「お待たせしました、ハンバーグドリアとオムライスです」
コトン、と目の前に置かれたお皿には鮮やかな黄色の卵と、卵にかけられたデミグラスソース。美味しそうな匂いに思わず顔を緩めたその時だった。
「本当に来やがったのかよい」
物凄く嫌そうな声に視線をマルコ先生へと移すと、マルコ先生は料理を運んできてくれた人をじとりと睨んでいた。あれ、そう言えばこの人コックの服着てる。というか……すごい。その一言しか出てこない。立派な立派なリーゼント。
「だってよォ、あのマルコがだぞ? この店に女――しかもエースと変わらねェ歳の女を連れて来たって言うじゃねぇか。そりゃ、俺としてはしっかりこの目に焼き付けておくべきだと思ってだな」
「うぜぇ」
得意げに話すリーゼントコックさんの言葉をたった一言でバッサリ切り捨てたマルコ先生。多分これが素の先生なんだろう。幼稚園での先生は上手く作られた姿だったらしい。
「酷くねェ!? 俺ァこれでもショック受けてんだぞ!? あのマルコが実はロリコンだっ――いだっ!」
テーブルの下で何か音が聞こえた。同時にリーゼントコックさんが悲鳴を上げたから、きっと足を踏み付けるなり蹴るなりしたんだろう。マルコ先生は物凄く怖い顔でリーゼントコックさんを睨み付けていた。
「同じこと何度も言わせんじゃねぇよい。俺が働いてるトコの子どもの姉貴だ」
「へぇ、歳の離れた兄弟がいるんだね。あ、俺はサッチ。お名前は?」
「リサ、です……」
何ていうか……軽いな、この人。
「へぇ、リサちゃんね。可愛いなぁ、何歳? エースと同じくらいか?」
「あ……はい、十八、です……」
「聞いたか!? 十八だってよ! 若いって良いな! ピッチピチだな!」
「オヤジ丸出しな発言ありがとよい。とっとと厨房戻れ」
ピッチピチって……。マルコ先生の辛辣な言葉にサッチさん(この人がサッチさんなんだ)は「お前も同い年だからな!?」なんて目をくわっと見開いた。この人と同い年か……なんて考えていた私は、きっと遠い目をしていたんだろう。こっちを見たマルコ先生は苦い顔でサッチさんを追い払う仕草をしてスプーンを手に取った。
「悪ィ、他の店にすりゃ良かったな」
「そういう事言うか!? 店主の前で!?」
「え、サッチさんがオーナーさんなんですか?」
凄い!と目を丸くする私にサッチさんは自慢げに胸を張った。何か、この人も可愛いな。
「だろ? だろ? あ、そうだリサちゃん。今度俺とデートする?」
「ごめんなさい」
「早ッ!!」
思わず出た言葉にサッチさんがショックを受ける。同じタイミングで噴き出したマルコ先生は肩を震わせながらエースさんを呼んだ。
「コイツ、邪魔だから連れてってくれよい」
「おー」
「お前ら俺の扱い酷くね!?」
「ははっ、マルコ先生の友達って面白い人たちばかりですね!」
堪えきれなくなって笑い出した私に、何故かその場が凍り付いた。え、あれ?私何か変なこと言っちゃった?
「、あの……?」
「………マルコ、せんせい」
「マルコ先生」
「マルコ先生」
「マルコ先生」
サッチさんとエースさんが交互にマルコ先生の名を呟く。呆然としていた顔は何度も呟くうちにみるみる緩んでいって、とうとう二人同時に噴き出した。
「ぶはっ! マ、マルコ先生……!!」
「はっ、腹痛ェ……!」
腹を抱えて笑い転げる(本当に笑い転げる人初めて見た)二人を呆然と見ることしか出来ない。え、もしかして『先生』って呼んだことを笑ってるの?ハッとしてマルコ先生の方を見れば、あぁ……青筋が浮き立ってる。私の所為、だよね……これ、私も怒られるよね……。
「――サッチ、エース」
それはそれは低い声がマルコ先生の口から発せられた。途端にピシリと固まるサッチさんとエースさん。
「二度は言わねぇ。失せろ」
「「失礼しましたっ!!」
シュバッと見事な敬礼をしたサッチさんとエースさんは、瞬く間に去っていった。嵐のような人たちだった。ぽかんとしていた私に、苦い顔で笑ったマルコ先生は首を擦りながら料理を指した。
「悪ィな、冷めねェうちに食っちまおう」
「あ、はい」
頷いてスプーンをオムライスへと伸ばす。デミグラスソースのかかったふわふわの卵と、その中から出て来たチキンライスを掬い上げると、漂う香りに表情が緩んだ。
「いただきます」
ぱくん。もぐもぐ、もぐもぐ。ごっくん。
「………!!」
「どうかしたかい?」
飲み込んだ瞬間、口を押さえて俯いた私にマルコ先生が首を傾げる。それどころではない。どうしよう。どうしよう。
「めっちゃくちゃ美味しい……!!」
何これスゴイ!!とんでもなく美味しい!!ふわっふわの卵とデミグラスソースの相性が良すぎて涙が出そうだ。デミグラスソースの邪魔をしない程度に味付けられたチキンライスも絶品で、もう、何て言うか――、
「幸せ……!!」
ぽかんとこっちを見てたマルコ先生は、徐々に頬を緩ませていって、最後に目を細めて笑った。
「そりゃ良かった」
「すごい! 先生! 連れて来てくれてありがとう!!」
あ、興奮しすぎて思わずタメ口になっちゃった。チラと先生を見れば、先生は全く気にした様子もなく笑ってドリアを口に運んでいる。
「ん、まぁまぁだねい」
そんなことを言う先生も、ほっぺ緩んでますよ。
あっという間に料理を平らげて食休みを終えた私たちは、お会計を済ませてレストランを後にした。
「私も払うって言ったのに……」
「女に払わせるわけにゃいかねェよい」
「だって……何か、申し訳ないです」
彼女でも何でもない。先生の言う通り、先生が働く幼稚園に通うERRORの姉というだけだ。家に送ってもらうだけでも悪いと思ってたのに、ご飯に連れてってもらってその上ご馳走してもらうだなんて。贅沢すぎる――というか、申し訳なさすぎる。
「頑張ってるリサに、ご褒美だよい」
「………ありがとうございます」
この人って、実はとんでもなく女タラシなんじゃないだろうか。いかにもモテますな言動が多い気がするんだけど。
車に乗り込んで、またセンスの良い洋楽を聞きながら私の家へと向かう。ナビに付いた時計が、もうすぐ九時になると教えてくれた。
二十分もかからなかったと思う。私の家の前で車を停めた先生は、そのまま行ってしまうかと思ったのに何故か一緒に車を下りた。
「そりゃ、こんな時間まで振り回しちまったんだから、ちゃんと挨拶しとかねぇと」
「え!? い、いいですよ別に!」
「そういう訳にはいかねぇよい」
苦笑混じりにそう言って私の頭をポンポンと叩いた先生は、私が止める間もなくインターホンを鳴らした。
「はーい――って、アレ?」
「いや、これで出なよ」
これではカメラ付きインターホンの意味が無い。躊躇うことなくドアを開け放ったお母さんは、呆れた顔でインターホンを指す私と隣に立つマルコ先生を交互に見て首を傾げた。
「えーと……?」
「夜分遅くにすみません。リサさんと食事に行っていたんですが、こんな時間になってしまって……申し訳ありませんでした」
「え、え? ご飯? 二人で?」
目をぱちぱち瞬かせるお母さんの視線がこっちに向く。説明しろって事らしい。
「アンタ、携帯止まってるでしょ」
「うん、朝気付いた。しかも支払いの紙家に置いてった。だからお母さんがERROR迎えに行ったって知らなくて、いつも通り迎えに行こうとしたら事故で電車が一時間くらい止まって、漸く幼稚園着いたと思ったらマルコ先生に『ERRORはいつもの時間にお袋さんと帰った』って言われた」
「うわー、バカねー」
「煩いな! そんで、遅いから家まで送ってくれるって言ってくれたんだけど、車ン中で私のお腹が鳴ったからご飯連れてってくれたの」
「やだ、怖い。アンタお腹鳴らす特技持ってたの?」
「持ってるわけないでしょうが! めちゃめちゃ恥ずかしかったわ!!」
わけの分からない事を言うお母さんに噛み付くように言えば、苦笑を浮かべたままのマルコ先生がまた頭を下げた。
「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「あらやだ、いいんですよー。ごめんなさいね、迷惑かけちゃって」
「いえ……おかげで僕も久しぶりに楽しい食事を取れました」
微笑んだ先生からは、さっきまで青筋浮かべながらサッチさんやエースさんに「失せろ」と言っていたなんて想像もつかない。
演技派というか、別人格というか、これもう詐欺の領域だよなァ……なんて失礼極まりないことを考えていれば、私の考えを読んだのか先生がぐるっとこっちを向いた。思わず肩が跳ねた。
「遅くまで悪かったな、ありがとよい」
「いえ、こっちこそありがとうございました! ごちそうさまでした!」
お辞儀をした私の頭にまたポンポンと手を置いた先生は、ヒラヒラと手を振って車へと戻って行った。ハザードランプを解除して走り始めた先生に大きく手を振れば、最後にもう一度だけハザードランプを点灯させて角を曲がっていった。
「ふおぉぉ……おとなー」
思わず漏れた声は何とも間抜けなもので、まだそこにいたらしいお母さんは呆れたように私を見ていた。
「何?」
「べっつにー? 楽しいデートになって良かったわねー」
「………は?」
初めてのお食事は、デートだったそうです。
生まれて初めてのデートの相手がマルコ先生ってどうなんだろうって思ったけど、ご飯は美味しかったし、サッチさんとエースさんも面白かったし、マルコ先生の意外な一面も見れたし、まぁ……良かった、ということにしておこう。