢れ出した。
「リサ」
時折しゃくり上げながらも必死に嗚咽を堪える私を気遣うような隊長の声が苦しくて辛い。
ギ、という音と共にベッドが僅かに揺れた。きっと私に背を向けた状態でベッドに腰を掛けているんだろう。こんなに近くに来て欲しくなんてないのに。隊長がすぐそこにいるという事実が苦しくて、嬉しくて、悲しかった。
「俺は、」
「、てって、くだ、さい」
途切れ途切れに紡いだ声はやっぱり泣いていると分かってしまうもので。布団からは絶対に出ない。せめてこんな酷い顔だけは見られたくない。
「聞いてくれよい」
何処か懇願するように隊長が私を包む布団に手を掛ける。思わず布団を強く握り締めて拒絶を露にすると、布団に触れたままの手がたどたどしく布団を撫ぜた。
「じゃあ、そのままで良いから……聞いて欲しい」
聞きたくないのに。出て行ってって言ってるのに。
もう一度、出てって欲しいと口を開こうとした私より先に、隊長の次の言葉が届いた。
「俺は、お前が好きだ」
次の島に上陸した。
今回、一番隊は初日の船番になっている。甲板でクルー達を見送って、いつもより静かな船の上で私はぼんやりと海を見つめていた。夏島という事もあり、とんでもなく暑い。雲を蹴散らした太陽が惜しむことなく世界を照らしている。この船の上も例外ではなく、ジリジリと焦がすような太陽の暑さと眩しさに目を細める。薄っすらと額に滲む汗を手の甲で拭ったその時、何かが頭に被せられた。
「夏島では帽子被れって言っただろい」
「隊長」
呆れたように笑いながら、頭に被せたタオルごしにポンポンと頭を叩いた隊長が隣に並ぶ。ポケットから取り出した煙草に火を点けるのをぼんやりと見つめていると、煙を吐き出した隊長が照れ臭そうに笑いながら私を振り返った。
「見過ぎ」
伸びてきた手が頭に被せられたタオルを摘んで目許まで覆い隠す。「わ、」と声を上げて慌ててタオルをたくし上げれば、楽しげに笑う隊長の顔がそこにあった。細められた目は優しく私を見下ろしていて、顔が熱くなってしまうのは仕方がないと思う。
『俺は、お前が好きだ』
あの日、隊長は確かにそう言ってくれた。
けど、私の気持ちは受け入れられないとも。
大切な家族を裏切りたくないと言った。
オヤジを裏切りたくない。
私を裏切りたくない。
自分を裏切りたくない。
今にも泣きそうな顔で「すまねぇ」と何度も何度も謝る隊長に、何か言えるはずもなかった。
隊長の気持ちは痛いほどよく分かった。だからこそ、何も言わなかった。
『分かり、ました』
自然と涙は出なかった。
あれ以来、隊長とは今までと変わらず――否、今まで以上に仲良くなったと思う。
こうして隊長の方から話しかけてくれるし、仕事だって前より手伝わせてくれるようになった。
きっと、『家族』として他の誰よりも傍にいさせてくれようとしてるんだと思う。
それはとても嬉しい事で。悲しむ事なんかじゃなくて。
なのに、何でだろう。
心の中にぽっかり穴が空いてしまったような気がする。
隊長の顔を見るたびに、笑いかけられるたびに。声を聞くたびに、仕事を手伝うたびに。
「マルコ隊長」
「ん?」
少し離れた所で騒いでいるジュノ達を眺めていた隊長に呼びかけると、煙草を口に銜えたままの隊長が私を振り返る。目が合った瞬間、隊長の瞳が揺らいだ気がした。隊長の目に映る私は情けない顔をしていた。
「………」
「………」
互いに何も言わないまま見つめ合う光景は、傍から見たらどんな風に見えるんだろうか。
甘い雰囲気なんか何処にもない。そんなもの、私達の間にはあってはならない。
「――お腹、空きません?」
「は?」
キョトンと目を丸くした隊長に笑いかけると、一瞬だけ表情を変えた隊長もすぐに笑顔に戻って私の額を小突いた。
「昼飯さっき食ったばっかじゃねェか」
「デザート食べ忘れちゃったんです。甘いものが食べたいなー」
「俺が持ってると思うかい?」
「思わないので、部屋に隠してあるお菓子持って来る事にします」
悪戯っぽく笑って隊長に背を向ける。
これで良いんだ。これ以上はダメだ。
隊長の事は好きだけど。大好きだけど。泣きたいくらい大好きだけど。
それが隊長を苦しめるだけなら、いらない。
ごめんねとさよなら
一生ものだと思ってた。隊長だけ。自信だってあった。
けど、それはいけない事だから。隊長を傷付けるだけだから。
だから、バイバイ、私の初恋。