マルコ先生にご飯に連れて行ってもらった事は、世間一般に言うデートというものに当て嵌るらしい。
翌日、学校で友達に話した時も「それデートだよ! おめでとう!」「ガンガン攻めろ!」「今度その人の写真見せてね!」なんて言われた。別に嬉しくはなかった。だって、別に私はマルコ先生をそういう風に見たことなんてないから。私の中では親戚のおじちゃんにご飯に連れて行ってもらったのと似たような感覚だ。嬉し恥ずかし初デート☆キャッ!なんて思ったりしない。
ただ、それでもデートデートと連発されると多少は意識するものであって。
「昨日は大丈夫だったかい? 怒られたりしなかったか?」
「大丈夫ですよ、日付超えたわけでもないですし、バイトの時はもっと遅いんですから」
「そりゃ良かった」
ホッと安堵の表情を浮かべたマルコ先生は、どうやら私が怒られなかったか心配していたらしい。少々気にしすぎ――というか、九時ちょっとに家に帰ったくらいで怒られるなんていつの時代だ。そりゃ日付を超えて帰れば小言を頂戴するだろうが、九時だ。怒られたら間違いなく私は反論する。
「昨日はありがとうございました。ご飯すっごく美味しかったです」
「あぁ、サッチが喜んでたよい。あんなに喜んでもらえてスゲェ嬉しいって」
「え、聞かれてたんですか!?」
ちょっと恥ずかしい。幸せ!とか叫んだよ私。
「大方、盗み聞きでもしてたんだろうよい。趣味の悪ィ奴らだ」
「あ、エースさんもしてたんですか……」
働けよって思った私は間違ってない。
マルコ先生によれば、あの二人は先生にとって家族のようなものらしい。血の繋がらない父親には沢山の息子がいて(本当に沢山いるらしい)、自分たちは家族同然に育ってきたって教えてくれた。養子縁組をしたわけでもなく、それぞれにちゃんと両親がいる人だっている。それでも、その人が自分たちを『息子』と呼んでくれるから、自分たちは彼を『オヤジ』と呼ぶのだとマルコ先生は言った。その時の表情は今まで見た中で一番優しくて温かくて、ちょっとだけ子供っぽくて、何故だか分からないけど心臓が煩かった。
「じゃあ、物凄い大家族なんですね! 楽しそう!」
「一緒に住んでるわけじゃねェからたまにしか会わねぇんだが、そうだな……騒がしい奴らばっかで退屈しねぇよい」
「あー、確かに先生とエースさんとサッチさんだけでも賑やかでしたもんね」
「アイツらは煩すぎだよい。何度言っても聞きやしねぇ」
いや、貴方も十分賑やかでした――なんてことは、眉間に皺を寄せてる先生に言えるはずもなく。ははっ、と乾いた笑いを漏らすことしか出来なかった。
「そういや、来月の遠足は誰が来るんだい?」
「へ? 遠足? あるんですか?」
「知らねぇのかい?」
目を丸くした私に先生も驚いた顔をする。知りません。基本的に私はお迎えしかしてないし。そう告げれば先生は来月の第一土曜日に遠足があるのだと教えてくれた。幼稚園からバスで二十分ほどの距離にある県営の大きな公園(アスレチックやサイクリング、館内にはプールなどもある)に行くらしい。
「土曜日ならお母さんが行くと思います。お父さんは仕事かもしれませんけど……先生も行くんですか?」
「あぁ、引率する事になってるよい。リサも来るかい?」
「うーん……行きたいなって思うんですけど、多分バイト入ってるんですよねぇ………」
土日しか働けないのだから、働ける時に沢山働かなければ。マルコ先生は「そうか、頑張れよい」ってまた頭をポンポンしてくれた。何でか分からないけど、ちょっとだけ嬉しかった。頭を撫でられるなんてそうそう無いからだろう。恥ずかしいけど、嬉しい。
「――あ、そうだ」
すっかり忘れてた。首を傾げる先生に、バッグから取り出した小さな紙袋を差し出す。
「何だい?」
「昨日のお礼です」
学校の傍にある、美味しいと評判のケーキ屋さんで買ったクッキーの詰め合わせ。外見的に甘いものが好きじゃなさそうだったから(失礼な話だけど)、甘さ控えめのものをチョイスしてある。
「俺に? 礼なんかいらねぇのに」
「ご飯ご馳走になっちゃったし、家まで送ってもらったので……大したものじゃないんですけど」
「気ィ遣わせるつもりじゃなかったんだが……ありがとよい」
眉尻を下げて笑った先生が可愛く見えたのは、多分……気の所為だ。うん。
「ごめん、遠足行けそうにないの」
夜、ERRORも寝てお風呂にも入った私は、リビングのソファに寝そべりアイスを片手にテレビを見ていた。そこにお母さんのさっきの言葉。アイスを頬張りながらぽかんとお母さんを見るけど、お母さんは困った顔でこっちを見てくるだけ。どうやら本当らしい。
「え、じゃあどうするの?」
「悪いけど、行ってあげてくれる?」
「えー……その日だけでも休めないの?」
バイトは代わりを探せば良い。別に私が行ったって構わない。私はね。けど、ERRORは?きっとお母さんと行きたいと思ってるはずだ。毎日のお迎えが母親じゃなくてお姉ちゃんで、園の行事までお姉ちゃんだなんて嫌に決まってる。他の子はみんなお母さんが来てるのに、自分だけって思うはずだ。
「休みたいのは山々なんだけど、どうしてもね……」
新しい企画がどうのこうのって続けたお母さんに溜息しか出ない。
「分かった。その代わり――」
「分かってる。週末はいっぱい遊んであげるわよ」
「ERROR説得するのもお母さんがやってね」
「………頑張るわ」
ちょっと退いて、と言われて渋々と起き上がると、お母さんは隣に座って缶ビールを開けた。ゴックゴク鳴ってる。
「ぷはぁっ!」
「オッサンか」
「そう言えば、アンタはどうなってんの?」
「何が?」
「マルコ先生と」
「ぶっ、」
口に含んだアイス噴き出した。汚いわねぇ、なんてティッシュを差し出してくれるお母さんを睨み付けるが意に介した様子はない。何を言い出すんだこの母親は。
「え、何でマルコ先生?」
「付き合ってるんじゃないの?」
「ないよ!? どうして!?」
「一緒にご飯行ってたじゃん」
「だから! 言ったでしょ! 送ってもらうことになって車乗り込んだらお腹鳴ったから――」
「え、やだ本当の話だったの?」
「信じてなかったの!?」
「随分と適当な嘘つくんだなーと思ってた。だってタイミング良くお腹が鳴るとか」
笑い出すお母さんに「悪かったな!」と声を荒らげる。私だって鳴らしたくて鳴らしたわけじゃない。あの時の恥ずかしさは相当なものだった。
「この間のアップルティーだって先生からもらったんでしょ?」
「うん、でも次の日に買ってみたら普通にダメだった。美味しくなかった」
「へぇ……」
意味ありげな視線を向けてくるお母さんを訝しむけど、またゴックゴクとビールを飲んで肩を竦めるだけで何も教えてはくれなかった。
「まぁ、付き合ってないなら良いんだけど」
「……お母さん、もしかしてマルコ先生好きじゃないの?」
「まさか、カッコイイじゃない」
「…………そう?」
カッコイイ……?いや、確かにスーツはカッコ良かった。けど、いつものジャージ姿……あぁ、そう言えばお母さんもスーツ姿の先生に会ってるんだった。
「じゃあどうして?」
「だって、あの人アンタよりずっと歳上でしょう?」
「あー……三十は超えてるって言ってたなぁ」
「三十過ぎてて背が高くてカッコ良いなんて、いかにもじゃない。きっと遊び慣れてるわよー」
確かに、私もお母さんと似たようなことを思った。私と違って、先生は全く緊張してなかったみたいだし。エースさんに『マルコにしては珍しい女だな』って言われたし。きっと女友達が沢山いるんだろう。
「泣くのは目に見えてるんだから、本気になる前に止めときなさいよ」
「………だから、そういうんじゃないってば」
自然と尖った唇から紡いだ声は、何故か分からないけどちょっとだけ不満そうだった。
初めて意識した時は、反対された後でした。
「親戚のおじちゃんみたいな感じだし、向こうだって同じでしょ」
だから、恋愛対象じゃない。そう続けた私は「アンタって鈍いよね」って呟いたお母さんの言葉に聞こえないフリをした。