最近、リサと会えていない。
仕事を定時で上がれるようになったお袋さんがERRORの迎えに来てる上に、毎日のように残業があるからだ。
六月も半ばになり、俺は残業することが多くなった。
夏休みを終えてすぐに行われる運動会。そこで使う小道具やらを作るのだ。
「夏休み中に出勤して作っても良いんですよ」
ここ最近、毎日残業していく俺に年中の学年主任が教えてくれたが、それは丁重にお断りした。
夏休み。茹だるような暑さの中、仕事なんてしたくない。絶対したくない。
勿論、理由はそれだけではない。リサと一緒にいる時間が欲しいというのも理由の一つではある。
というか、それが一番の理由だ。
二人の時間が合わなすぎる。当然だ。俺は平日が仕事で、リサは休日がバイトなのだから。
だからって、二人の時間を合わせる為にバイトを休めだのシフトを変更しろだの言えるはずもない。言いたくもない。
毎日のお迎えの時間で会うことは出来るし、俺の仕事が終ってからほんの少しの時間だけ会うことだって出来る。
休みの日にはリサのバイトの後に会うことも出来る。
けど、今は毎日のお迎えの時間で会えないのだ。
誰が悪いわけでもない。むしろ、仕事とプライベートを混同している俺が悪い。分かってる。
分かってるが、やはり残念に思ってしまうのは仕方のないことだと分かってもらいたい。
サッチにぼやいたら思い切り笑われたから、もう誰にも言わないと心に決めているわけだけれど。
「会いてぇなぁ」
作業の手を止めて、思わずぼやいてしまうくらいには会いたいと思ってしまうわけで。
溜息を零して再び作業に戻る。毎年使っている大玉は、年季が入っていてあちこちがボロボロだ。それを上手く修復し、来年、再来年も使っていくらしい。
表面が剥がれかけた部分に、ボンドを塗った紙を貼り付けて固定。取り敢えず今年の運動会で無事に使えれば良いだろう。
玉入れの玉を作ったり、プラカードの色褪せた文字を上塗りしたり。やらなきゃならないことは沢山ある。
残念なことに、お世辞にも器用と言えない俺は、何か一つ作業をするにも時間がかかる。
悔しいが、こればっかりは仕方ない。集中して作業したとしてもあんまりな出来になってしまうのだから。
これでも昔に比べれば大分マシになったのだが、下書きも何もなしに画用紙を星型に切っていく他の先生を見て殺意に似たものが浮かんでしまうのは仕方ないことだ。
星型になれなかった何かを前に渋面になる俺に、声をかけてくる人は誰もいない。サッチがいてくれれば笑い飛ばしてくれるだろうに。そっちの方がありがたい。
「お疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
漸く今日の分のノルマを終えて幼稚園を後にした俺は、不向きな作業に凝ってしまった肩を揉み解しながら車へと乗り込んだ。
腕時計は午後九時を迎えようとしている。もう晩飯いらねぇな。そんなことを思ってた所に鳴り響く携帯。
『こんばんは。まだお仕事中ですか?』
画面に表示されたそれに無意識に頬を緩めて、終了ボタン。
メールの返信? そんな面倒臭ェもんより電話のがいい。何より、俺はリサの声が聞きたい。
数回のコール音のあとに聞こえてくるのは、焦ったような驚いたような、でも嬉しそうなリサの声だ。
『こんばんは、お仕事終わったんですか?』
「あぁ、さっきな。今、車に乗ったとこ」
『あ、じゃああまり長く話せませんね。早く帰らないと……ご飯もまだなんですよね?』
「もう、今日は食わなくても良いかなって思ってたところだよい」
『ダメですよ! ちゃんと食べなきゃ!』
即座に返ってくる怒ったような声に、声を上げて笑う。
こうして心配してくれるのも嬉しくて仕方ねぇなんて。いい歳したオッサンが何やってんだか。
振り返ってみれば、リサと出会ってから情けねぇことばっかだ。
大人の余裕だの、男のプライドだの、初めから持ってなかったようで、未だに行方不明だ。
『ERRORがね、マルコ先生が最近ずっと元気ないんだよって言ってるんですけど……大丈夫ですか? 調子悪いんですか?』
病院行きました? なんて心配そうに尋ねるリサに、笑いがこみ上げてくる。
「子どもってのは怖ぇなァ、鋭くて敵わねぇよい」
特にERROR。笑う俺にリサは慌てた声で「やっぱり何処か悪いんですか!?」なんて。
「なぁ、リサ」
『病院行きますか!?』
「病院はいいから、今から少しだけ会えるかい?」
『へ?』
素っ頓狂な声を上げるリサの顔が想像出来て、また笑った。
特効薬はただ一つ。
「会いたくて仕方ねぇんだよい」
大人の余裕もプライドも行方不明になってることを良いことに、正直な気持ちを吐き出せば。
『………こ、殺す気ですかっ!?』
電話口から聞こえる裏返った声に「今すぐ行く」と返せば、「待ってます」という不貞腐れたような声。
またあとで。笑いながら電話を切って車のエンジンを入れると、リサの家へ向かってアクセルを強く踏んだ。