06


エースが去り、漸く落ち着きを取り戻した俺たちは普段と変わらず他愛ない話で盛り上がっていた。園でのERRORの様子やERRORから聞いた『リサちゃん』のこと。あとはリサの通う専門学校のことなどを聞いた。高校を出てすぐに就職を考えていたらしいリサは、当時の担任の助言により沢山の資格を取る為に専門学校に進学したらしい。

「色々な資格を持っていれば有利になるって言われて……就職って決めてても具体的に何に就きたいとか全く考えてなかったので、言われるままに進学しちゃったんです。決まってないなら尚更そっちの方が良いって親も言ってたので……」
「へぇ……まぁ、そうだねい。やりたい事が決まらねェ事には就職っつってもなぁ……やっぱり高卒よりは大卒を優先しちまうだろうし」
「ですよね……一応、出来て損は無いって事でパソコンやビジネス関係の学校に入ったんです。まだ入学したばかりですけど、勉強が苦手なので人一倍頑張らないと……」

照れ臭そうに頭を掻くリサに自然と笑みが浮かんだ。リサが今の状況に対して不満を抱かないと決めたのは、きっとそういう経緯があったからなのだろう。自分のやりたい事が見つからないばかりに親に負担をかけてしまっていると思っているからこそ、進んでERRORの面倒を見ているのだろう。

「何か、やりたい事はないのかい?」
「うーん……そこなんですよねぇ……何て言うか……働く自分の姿が想像出来なくて……バイトはしてますけど、やっぱりアルバイトですし……店長を見て大変そうだな、って思うけど自分にそれと同じ事が出来るかって言われると……かと言って会社勤め……うーん、何か……やっぱり想像出来なくて………そしたら何がやりたいとか分からなくなっちゃって……ただの甘えだって分かってるんですけどね。すみません、こんな話しちゃって……」

困ったように笑ったリサがウーロン茶を啜る。確かに甘えでしかないが、言いたい事は分かる。誰だって一度は通る道だ。自分の未来図を思い浮かべられなければ足を踏み出す事も出来ない。何かをしたいと思う気持ちがなければ、前には進めないのだから。

「ゆっくりやっていけば良いんじゃないか? まだ入学したばっかだし、誰だって同じことで悩んでるよい。リサはリサのペースで探していけば良い。案外、思いがけない所からやりたい事が見つかったりするもんだよい」
「マルコ先生……」
「……なんて、ちょっとばかり説教臭くなっちまったな。歳かもなぁ」

首を擦りながら苦笑を零せば、声を上げて笑ったリサが机に肘をついて身を乗り出してきた。

「頑張って探してみます! ありがとうございます!!」
「別に礼を言われるような事は何もしてねぇよい。まぁ、話くらいは聞いてやれるから……園で毎日会うんだし、俺で良けりゃ力になるよい」
「ありがとうございます!」

笑った顔が嬉しそうに見えたのは気の所為ではないと思いたい。ERRORと毎日一緒にいるからだろうか、ERRORの面影のあるリサの笑顔に何故か酷く安心した。

「お待たせしました、ハンバーグドリアとオムライスです」

カツン。靴音と共に背後から聞こえた声に一気に現実に引き戻された気がした。その声が何処か楽しそうなのは間違いなく気の所為ではない。背後から現れたのも絶対わざとだ。わざとらしくテーブルを回って俺たちの前に料理を置いたサッチに本当に来たのかと嫌そうな声を出せば、サッチはそりゃもう嫌になるくらいニヤニヤ笑っていた。

「だってよォ、あのマルコがだぞ? この店に女――しかもエースと変わらねェ歳の女を連れて来たって言うじゃねぇか。そりゃ、俺としてはしっかりこの目に焼き付けておくべきだと思ってだな」
「うぜぇ」

得意げに話すサッチを一蹴すれば、途端に情けない顔で喚き立てるサッチ。さっきエースにも言われたムカつく単語が聞こえた瞬間に脛に蹴りを入れてやれば、サッチは脛を抱えてその場に悶絶した。

「同じこと何度も言わせんじゃねぇよい。俺が働いてるトコの子どもの姉貴だ」

どうせエースから聞いてるんだろうが。心の中でそう付け足せば、サッチは即座に立ち上がり俺が蹴った方の足をプラプラさせながらリサに笑いかけた。

「へぇ、歳の離れた兄弟がいるんだね。あ、俺はサッチ。お名前は?」
「リサ、です……」

サッチから距離を取ろうと僅かに身を仰け反らせたリサが躊躇いがちに自分の名前を口にすると、サッチは益々リサに近寄って肩まで抱きやがった。相変わらず軽い奴だ。つい最近フラれたって喚いてたくせに、もう立ち直ったらしい。

「へぇ、リサちゃんね。可愛いなぁ、何歳? エースと同じくらいか?」
「あ……はい、十八、です……」
「聞いたか!? 十八だってよ! 若いって良いな! ピッチピチだな!」
「オヤジ丸出しな発言ありがとよい。とっとと厨房戻れ」

キラキラと目を輝かせるサッチに吐き捨てれば、オヤジ丸出しと言ったのが気に食わなかったのか目をかっ開いて「お前も同い年だからな!?」なんて喚き立てる。うざったいし煩い。ふとリサの方へ視線をやれば、何処か遠い目をしたリサに気付いた。あぁ、考えている事が分かってしまうのが悲しい――というか、情けない。俺だってこんなのと同い年だって事を信じたくない。

「悪ィ、他の店にすりゃ良かったな」

会わせてやりたいと思って連れて来たのは俺だが、初対面の人間に対してここまでドン引きされる奴らだとは思わなかった。耐性というものは恐ろしい。申し訳なくなってリサに謝れば、またサッチが喚く。あぁ、煩い。

「サッチさんがオーナーさんなんですか? 凄い!」

律儀に驚いてみせているのか、ただ単に本当に感心しているのか。リサは目を丸くさせてサッチを凝視している。やはり何処か幼く見えるその仕草に、サッチが大袈裟に胸を張ってみせた。まるで子どもの期待に応える父親のようだと思ったのは内緒にしておこう。

「だろ? だろ? あ、そうだリサちゃん。今度俺とデートする?」
「ごめんなさい」
「早ッ!!」

テンポの早い会話に思わず噴き出せば、同じようにリサが声を上げて笑う。こんな奴らだが、どうやらそれなりには楽しんでくれているようだ。内心ホッとしながらエースを呼び寄せてサッチを連れて行くように言えば、またサッチが喚き出し、それにリサが楽しそうに笑う。そこまでは良かった。

「マルコ先生の友達って面白い人たちばかりですね!」

リサがそう言った瞬間、俺らのテーブルだけが凍り付いた。「え、あれ?」とおどおどするリサだが、もう遅い。

「、あの……?」
「……マルコ、せんせい」
「マルコ先生」
「マルコ先生」
「マルコ先生」

表情を強ばらせたサッチとエースが交互に呟く。それはみるみる緩んでいって、終いには二人揃って噴き出してその場に笑い転げやがった。

「ぶはっ! マ、マルコ先生……!!」
「はっ、腹痛ェ……!」

怒るな。怒ったらまた驚かせちまう。怖がらせちまう。怒鳴りたいのを必死に堪えて静かに二人の名前を呼べば、途端にピシリと固まるアホンダラ二人。

「二度は言わねぇ。失せろ」
「「失礼しましたっ!!」」

目にも止まらない速さで立ち上がり敬礼をした二人が去っていく。ったく、本当に煩ェ奴らだ。瞬く間に去った二人にぽかんと目を丸くして固まっているリサ。あぁ、本当に・・何て言うか。

「悪ィな、冷めねぇうちに食っちまおう」
「あ、はい」

それしか言えなかった自分が情けない。確実に引かれた。次から園で会った時は避けられるかもしれない。そんな事を悶々と考えながらドリアにスプーンを差し込んだ俺は、ふと向かいでオムライスと睨めっこをしているリサに気付いた。スプーンで掬い上げたそれをじーっと見つめる顔がみるみる緩んでいく。

「いただきます」

そう断ってスプーンを口に運んだリサは、たっぷり時間をかけて咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。

「………!!」
「どうかしたかい?」

衝撃を受けた様子のリサに、まさか何か変なモンでも入っていたのかと不安になり声をかけるが、返事はこない。まさかサッチが失敗したのか?中々考えられない事だが、有り得ない事ではない。気は進まないがサッチを呼んでクレームをつけてやろうか、などという俺の思考を止めたのは、次に発したリサの言葉だった。

「めっちゃくちゃ美味しい……!!」

オムライスを見つめる視線は熱く、口元を押さえる手は打ち震えている。そんなリサは呆然とリサを見つめている俺には気付いていないらしい。

「幸せ……!!」

細まった目に、緩んだ頬に、綻んだ口元に、視線が奪われた。意識も全て持っていかれた。

サッチの作った飯を美味いと言った人間はそれこそ沢山見てきた。こうして自分のレストランを持つくらいだ、アイツの腕は俺がよく知っている。何度も店に通う中でサッチの作った飯を美味いと笑う客だって沢山見てきた。けど、こんなにも幸せそうな顔をした客はいただろうか。こんなにも嬉しそうに、思わず「幸せ」なんて口にしてしまうくらい喜んでいた客はいただろうか。

ただただ、純粋に嬉しいと思った。アイツの作った飯をこんなにも喜んでくれたことが。連れて来てくれてありがとうと声を弾ませたことが。

「ん、まぁまぁだねい」

どうやっても緩んでしまう頬を何とか誤魔化す為に、ドリアを口に押し込んだ。

飯を食った後はリサを家まで送って、少し遅くなってしまったから親に挨拶をして、レストランを閉めたサッチと合流して二人で飲みに行った。

「正直に言っていい? 俺、嬉しくて泣きそうだった」
「盗み聞きしてやがったのかよい」

ぼやく俺に構うことなく酒を片手に笑ったサッチもリサと同じくらい幸せそうだった。それはそうだろう。一緒に食っていただけの俺でさえあんなに嬉しく思ったんだ、作った本人はとんでもなく嬉しかったに違いない。

「また連れて来いよな! あの子のおかげで俺スゲェやる気出た! よし、新メニュー考えよう!」
「現金な奴だな。まぁ……機会があればな」

元々、リサが携帯代を払い忘れてしまったから一緒に飯を食いに行く事になったんだ。あれだけ泣きそうな顔をしていたリサの事だ、もう二度とあんな事は無いだろう。そうなると一緒に飯に行く可能性なんて限りなくゼロに近い。一体どうやって誘えと言うのだ。

「良かったな、マルコ」
「あん?」
「いい子が見つかってよ!」
「だから……そういうんじゃねぇって言ってんだろうが」

あくまでもERRORを挟んだ幼稚園教諭と保護者代理だ。それ以外の関係なんて無い。だと言うのに、サッチは俺が思いもしなかった言葉を吐き出してくれやがった。

「え?だってお前、あの子が好きなんだろ?」
「………は?」





初めて言われた台詞に、頭が真っ白になった。





「俺が? リサを?」
「だって俺、お前があんな優しい顔してんの初めて見たぞ」
「……それは、ERRORに似てたからで」
「へぇ、お前は園児をあーんな蕩けた目で見てるわけか。ヤベェぞ」

俺が?リサを?そんなはず無い。
確かに可愛いとは思ったが、それはERRORに似てると思ったからだ。仕草が可愛いと思ったのも幼く見えたからで、決して俺がロリコンだからというわけではない。

「俺はロリコンじゃねぇよい」
「ロリコンじゃなくたって惚れちまったんだろ」
「だから、違うって言ってんじゃねぇか!」

語気が荒くなった俺をチラリと見たサッチはグラスへ視線を戻して「まぁ、いいけどな」なんて呟く。自分が言い出したくせにその適当さ加減は何だ。

「向こうだってオッサンより若い男の方が良いだろうしな。そのうちエースみたいな若い男と付き合うんだろうよ」

それは当然の事だ。若いリサには若いエースのような男が合ってる。年齢は勿論そうだし、若い者同士で話だって合うだろう。不意にエースとリサがキスをする姿が浮かんだ。絵面も年齢も何もかもが合っているというのに、何故だろうか。

「………、」

頭に浮かんだ二人の姿を掻き消す為に、グラスの酒を一気に飲み干した。