04


ごめん、今日ダメになった。明日の昼飯おごるから。本当にごめんな。

手の中のそれを呆然と見下ろしながら、俺は口の中が渇いていくのを感じた。




最初から言っていたじゃないか。
一つでも多くの資格を得る為に今の学校に通っているのだと。
聞いていた通り、リサの通う学校は資格試験がやたら多い。
六月の頭にエクセルだとかアクセスだとかの検定が終わったと思ったら、今度は漢検の試験が二週間後に行われて、それが終わったと思ったら今度はまた別の検定。
沢山の資格を取れることは良いことなのだろうが、試験勉強に追われるリサの邪魔をすることなんざ出来ないから、ここ最近また夜に会えなくなっている。
夏休み分の仕事を必死の思いで終わらせて一足先に暇になった俺は、何と言うか……少しばかり切ない。
まぁ、俺が仕事に勤しんでいる間もリサは試験勉強をしていたらしいから、仕方ないとしか言いようがないのだけれど。
俺だけが時間を持て余している今の状況。この虚しさを誰か分かってくれるだろうか。

しかも、だ。
夏休み直前、久々にERRORの迎えに来たリサに言われた言葉が甦る。

”夏休み、友達と免許の合宿に行くことになりそうなんですけど……”

リサの学校の夏休みは短い。専門学校が全てそうなのかは分からないが、リサの学校は八月の二週目からが夏休みだ。
たったの三週間弱。社会人からすれば十分長いが、学生にしては短い方なのだろうと思う。
その内の半分以上を免許合宿に充てたいと言うリサ。

前々から車の免許を欲しがっていたのは知っている。
俺と会うたびに、自分も免許を持っていれば、なんてぼやいていた。そうすれば、もう少しくらい会う時間が増えるんじゃないか、と。
気持ちは嬉しい。すごく嬉しい。けど、だ。

頑張って勝ち取った夏休み。それの殆どをリサと過ごせないというのは……正直、虚しい。
将来のことを考えて一つ一つこなしていくのは偉いと思うし、そんなリサだから惚れたんだろうと思う。
だからこそ応援してやりたいと思うが、やはり寂しいと思うもので。

そんな時に拾ってしまった、手の中のコレ。
明らかに男からのメモ。しかも、落としていったのはリサだ。

疑うなという方が、無理な話だ。と、思う。

「何だってんだよい………」

浮気。まさか、リサが?
そんなはずない。アイツはそんな女じゃない。

そう思うのに。

友達と免許合宿に行きたいと言った。
それは、女友達と? それとも――?
お袋さんが迎えに来れる日は、試験勉強で学校に残っていると言った。
勉強って、誰と?

ぐるぐるぐるぐる。
情けない考えばかりが頭を占める。
情けねぇ。どうしようもなく、情けねぇ。

「はぁー……」

大きな大きな溜息を吐き出して、メモをポケットに押し込んだ。





「先生? どうしたんですか?」

元気ないですね。首を傾げるリサに何でもないと笑い返す。
バイト帰りのリサと近くのファミレスで飯を食って、帰りの車の中。
リサの家の近くの公園脇に止めて、他愛ない話をするのがお決まりになってどれくらい経つだろうか。
自分の手よりも遥かに小さいそれが、ギュッと俺の手を掴んで、心配そうな顔が覗き込んでくる。

「疲れてるのにごめんなさい」

眉を下げて申し訳なさそうに謝るリサが、浮気? まさか。ありえない。
分かってるのに、今もポケットに入っているメモの存在が焦燥感を駆り立てる。

「………なぁ、リサ」
「はい?」

首を傾げるリサをジッと見下ろして、口を開きかけて、また閉じる。
何でもない。そう言った俺にリサは困ったような顔で唇を尖らせた。

「あの……何か怒ってます?」

私、何か怒らせるようなことしましたか?
不安げに問いかけてくるリサに頭を掻いて。
何でもない。そう言ったとしてもリサは納得しないのだろう。

ポケットに手を突っ込むと、カサリ。原因のそれが音を立てた。

「あー……その、だな」
「はい……」

唇を引き結んで、静かに深呼吸をして。ポケットからそれを取り出した。

「これ、落としてったんだよい」
「何ですか?」

くしゃくしゃになったメモを受け取って、丁寧に伸ばして開いたリサがきょとんと目を丸くする。
それから、俺を見上げて。もう一度メモへと視線を落として。俺を見上げて。

「――、あははっ!」

声を上げて笑った。
あぁ、やっぱり。分かっていたことなのに、予想以上に安堵して。

「笑うな」

額を叩けばペチンといい音が鳴った。

「だって、」
「分かってても妬いちまうモンなんだよい」
「ふふっ、良かった」

嬉しそうに笑うリサに首を傾げれば、メモをポケットにしまいながら照れ臭そうに俺を見上げてくる。

「私ばっかり好きなのかな、って思ったりするので」
「……そりゃこっちの台詞だっつーの」

どう考えたって、俺の方が想ってるよい。
悔し紛れに抱き寄せながら零せば、だって。リサがまた笑う。

「免許合宿、止めろって言わなかったから」
「止めて欲しかったのかい?」
「うーん……どうだろう? 免許は欲しいですけど、夏休みに会えなくなっちゃうじゃないですか」

早く免許が欲しいけど、先生と会う時間が減るのも嫌なんです。
預けられた頭を撫でてやれば、我侭でしょう? なんて笑うのが聞こえた。

「一緒に行くダチが女なら止めねぇよい」

顔を上げたリサがきょとんと目を丸くして俺を見上げて、嬉しそうに目を細める。

「男だったら?」
「言葉にして欲しいってんなら遠慮なく言ってやるが――」
「わ、やっぱいい! いいです!」

聞くのこわい!慌てるリサに俺も微笑んで、額にキスを落とした。

「そのメモの奴、内田って奴かい?」
「ケンちゃんです。同じクラスの子」
「へぇー、ケンちゃん、ねぇ」
「た、ただの友達ですよ! 残って勉強しようって約束してたんですけど……あ、勿論他にもいましたからね! 最初に約束したのがケンちゃんで、けど彼女と会うことになったからって帰っちゃったんですよ」

ずるいでしょ? 次の日のお昼はすごく豪勢になりました。
笑うリサに、けど胸の内に燻るそれは消えなくて。

「リサ」
「はい?」
「………俺は、名前で呼ばねぇのかい」
「……!!! そ、それは、その……っ」

慌て出すリサをしっかり抱きしめて、顎を捉えて顔を寄せる。
暗い中でも分かるくらい真っ赤になったリサと視線を絡めて、もう一度囁いた。

「名前で、呼んでくれねぇのかい」





そろそろ先に進みたいのです。





「、ま、ま、ま……」
「……」
「ま、まる……まる、こ………せんせい」
「先生はいらねぇ」
「ま、まるこ、さん!」
「声ひっくり返った。もう一回」

うー……。真っ赤な顔で唸るリサの額にキスを落として。

「もう一回」
「……ま、まるこ、さん」
「もう一回」
「ちゃ、ちゃんと呼べたじゃないですか!」

喚くリサの頬にキスを落として、もう一回。囁く。

「……マルコさん」
「もう一回」

こめかみ、鼻、耳、頭。あちこちにキスを落としながら、何度も何度も繰り返す。

「うー……マルコさんマルコさんマルコさん!!」

自棄になったのか、叫ぶように俺の名前を繰り返すリサに声を上げて笑って。

「リサ」
「何ですか!?」
「好きだ」
「っ、だ……だからっ、」

殺す気ですかっ!?
声を裏返らせて叫ぶリサの顎を引き寄せて、喚き続ける唇に吸い付いた。