「もしもし」
『もしもし、先生? こんばんは』
「あぁ、お疲れさん」
それと、呼び方。笑って指摘してやれば、う。小さな呻き声の後に「マルコさん」とリサが呼ぶ。
幼稚園が夏休みに入ってから半月。最初の一週間ほどは終わらなかった仕事の為に出勤したが、それ以降は毎日のように暇を持て余していた。勉強会やらで出かけなければならない時もあるが、それだけだ。
ERRORは幼稚園に隣接する保育所に預けられているらしいが、定時上がりが固定になってきたお袋さんが毎日迎えに行ってくれているらしい。学校帰りのリサと少しの時間だけでも会えるのは喜ばしいことだった。
八月に入って一週間が過ぎた頃、リサの学校が夏休みに入った。が、その翌日からリサは免許合宿に出かけてしまった。始発とそう変わらない時間に家を出たリサから「行ってきます」というメールが入っていたのはもう一週間前のことだ。
毎晩こうして連絡をくれるのは嬉しい。飲みに行っている場合もあるが、その時はメールを寄越してくれたり昼間の空いている時間に連絡をくれたりする。マメに連絡をくれるリサに、俺が思っていた以上に想ってくれてるんじゃないか、なんて思ったりして。うっかりそれをエリザに零したら「アンタがしつこかったんじゃないの?」なんて言われて少しばかり落ち込んだりもした。
「修了検定、どうだった?」
『合格しました!』
返ってくる弾んだ声に笑みを零し、おめでとうと言葉をかけて手の中のビールをテーブルに置く。
ニヤニヤと、目の前で笑う奴を一睨みすれば、おぉ怖い! なんてわざとらしく叫んだサッチはキッチンへと消えた。
『誰か一緒なんですか?』
「あぁ……サッチの野郎が」
「やーリサちゃん! おめでとー!!」
キッチンから煩ぇ声で叫ぶサッチの声が聞こえたのか、電話の向こうでリサが笑ったのが分かった。
『サッチさんと一緒だったんですね』
「勝手に押しかけて来たんだよい」
「酷くね!? 俺、お前に晩飯作れって言われて来たんだけど!?」
煩ぇ。余計なこと言うんじゃねぇ。
心の内で舌を打てば、電話口でリサがまた笑う。
『優しくしてあげてくださいね』
「十分優しくしてるよい」
嘘だ! 笑う俺の傍らで喚くサッチにクッションを投げつけて黙らせた。
「あと一週間くらいって言ってたっけか」
『九日です。合宿の途中で、一度学校に行かなきゃならないんですよ。夏休み中に就活の講義があるらしくて……面倒臭いんですけど、行かないと』
その分、合宿の日が伸びてしまうのだとリサは言う。
こっちに戻って来た時に会えれば良いのだけれど、新幹線の時間があるからそんな時間もなく。
あと九日は会えない日が続くようだ。溜息を飲み込んだ俺の耳に、意外にもリサの溜息が飛び込んできて。
『寂しいです』
「、」
『ERRORに会いたいなぁ……』
このブラコンめ。項垂れた俺に、何かを察したのかサッチが必死に笑いを堪えて。
生憎と、もう近くに投げれるものはない。空き缶を投げてやろうかとも思ったが、ここが俺の部屋だってことを思い出して思い留まった。サッチの部屋なら容赦なく投げつけてやったというのに。
『それから』
「……何だい」
またERRORか。そうか。分かってる、リサがブラコンだってことくらい。ERRORが可愛くて仕方ねぇって事くらい、嫌ってほど分かってる。
それでもやっぱり面白くないもので、不貞腐れたような声で返事をした俺に、電話の向こうであーだのうーだの呻いていたリサが、深呼吸を一つして。
『先生にも……早く会いたいです』
不意打ち、ダメ。絶対。
後ろに倒れた拍子に床にゴンと頭を打ち付けた。不思議と痛みはない。
バカ笑いするサッチの声と、電話の向こうで「せ、先生?」とリサの焦った声に溜息を零して。
「………取り敢えず、呼び方」
指摘してやれば、電話の向こうで「あーもう! だって恥ずかしいんですよ!」なんて叫ぶリサ。
あと九日。我慢した分、思う存分抱きしめてキスしまくってやるから覚悟しろ。
心の内でそう宣言しつつ「頑張れよい」といつもの言葉で電話を切った俺は、ニヤニヤニヤニヤうざったいサッチのリーゼントを握りつぶしてやった。