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「は、初めまして! リサです……!」

緊張気味に自己紹介をしたリサが勢いよく頭を下げる。
それに笑い声を上げるのは来なくて良いと言ったのに野次馬根性丸出しでやって来たサッチとエースの二人だ。

「そんなに畏まらないで。エリザよ」

会うのは二度目よね、と微笑みながら手を差し伸べたエリザに、リサは真っ赤な顔で握手に応えた。
俺の恋人だと勘違いしたことがあるからか、気まずそうな顔をしているように見える。エリザも分かってるだろうに、何もなかったかのように振舞うから余計に戸惑っているんだろう。

「え、と……お、お母さん、なんですよね……?」
「血は繋がってないんだけどね」

躊躇いがちな問いかけにエリザが笑顔で肯定すると、リサの視線がチラリと俺に向いた。申し訳なさそうな、恥ずかしそうな、助けを乞うような視線を知らんぷりすれば、その視線が僅かばかり恨めしげなものへと変わる。思わず笑みを零した。

「いやー、しっかし本当にくっつくとはなァ!」

楽しげな声を上げたのはサッチで、その横ではうんうんとエースが頷いている。

「てっきりフラれると思ってたよな! ――いでっ!」
「煩ェんだよい、テメェは」

コイツの所為であらぬ疑いを掛けられた事はまだ忘れちゃいない。

リサの恋人というものになったあの夜、何度も何度もキスをして、抱きしめて、好きだと囁いて別れたあと(別れる頃にはリサは茹でダコ状態だった)、約束通りエリザの携帯に連絡を入れて家へと向かった。
そこにはフラれた俺を慰めようと駆け付けてくれたらしいサッチもエースもイゾウも揃っていて、エースの姿を見た瞬間にまず一発拳骨を見舞いしてやった。

「痛ェ! フラれた腹いせかよ!」

そう喚いたエースに「煩ェ! フラれてねぇよい!」と叫べば、その場にいた誰もがキョトンと目を丸くし、俺の言葉の意味を理解して一気に表情を緩めた。

マジかよ!
おめでとう!
やったわね!
そりゃめでてぇ!

口々に祝いの言葉を述べてくれた皆に俺も久しぶりに心から笑うことが出来た。
その次に待っていたのは、数十分前のリサとのやり取りを詮索するもので、その時になって漸くエースは俺に殴られた理由を知った。
悪かったと謝るエースの顔はだらしなく緩んでいて、本当にそう思ってんのかよいと突っぱねる俺の顔も緩んでいた。

付き合い始めてから二週間、相変わらずの日々を俺達は過ごしている。
平日は俺もリサも学校があるし、休日はリサがバイトだから会う時間は幼稚園の迎えの時かバイトの後のほんの少しの時間だけだ。傍から見れば全くと言っていいほど変わらない俺達は、それでも確かに変わっていて、バイトの後に一緒に飯を食いに行った時に手を繋いでみたり、キスをしてみたり。サッチ曰く「あのマルコがなぁ・・変わるモンだよなぁ」な初々しくも清らかなお付き合いをしている。

ここ二、三日はリサの母親が定時で上がれているらしく、迎えはリサが来るが家に帰ってからは割と自由な時間が取れているらしい。飯の準備もERRORを風呂に入れるのも母親がやってくれるおかげで、昨日は一緒に夜ご飯を食べに行くことが出来た。
サッチがリサを連れて来いと言っていたのを思い出して店に連れて行けば、新メニューにしようと思ってるんだ、味見してくれなんて言いながら沢山の料理をテーブルに並べられて俺もリサも驚くしかなかった。

それでもやっぱりリサは「美味しい」「幸せだ」なんて嬉しそうに笑いながら食べるもんだから、作ったサッチだけでなく料理を運んできたエースも一緒に食ってた俺も嬉しくなっちまって、あれもこれもと勧めまくって「こんなに食べきれませんよ」と困らせてしまった。馬鹿だ。

今日もリサの母親が早く帰って来たのをいいことに、リサを連れ出してオヤジの病院へとやって来た。
サッチやエースから昨日レストランで会ったという話を聞いたエリザが、自分も会いたいと喚き出したからだ。日中、何度も俺の携帯に電話やメールを寄越しては「リサちゃんに会わせろ」と喚き続けるもんだから、とうとう折れた俺はERRORの迎えに来たリサに事情を説明して時間を取ってもらったという次第だ。

「ど、どうしよう……もし気に入らないって言われたら……!」
「あぁ、大丈夫だよい。絶対ねェから」
「い、言い切れないじゃないですか! お前みたいな小娘に大事な息子がやれるか! とか言われたらどうしよう……!」

真っ青な顔でガタガタ震えながら怯えていたリサは、未だ緊張の残る面持ちでエリザと話をしている。エリザの方はどうしようもないくらいデレッデレで、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだ。

可愛い娘で嬉しい。
若いっていいわね。
あんなオッサンで本当にいいの?後悔しない?
まぁ、何てイイ子なの!マルコなんかには勿体ないわ!

きゃあきゃあと一人盛り上がるエリザの暴言に青筋を浮かべ、舌打ちを零す。

「ったく……一人で盛り上がってんじゃねぇよい」
「あら、何よ偉そうにしちゃって。リサちゃんに嫌われたって泣いてたくせに」
「泣いてねぇ!」
「邪魔しないでくれる? 未来の娘と仲良くなるのを邪魔しようったってそうはいかないわよ!」
「邪魔してんのはエリザの方だろうが! 俺ァ、オヤジに会わせに来たんだよい!」
「せ、先生、落ち着いて……」

躊躇いがちに上着の裾を掴んだリサへ視線を移せば、戸惑いを露に俺を見上げている。ニヤニヤ笑うサッチとエースが腹立たしい。

「あー……悪い、」

情けねぇ。
苦い気持ちでリサの頭を軽く撫でてやれば、ほんのり頬を染めたリサがホッとしたように笑い、それに俺も笑みを零したその時、グラグラとオヤジの笑い声が病室に響いた。

「お前のそんな面、初めて見たなァ」
「?」
「イイ面するようになったじゃねぇか」

三日月型の髭の下から覗く口元がニヤリと笑みを作る。俺を見る目は昔からちっとも変わらず、優しく温かい。
オヤジの視線が、俺の隣に立つリサへと向けられた。

「リサと言ったな」
「は、はい!」
「青臭ェバカ息子だが、よろしく頼むぜ」
「オヤジ……勘弁してくれよい」

何が嬉しくて惚れた女の前で青臭いバカ息子なんて言われなければならないのか。そう訴えれば「ハナッタレが生意気言ってんじゃねぇ」なんて言葉が返ってくる。歳を取ろうが入院しようが、オヤジはオヤジだった。それが嬉しいのだけれど、この時ばかりは何とも言えない。いい歳したオッサンが情けないなんて思われていないだろうか。

「え、と……あの、こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「本当にいいの? きっと独占欲強いわよー」
「束縛が酷ェオッサンか……」
「きついな」
「パイナップルだしな!」

頭を下げたリサにエリザだけでなくサッチ、イゾウ、エースが口を出す。後で覚えとけよと心の内で吐き捨てていれば、リサが照れ臭そうに俺を見上げた。
ぱちりと目が合うと、目許がほんのりと赤く染まる。あぁ、今この場に誰もいなければ――なんて疚しい事を考えていた俺は、次のリサの言葉に膝を屈することとなる。

「大丈夫です、その……だ、大好きですっ!」





初めて膝を折った相手は、小さな可愛いコイビト。





俺とリサを除いた全員の笑い声が病室に木霊する。
真っ赤な顔を手で覆いながらしゃがみ込む俺に、同じく真っ赤な顔のリサが「うぇ、あ、あの、すみません……」なんて慌てたように謝り出す。躊躇いがちに伸ばされた手を掴めば、隣にしゃがみ込んだリサが小さな小さな声でまた謝罪の言葉を述べた。

「あ、あの……でも、その……ホント、ですから」
「………よい」

小さな手が俺の手を握り返してくる。
隣に寄り添う真っ赤なリサ。
更に大きくなる笑い声は嘲りなんかではなく、こっちまで笑いたくなるような明るいもので。

ちくしょう、幸せだ。

柄にもなくそんな事を考えた俺の横で、リサが小さな声で「幸せですね」って笑った。

「病室ではお静かに!」

鼻息荒くやって来たナースの怒声が響くのはその数秒後の話である。