リサが帰ってきた。
二週間ちょっとの合宿を終えて帰ってきたリサは、その翌日に地元の運転免許センターで本免許の試験を受けた。結果は見事に合格。免許証を発行してもらった彼女を駅で拾って、免許が取れた祝いをしようとサッチの店へ向かっている今現在。
――俺は、運転席を彼女に明け渡したことを死ぬほど後悔していた。
「ぎゃー! ママママルコさんッ!! みぎ! みぎ!」
「ハンドル握ってんのはリサだろうが! 左じゃなくて右に回すんだよい!」
俺が初めて運転した時もこんなに酷かっただろうか。いや、そんなはずはない。
車に乗るまではあんなにも頼もしく笑っていたリサは、今は半ベソ状態でハンドルを握っている。
ま、曲がれた!
ちょ、前!! 赤! 赤!!
わああぁぁ!! ブレーキ!
ばかっ! そっちアクセル!!
ほんの二十分程度のドライブが、命懸けのものになったことは言うまでもない。
「本当にすみませんでした」
事故を起こすことなく、また車を傷つけることなくサッチの店に辿り着けたのは奇跡としか言いようがない。
案内された席に腰を下ろし、安心からか大きく息を吐き出した俺にリサは平身低頭で謝罪の言葉を口にした。
「いや……無事に着けて良かったよい」
気にすんな、とは言えない。気にしてくれ。
よくあれで免許が取れたと思う。教習所大丈夫か? 本当に? 疑ってしまうのも無理はないと思う。
「おかしいなぁ……教習所の時は上手く出来てたのに」
「はは……」
空笑いしか出てこない。
教習所の採点が甘かったのかどうかは分からないが、確実なことが一つある。
リサに運転させるのは、ダメだ。
俺はまだ死にたくないし、リサに死んで欲しくもない。ついでに言えば、車を傷つけられたくもない。
「折角取ったんですけどねぇ……」
溜息を落として席に座るリサに、さて何と声をかけたものか。
「そんな酷かったのか?」
ほい、水。あとメニューな。
覗き込んでくるエースからそっと視線を逸らせば、それだけで察したのかエースが笑う。
笑い事じゃない。本当に死ぬかと思った。何度だって言う。事故が起きなかったのは奇跡だ。
「俺も乗ってみてぇな、リサの運転で」
「生命が惜しいなら止めとけ」
「あ、酷い! そこまで言うことないじゃないですか!」
誰でも言いたくなるよい。
そう言ってやれば、リサはむぅ、と唸りながらコップを口へ運ぶ。
「次は上手だって言わせてやりますから」
「いや、いい」
不満げにこちらを見るリサに苦笑が漏れる。
悪いとは思う。けど、こればっかりは譲れない。
練習をすれば上達するだろうから、車通りの少ない道で練習させてやればいい。
それでも。
頬にかかる髪を払ってやり、ついでにほんの少しばかり頬を抓んでやった。
「俺が運転するから、隣に座っててくれよい」
そこが君の指定席。
ふにふに。柔らかい感触と染まる頬に自然と口元が緩む。
「………ずるいです先生は」
赤くなった目元を隠すかのようにコップを傾けるリサにまた笑みを零して。
「大人はズルいもんだ」
「私だって、子どもじゃないですよ」
「分かってるよい」
だからこそ、こんなにも愛おしいんじゃないか。
ちらりとこちらを見るリサと目が合い、緩んでいく顔につられて俺の頬もだらしなく緩む。
見つめ合ったまま指に髪を絡めて遊べば、くすぐったいですよなんて可愛らしくはにかむ恋人。
「えーお客様、当店はいちゃつき禁止です。とっとと注文してくださーい」
「ご、ごめんなさい! 先生! 注文!」
呼んでもないのに現れたリーゼントによって、漂っていた甘い空気が一瞬で霧散する。
殴り飛ばしてやりたい気持ちを何とかして溜息に変えた俺は、真っ赤な顔でメニューを広げるリサに「呼び方」と指摘してメニューへと視線を落とすのだった。